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貿易商ダヴィニス

 黄金王タルキウスは、親衛隊プラエトリアニ百名を率いてローマを出立。

 フラミニア街道と呼ばれる街道を通ってヴェネツィアを目指した。


 フラミニア街道は、先代国王にしてタルキウスの実父トリウス王が実施した道路整備政策によって綺麗に改修されている。軍団が迅速に通行できるように道幅などが緻密に計算された造りになっており、現在のタルキウスの軍事遠征に大きく貢献していた。


 また、度々領土拡張のために遠征していたトリウス王はこの街道に戦勝祝いに、幾つもの凱旋門を築いている。

 正に軍事国家としてのエルトリアを端的に示す街道と言えた。


 そんな街道を二列並んで綺麗に行軍する親衛隊プラエトリアニのほぼ中間にて国王専用の豪華絢爛な装飾が施された大きな輿レクティカの中にいる。


 兵士十人掛かりで担いでいるこれが、エルトリアの王族や貴族の陸上での主な移動手段だった。


 四方を覆う白い布の中は、ベッドのようになっており、搭乗者は寝転ぶようにして乗る。

 今、この中にはタルキウスとリウィアが乗っていた。


「タルキウス様、本当に宜しかったのですか? ローマを離れてしまっても」


「マエケナスもいるし、しばらくは大丈夫だよ。それよりも今はヴェネツィアから穀物を引っ張り出す事の方が重要だ」


 ローマの民は飢饉に苦しんでいる。

 この状況を打破するには、ヴェネツィアの全面的な協力が必要だった。

 ヴェネツィアの大総督ドゥクスの腹の内は未だ読めないが、もはや腹の探り合いをしている場合ではない。

 そう考えて、タルキウスは自らヴェネツィアに乗り込む事を決断したのだ。

 国王が自ら行幸する。これ自体が、ヴェネツィアにとって大きな牽制となる。


 しかし、その一方で、これは大きな危険も孕んでいた。

 つまり、国王が自ら動かねばならないほどローマは追い詰められているのだと、ヴェネツィアに教えてしまうという事だ。


「でも、もう四の五の言っていられる状態じゃない。俺が直々にヴェネツィアを屈服させてやる!」


 フラミニア街道は、ローマとヴェネツィアを直通で繋いではいない。街道の週着地点は、イタリア半島東海岸の港町アリミヌム。

 この町は、陸路のフラミニア街道、そして川と海の水路の双方が集中する交通の要所で、港の建設と整備にはヴェネツィアが多額の出資をしており、港湾部の利権はヴェネツィアが掌握していると言っていい。

 市民の間では、ヴェネツィアの属国と嘆く者もいるとか。


 尤もそれはアリミヌムに限った話ではなく、アドリア海に接する港湾都市であれば、そのような町はいくつも存在する。


 タルキウス達は、このアリミヌムから海路を通ってヴェネツィアへ向かう手筈になっていた。


 港には、既に軍団兵によってタルキウスを盛大に出迎える用意がなされており、タルキウスの御座船となる大型船とその護衛船が港に停泊していた。

「初めまして、黄金王。私はレオナルス・ダヴィニスと申します。この度は陛下のヴェネツィア行幸のお手伝いができて光栄です」


 このダヴィニスと名乗る男は、アドリア海を中心に東地中海で貿易商を営むダヴィニス貿易船団を率いる人物である。

 やや癖のある黄金色の髪に澄んだ青色の瞳をした、十代後半くらいの美男子。

 船商人というよりは貴族のお坊ちゃんという感じだ。

 穏やかな口調ながらも、如何にも仕事ができそうな自信に満ちた微笑みを浮かべ、女性であれば誰でも見惚れてしまいそうである。


 本来であれば、エルトリア海軍の軍船を用いて航海に出るのが通例であるが、今回は急な行幸で海軍の手配が間に合わなかったため、急遽アドリア海で名を馳せるダヴィニスを雇う事にしたのだ。


「出迎えご苦労。噂は聞いているぞ。貿易商経営のみならず、様々な分野で業績を伸ばしている秀才とな。是非余の配下に欲しい逸材と思っていた」


 王様らしく威厳のある振る舞いをするタルキウス。

 普段のタルキウスの姿を知るリウィアとフェルディアスは、その切り替えの良さに感心しつつも、心の中で思わず吹き出してしまう。


「陛下にそのように言って頂けるとは身に余る誉れ」


 ダヴィニスは、若くして経営のみならず芸術や魔法学など幅広く研究を行なって、間接的にエルトリアの発展に貢献している逸材として有名だった。


「では陛下、船にご案内致します」


 タルキウス達が乗る船は“アンドロメダ”という名で、ヴェネツィアの大総督ドゥクスラグナ六世の御座船らしい。

 今回はタルキウスを迎えるもてなしの一環としてダヴィニス貿易船団に無償で貸し与えたとか。


 タルキウス達が通された客間は、本当に船の中かと疑いたくなるほどの豪華絢爛さだった。

 宮殿の客間と寸分たがわぬ見事な装飾の為された純白の部屋だった。


 タルキウスも思わず心の中で、すげぇ、と思わずにはいられなかった。


「どうぞお寛ぎ下さい。何かあれば外に控えの者を置いておきますので、何なりとお申し付け下さい」

 ダヴィニスはそう言って一礼する。


 そんな彼にリウィアが応対した。

「ありがとうございます。このような豪華な船で船旅ができて、陛下も満足されている事でしょう」


 リウィアの優し気な笑みを見て、ダヴィニスは頬を赤く染めてる。


「……よ、喜んで頂けたのでしたら」


「前にカプリ島に行く時に使った船の部屋よりもすごいね」

 タルキウスの護衛として同乗したフェルディアスが関心の声を漏らす。


「……あ、ああ」

 妙な敗北感に苛まれたタルキウスは、悔しそうな表情を浮かべる。


 元々エルトリアは大陸国家であり、海上技術に関してはあまり発達していない。

 対してヴェネツィアは、エルトリアのそんな欠点を補う事で繁栄を謳歌する事ができたのだ。

 この船もそんな事実を見せびらかす事で、タルキウスを牽制しようというラグナ六世の策略なのだろう。



 ◆◇◆◇◆



 日も沈んだ夜。

 ヴェネツィアへの到着は明日の朝という事で、今夜はアンドロイド号の中で過ごす事になる。


 フェルディアスはタルキウス達と夕食を食べ終えると、外で夜襲の警戒をすべく甲板の上に出た。

 タルキウスからはそんな心配は要らないから、ゆっくりするように言われるも、フェルディアスは妙な胸騒ぎがしてならなかったのだ。


 タルキウス達の乗るアンドロイド号の周りには七隻もの護衛船がついており、夜空の下でも多くの兵が警戒に当たっている。


「これはこれは、タルキウス陛下の奴隷の。えぇと、名前は、」


 ダヴィニスがフェルディアスに気付いて声を掛けてきた。


「フェルディアスです」


「あぁ、そうでしたね。これは失礼を。ところで陛下は今晩の夕食をお気に召して頂けましたか? 材料は僭越ながら、私共の船団で買い揃えたものでして、料理人にも一流の者を揃えたのですが」


 夕食のメニューは、ピアーダという、小麦粉やオリーブオイルなどを混ぜて薄く焼いた生地に、野菜、チーズなどを挟んで食べるイタリア北東部の名物料理となっていた。


「陛下は育ち盛りのお年頃ですし、たくさん食べて頂いたとシェフから伺っておりますが」


「はい。陛下はとても満足している様でした」


「それは何よりです。フェルディアス殿もトマト入りのピアーダがお気に召したようで」

 ダヴィニスはそう言いながら、自身の口元を指差す。


「え? ……あ! こ、これは、とんだ失礼を!」

 口元を拭うと、トマトソースが口元に付いていた事に気付いたフェルディアス。

 恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら頭を下げる。


「と、ところで、」


「はい?」


「陛下と一緒にいた、あの黒髪の綺麗な女性は何と言うのでしょう?」

 先ほどまでの優雅で落ち着いた話し方から一転し、頬を赤くして恥ずかしそうに話すダヴィニス。


「リウィアさんの事ですか? 彼女が何か?」


「あ、いや! その、リウィアさんは、どの料理がお気に召したのかと思いまして」


「リウィアさんですか? そうですねぇ……」

 フェルディアスは自分の記憶の中から夕食の様子を引っ張り出す。

 リウィアさんはずっとタルキウスの傍で一緒に食事を取っていたが、タルキウスが汚した口元や指先を拭いたりと、タルキウスの面倒を見てばかりでその合間に食べている感じだった。


 さらによく記憶を探ると、チーズの入ったピアーダを美味しそうに食べていた事を思い出す。


「チーズ入りのピアーダを好んでいたと思います」


「ほお。チーズですか。チーズには色々な種類がありますから、次はもっと様々なチーズ入りのピアーダを用意しましょう!」


 どうして、タルキウスのではなく、リウィアの好みに合わせようとするのだろう、とフェルディアスは不思議がる。

 商人であれば、この機会に国王に取り入って新たな商売の糸口を掴もうとしそうなものだけど。タルキウスがリウィアさんの事を大好きなのが見破られたのかな?

 そんな事を考えるフェルディアス。

 しかし、考えても答えなんて出ないかと思った途端、フェルディアスの思考は停止した。

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