王の慧眼
タルキウスはニッコリと笑いながら、フェルディアスが手にしている【墨泉筆】を取り上げる。
そしてタルキウスの空いている左手が、パンドラの頬を掴んで力いっぱい引っ張った。
「痛い痛い痛いッ! ちょっと! タルキウス、何するのよ!?」
「バーカ! 真面目なフェルが、こんな悪戯するわけないだろ。犯人はパンドラ、お前だ!」
タルキウスの慧眼は、パンドラの嘘などあっさり看破していたのだ。
「真犯人にはこうしてやる!」
タルキウスは手をパンドラの頬を放すと、彼女が痛がる隙にパンドラの両頬に【墨泉筆】で渦巻を一つずつ描いた。
「あはは! どうだ、フェル! よく描けただろ!?」
「う、うん。そうだね」
つい吹き出してしまいそうになるフェルディアスだが、ここで笑ってしまうのはパンドラに悪いと思い、込み上げてきた笑いを必死に抑える。
パンドラの長い桃色の髪の一房がまるで腕のように動き、タルキウスが玉座に置いた手鏡を手に取る。
その手鏡で自分を落書きされた顔を見ると、パンドラは頬を膨らませて機嫌を悪くした。
「やったわね! お返しよ!」
パンドラの髪の一房がどこからともなく二本目の【墨泉筆】を持ち出して、タルキウスの口の周りに線を引いて髭を描いた。
「アハハハハ! タルキウスったらオジサン猫になっちゃったわよ!」
「むー! やったなぁ~!」
タルキウスはお返しと言わんばかりに、手にしている【墨泉筆】でパンドラの額に目玉を描く。
「ふははは! パンドラも可笑しな顔になってるぞッ!」
「くうッ! こうなったら私も」
やられたらやり返す。そんな子供っぽい仕返しの繰り返しは一向に終わりが見えず、タルキウスとパンドラの顔は落書きだらけでどんどん汚くなっていく。
「ふ、二人とも落ち着いて! それにタルキウス、急がないと遅刻しちゃうよ! って、パンドラちゃん、何を!?」
タルキウスの顔に落書きのできるスペースが無くなると、パンドラはフェルディアスの顔に落書きを始めた。
フェルディアスは咄嗟にパンドラを払おうとするが、パンドラの髪が蛇のように蠢き、フェルディアスを両腕と両足に絡みついて彼の身体の自由を奪ってしまう。その力は凄まじく、素手で岩すら砕く怪力の持ち主であるフェルディアスがまったく身動きできない有り様だ。
「どう!? うまく描けたと思わない?」
パンドラは自信満々に、フェルディアスの顔に描いた落書きをタルキウスに披露する。
フェルディアスの両頬には、タルキウスと同じように三本の毛が描かれていた。
「へッ! そんなの大した事ないよ。俺の方がうまく描ける!」
タルキウスも負けじとフェルディアスの顔に落書きを描き出した。
「ちょ、た、タルキウスまで、止めてよ~」
タルキウスとパンドラの落書き合戦に巻き込まれたフェルディアスの顔は、二人の顔よりもハイペースで落書きだらけとなり無惨な姿となってしまう。
しかし、フェルディアスは口では抗議するものの、手足をパンドラの髪で拘束されている彼に落書きを防ぐ事はできなかった。
フェルディアスが本気を出せば、この束縛する事もできただろう。しかし、そうする気にはならなかった。
なぜなら、タルキウスとパンドラが心の底から楽しそうにしていたからである。仕事積めで疲れているはずのタルキウスがここまで楽しんでくれるなら、これはこれで良いかと思ったのだ。
とはいえ、一方的にやられるままでいる事に次第に限界を感じたフェルディアスはやがて反撃に転じる。
「タルキウスもパンドラちゃんも僕の顔で張り合わないでよね! こうなったら僕も反撃しちゃうぞ!」
大きく息を吸い込み、歯を食い縛る。全身に力を込めると、フェルディアスの手足を束縛しているパンドラの髪はあっさりと振り払われた。
戒めを振り解いたフェルディアスはタルキウスとパンドラから【墨泉筆】を奪い取り、右手の筆でタルキウスの顔に、そして左手の筆でパンドラの顔に落書き攻撃をお見舞いする。
結局、三人揃って顔中が墨だらけになってしまい、この後の神聖総合病院の視察には間に合わず、タルキウスは急用ができたと理由を付けてすっぽかす事となった。
しかし、友達同士のふざけ合いは仕事続きで疲れたタルキウスの心を癒す何よりの休息となるのだった。




