魔女の悪戯
国王の一日は多忙だった。
今日もタルキウスの下には謁見を求めて国中の都市から使者が大勢訪れている。
「先日の嵐により、町と街道を繋ぐ橋が倒壊してしまい、物資の供給が滞りがちとなっております。このままでは、いずれ食糧問題に発展するのは必定。何卒、陛下のお力添えを頂きたく存じます」
壁や柱などが純白の大理石一色で覆われた“雲海の間”に使者の声が響き渡る。
大鷲の間よりも一回り狭く、豪華さに欠けるが、落ち着いた趣きから臣下の来訪時によく用いられる広間。
この広間の最奥に置かれた玉座の上には、エルトリア国王タルキウス・レクス・エルトリウスが頬杖をつきながら座って使者の話を聞いている。
「分かった。造営官に言って早急に対応させよう」
「ありがたき幸せ。……そ、それと、大変申し上げにくいのですが、」
使者が言うよりも早くタルキウスは、彼が何を言いたいのか分かっていた。なぜなら、これまでに謁見を求めてきた使者達からも散々頼まれた事だったからだ。
「分かっている。皆まで言うな。税を免除してほしいと言うのだろう?」
「ご、ご明察、恐れ入ります。町中でもかなりの被害を被っておりまして」
「だろうな。まあ良かろう」
「感謝致します! では、私はこれにて失礼致します!」
目的だけ果たすと、使者は早々に退出した。
使者が広間から去るのを見送ると、タルキウスは「ふぅ」と一息ついた。
「お疲れ様、タルキウス」
広間の脇に控えていた金髪の少年がそう声を掛けながらタルキウスに近付く。
彼の名はフェルディアス。タルキウスに仕えている奴隷であり、護衛を務める警士という立場にある。
白いトゥニカの上に紫色のマントを纏い、右手には数十本の木の棒に斧を皮の紐で束ねた束桿という物を手にしている。
その首には鎖を少し垂らした分厚い鋼鉄の首輪が嵌められ、両足は鉄枷で繋がれていた。どちらもエルトリア国王保有奴隷の証である。
「まったく。どこも大変なのは分かるけど、どいつもこいつも勝手だよな。金は出さないけど助けてくれって。ただでさえ先王の時代より税を軽くしてやってるって言うのに」
タルキウスは国内の民衆や諸勢力の支持を得るために、大胆な減税政策を実施していた。
それでもエルトリアの財政が安定しているのは、タルキウスの卓越した行政手腕と数々の征服事業で得た莫大な富があればこそ。
「それでも彼等の望みを叶えて、面倒事は全て自分で抱えちゃうんだから、タルキウスは本当にお人好しだよね」
善意から言ったフェルディアスであったが、それを聞いたタルキウスはおちょくられたような気がして軽く頬を膨らませる。
「……これも、王としての器を示す機会になるからな。臣下に恵みをもたらすのが王の務めだ」
「やっぱりタルキウスはすごいよ。僕にはとても真似できない」
褒められたと思ったタルキウスは、先ほどまでの膨らんだ頬を萎ませて得意気な顔をする。
「そ、そんな大した事ないよ!……と、それはそうと、次はティベリス川の氾濫で被害を受けた神聖総合病院の視察だったな」
「うん。そうだよ。リウィアさんが表に輿を用意しているはずだから、早速行こうか」
「ああ。でも、その書類だけ確認しておきたいから、先に外で待っててくれ」
「……う、うん。でも大丈夫かい? タルキウス、ずっと仕事積めでろくに休んでないでしょ」
「え? そ、そうだっけ?」
「そうだよ。僕じゃ頼りないかもしれないけど、僕にできる事なら何でもするから無理はしないでよ」
タルキウスは一度仕事に集中し出すと止まらなくなる所がある事をフェルディアスはよく知っていた。
タルキウスとフェルディアスは単に主人と奴隷という立場に留まらず、友人のように接していた。フェルディアスは友人としてタルキウスを心から心配していたのだ。
「ああ。ありがとう、フェル。フェルがいてくれて、いつも本当に助かってるよ」
タルキウスの言葉を聞いてフェルディアスは素直に嬉しそうにする。
「じゃあ僕は先に外で出発の用意をしておくから、タルキウスもすぐに来てね」
「おう!」
フェルディアスが退出して、一人きりになったタルキウスは黙々と書類を読んでいく。
そして書類を読み終わると、玉座のすぐ横にある木製のテーブルの上に置いて、両腕を上にグーッと伸ばす。
「は~。何だか急に眠くなってきたな。やっぱり疲れてるのかな……」
押し寄せてきた睡魔によって瞼が重くなり、目の焦点が合わなくなる。
「……仕方がない。五分……五分だけ、ちょっと……休憩、しよう……」
頬杖を突いたタルキウスの瞼が閉じ、そのまま夢の中へと旅立ってしまうのに一分も掛からなかった。
タルキウスが眠りについた直後だった。
雲海の間のほぼ中央に突如、純白の魔法陣が浮かび上がる。
その魔法陣からホイッとビックリ箱から飛び出すような感じでパンドラが姿を現した。
「ヤッホー! タルキウス、遊びに来たわよ!!」
広間に現れたパンドラはタルキウスの姿を視界に捉えると、ふわふわと浮かぶ風船のように宙を浮きながらタルキウスの方へと近付いていく。
「ってあれ? タルキウス、寝てるの? まったく、まだ真っ昼間だってのに。お昼寝をするなんてやっぱりお子ちゃまねぇ。……あッ! そうだわ! 良いこと思い付いちゃったわ!」
パンドラはニシシッと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。




