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ヴェネツィア行幸

 街中を水路が駆け抜ける町ヴェネツィア。

 それはまるで水の上に浮かぶ町のようである。


 その独特な造りをした町に、タルキウス達は到着した。

 まずタルキウス達が訪れたのは、大総督ドゥクス邸兼政庁である真珠宮殿ドムス・アルガリータ


 窓から差し込む日光に照らされた大広間を埋め尽くすヴェネツィア貴族達は、自分達の本来の王であるタルキウスに好奇心と嘲りが入り混じった視線を向けた。


 普段はラグナ六世が座る最奥の椅子は今は空席となっており、ラグナ六世自身は椅子の傍で跪いている。


 タルキウスはまだ幼い少年ながらも、堂々として振舞いで椅子に腰掛けた。


「黄金王タルキウス陛下、ヴェネツィアへの行幸を心より歓迎致します。また穀物の一件ではこちらの不手際から、陛下のお手を煩わせる事態となってしまった事をお詫び申し上げます」


「詫びなど要らん。ローマを飢えさせないためにも余も手を尽くそう。だが、ヴェネツィアにも交易路の安全を確保できるように尽力してもらうぞ」


「勿論にございます、陛下」


 タルキウスは既に、アドリア海におけるエルトリア海軍最大の軍港を擁するラヴェンナに艦隊を出向させて、海賊討伐を実施するように指令を出していた。


 ラヴェンナに駐留しているラヴェンナ艦隊は、エルトリア海軍最強の大艦隊であり、海の覇者カルタゴと戦争になった際には決戦戦力として運用されると言われる。

 そんな艦隊を動かすという事は、タルキウスが如何に本気であるかとヴェネツィアにアピールする事にも繋がった。


「それにしても、ここにくるまでに町の様子を少しばかり見せてもらったが、ローマほど市民が飢えている様子は無いな」


「不運な事に、ローマに出荷予定の穀物を運んでいる貿易船ばかりが狙われてしまったのです」


 ヴェネツィアに運ばれる穀物は、商売上のシステムとして、事前にどの船の物がどこへ売られるかを決めてから輸送が行われる。


「……ほお。それは不運な話だ。ローマにとっては、な」

 逆に言えば、どの船ならば海賊に襲われても、ヴェネツィアの腹が痛まないかはヴェネツィアも把握できているという事だ。そうタルキウスは直感的に理解した。


 そしてタルキウスは最悪の事態を想定する。

 つまり海賊とヴェネツィアが裏で繋がっているという事。



◆◇◆◇◆



 ラグナ六世との対面を終えたタルキウスは、滞在中の宿舎となる黄金離宮ドムス・ソフィア

 かつてヴェネツィアで権勢を誇ったガイウス・ソフィウスの邸宅で、外壁に金箔を用いていた事からこの名が付けられた。

 今はラグナ六世の私有財産となっており、彼女の趣向から金箔は剥がされ、純白の宮殿となっている。

 大運河に面しており、船から見ると、水に浮かぶ宮殿のような幻想的な景観を生みだしていた。


 今は親衛隊プラエトリアニの兵士達が守りを固めて物々しい雰囲気を出している。


「あの女狐め。何としても化けの皮を剥いでやる!」


 離宮に入ってからのタルキウスはご立腹の様子だった。


「まあまあタルキウス様、果物でも食べて落ち着いて下さい」

 そう言ってリウィアは葡萄を差し出して機嫌を取ろうとする。


「だってよぉ、あの白々しい態度! 頭に来るよ!」


「それよりタルキウス様、せっかくですからまたお忍びで町巡りを致しませんか? 私、ヴェネツィアの町を見てみたいです」


「……ごめん。今は、そういう気分になれない」


 これは当分、機嫌を直してくれそうにはない。そう思い、タルキウスの不満の捌け口となる覚悟を決めたその時。

 部屋の外にいたフェルディアスが扉を開けて中に入ってきた。


「タルキウス、お客さんだよ」


「客? 誰だよ?」


 タルキウスの問いにフェルディアスが答える前に、その客人は自ら部屋に入る。

 綺麗な金髪をした十代後半くらいの少年レオナルス・ダヴィニスだ。


 ダヴィニスが入ってくるのを目にしたタルキウスは、慌てて姿勢を正して少年タルキウスではなく、黄金王タルキウスの威厳と風格を見せ付ける。


「陛下、突然の訪問をどうかご容赦ください。今日はもう予定が無いと伺いましたもので、町をご案内しようと伺ったのですが……」


 どうやらタルキウスの声は部屋の外まで聞こえていたらしい。

 ダヴィニスはマズいタイミングに来てしまったと後悔している顔が分かりやすく出ている。


「……すまぬが、今は休みたい気分なのだ。また今度に、」

 そう言うタルキウスは、言い終わる前にある名案が浮かんだ。

「リウィアが町を回りたいというのでな。余の代わりにリウィアに町を見せてやってくれぬか?」


「え? で、ですが、」

 タルキウス様のお傍を離れるわけには。


 と言おうとするリウィアだが、その前にタルキウスが右手を前に出して制止する。

「良い。たまにはハメを外して来い」


 それは先ほど冷たい態度を取ってしまった事への、タルキウスなりの詫びのつもりだった。

 すぐにその事を察したリウィアは、それでもタルキウスと共に行きたいと思うが、ここでタルキウスの気遣いを無下にする事はできなかった。

「分かりました。それではお言葉に甘えて。……そういうわけでダヴィニス様、お願いできますでしょうか?」


「勿論です!」

 ダヴィニスは心底嬉しそうな顔で声を上げた。


 なぜ彼が嬉しそうにしているのか。タルキウスは勿論だが、勘の鈍いフェルディアスでさえ理解した。

 ダヴィニスは明らかにリウィアに恋意を抱いているのだと。

 尤も当のリウィアはそれに気付いていない様子だが。


 とにかく、ダヴィニスはリウィアの手を取って共に部屋を後にする。


「よくリウィアさんを送り出す気になったね」


「別に拒む理由も無いだろ」


「タルキウスは気付いてるでしょ。あのダヴィニスって人は、リウィアさんに気があるって」


「フェルが気付くくらいだからな。でも、別に問題は無いだろ」


「余裕だね、タルキウスは」


「リウィアには俺の魔力を籠めた魔法道具を持たせてあるし、もしダヴィニスが身の程知らずな行為に出たとしても問題無いよ」


 タルキウスはリウィアに絶対の信頼を置いている。

 例えこの世の全てがタルキウスの敵となったとしても、リウィアだけは味方でいてくれるという自信が。


「でもさ。もし、リウィアさんがダヴィニスさんの事を好きになったら、とか思わないの?」


 フェルディアスの指摘に、タルキウスの眉がピクッと動いた。

「そ、そんな事あるはずがないだろ!」


 明らかに狼狽えているタルキウス。その反応が、タルキウスの不安を如実に表していた。

 どれだけ信頼していても、やはり言われると不安を感じずにはいられないらしい。

 その反応にフェルディアスは思わず吹き出してしまう。


「ふふ。まあまあ、落ち着いて。リウィアさんはタルキウスの事が大好きなんだから、心配しなくても大丈夫だと思うよ」


「そ、そうだよな。うん! そうだ! まったくフェルは心配し過ぎだぜ!」


「心配していたのはタルキウスの方だろ」


「うぅ……」

 タルキウスは何も言い返せずに黙り込んでしまう。

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