対等の友
タルキウスと長老貴族の交渉が成立した翌日。
イタリアの空は、先日までの嵐が嘘のように晴れて、綺麗な青空が広がっていた。
その快晴の朝をタルキウスは、カプリ島の人魚族の集落で迎える事になる。
「晴れた! 晴れたぞ!」
「久しぶりの青空だ!」
この島の住人である人魚族達も数日ぶりに見る青空に思わず歓喜の声を上げて、朝から皆でお祭り騒ぎだった。
そんな中、タルキウスは未だ夢の中にいた。
三日間に及ぶパンドラとの死闘からろくに休息を取れずにいたせいもあってか。長老貴族との交渉から戻ると、まるで死んでしまったかのようにぐっすりと眠り続けた。
エルトリア国王を迎える宿舎として、この集落の村長の邸の寝室を借りたタルキウスは、ベッドの上ですやすやと気持ち良さそうに眠っている。
そして彼の横ではパンドラも一緒に並んで眠っていた。
二人の寝顔を、リウィアがベッドの横の椅子に座りながら微笑ましく眺めている。
「ふふふ。二人とも気持ち良さそうですね」
「あれだけ激しい戦いをした後だから、きっと疲れたんだろうね」
リウィアの言葉にフェルディアスが答える。
タルキウスが長老貴族との交渉に向かっていた時、リウィアは得意の医療魔法でパンドラが負傷させた人魚族の治療に当たり、フェルディアスはパンドラや嵐によって壊れてしまった集落の復旧作業を手伝っていた。
両者ともタルキウスの友人がした事なら、自分達がその償いをするのは当然だと進んで協力を引き受けたのだ。
今日もこれからフェルディアスは、復旧工事の手伝いに出かけるところだった。
リウィアもこの邸の一室に診療所を設けて、怪我人を診る事になっている。
「それにしても三日も戦い続けた相手と友達になっちゃうなんて、本当にタルキウスは何をするか分からない奴だなぁ」
「ふふ。本当にそうですね。ですが、私はとても嬉しいです。タルキウス様は、ずっと対等のお友達と呼べる相手がいませんでしたから」
タルキウスは国王に即位する以前は、過酷な軍事訓練と戦場を往復する日々でとても友人など作れるような環境はいなかった。
国王に即位して以降は、立場が立場などで対等の友人が作れるはずもない。
フェルディアスともお互いにお互いを友だと心から思っているものの、社会的立場をフェルディアスは強く意識しているし、他者の目はある程度は気にする必要がある。
その点、パンドラはエルトリアの社会体制に囚われない立場にあるので文字通り堂々と対等に接する事ができる。
タルキウスにそんな友人ができた事が、リウィアには何より嬉しい事であった。
リウィアは寝ているタルキウスの頭を優しく撫でながら声を掛けた。
「タルキウス様、それではそろそろ時間なので私は行きますね」
そろそろ声を掛けると、タルキウスは寝言でリウィアの名前を呟いた。
その可愛らしい寝言を聞いたリウィアとフェルディアスは互いに互いの顔を見てクスリと笑い合う。
◆◇◆◇◆
朝の時刻を疾うに通り越していた正午頃。
タルキウスはようやく目を覚ました。
「んん。ん。ふぁああ~」
ぐっすり眠ったタルキウスは大きな欠伸をしながら両腕をグーッと天井に向かって伸ばす。
「ふふふ。ようやく起きたのね、タルキウス」
タルキウスの隣で横になっているパンドラは目をパッチリと開けた状態で言う。タルキウスより先に起きた彼女は、そこから動かずにタルキウスの寝顔を間近で見物していたのだ。
「ん~。パンドラ、起きてたのか」
「ええ。おかげで良いものをたっぷりと拝む事ができたわ!」
パンドラの勝ち誇ったような笑みを見て、タルキウスは奇妙な敗北感を感じる。
「む~。俺は見れなかったぞ」
「それじゃあ今度は私より早く起きるよう頑張るのね」
「……リウィアに起こしてもらう」
一人で起きられる自信が皆無のタルキウスは、頬を赤く染めて小さな声で言う。
「ふふふ。この私に添い寝してもらっているのに、他の女の名前を出すなんて良い度胸ね!」
満面の笑みで言うパンドラだが、その声は微塵も笑っていない。
「い、いや。だってリウィアは、その……」
パンドラの威圧感に圧倒されたタルキウスは言葉を詰まらせる。
「ぷ! アハハハハ! そんなに動揺しなくても大丈夫よ。タルキウスはリウィアちゃんが大好きなのよね」
「う、うん」
改めて指摘されると急に恥ずかしく思ったのか。タルキウスは頬を赤くして毛布に顔を埋める。
そんなタルキウスを見てパンドラは楽しそうに笑う。
「ふふ。そういえばタルキウス、ちょっと聞いてみたいと思ってた事があるのよ」
「うん。何?」
「昨日、タルキウスは私から色々と聞いたってあのお爺さん達に話してたけど、私は特に何も話してなかったはずよ。どうして私を召喚したのがあのお爺さん達だって分かったの?」
実はパンドラは、タルキウスに自分を召喚したのは長老貴族だという事を話していなかった。
にもタルキウスは、それをピタリと言い当てたので内心パンドラは驚き、何故分かったのかが気になっていたのだ。
「あれか。実は確証があったわけじゃないんだ。だから、半分は賭けだったんだよな」
「そうなの?」
「ああ。奈落にいるパンドラを召喚しようと思ったら、ものすごい魔法技量と膨大な魔力が必要になる。この国で、その二つを兼ね備えている奴と言えば、」
「タルキウスかあのお爺さん達のどっちかってわけね」
「そういう事だ。と言っても、あいつ等が束になっても魔力総量は俺に遠く及ばない。【始祖王の神樹】が蓄えてた魔力を使ったんだろうな」
自分の実力を自慢するような口調で言うタルキウスに、パンドラは小さく笑みを浮かべる。
「ふふ。でも、エルトリアの国外にだって召喚魔法に長けた魔導師は大勢いるでしょ。その可能性もあったんじゃない?」
「確かにそうだよ。そこが賭けだったって事。でも、仮に国外の人間が犯人だったとしたら、それはそれで問題無い」
「どういう事?」
「長老貴族は権威を振りかざしてはいるけど、結局は寄生虫だ。エルトリアという国があるからこそ、あいつ等は富を欲しいままにできる。だから、エルトリアを狙う外敵の存在を誇張すれば、あいつ等も黙ってはいられないだろ。場合によってはそれを口実に、俺が奴等から【始祖王の神樹】を接収しても良い。むしろそっちの方が面白そうな気もするけどな」
タルキウスはケラケラと悪戯っ子のように笑う。
「タルキウスってお馬鹿さんなのか頭が良いのかよく分からないわね」
「ムッ! それは喧嘩を売っているのか?」
「アハハ。違うわよ。別に私は、喧嘩を始めても良いけど、どうする?」
挑発的な言動でタルキウスを見つめるパンドラ。
それには先日の決着を着けたいという気持ちも潜んではいたが、実際にあの続きを今から始めるつもりはほとんど無かった。
今のパンドラにとってタルキウスは、長い人生の中で初めてできた友達なのだから。今は友達との平凡な一時を満喫したい。そうパンドラは考えていた。
「いいや。止めておくよ。どうせやるなら、お互い体力を全回復した状態の方が面白いだろ。それにもしここで暴れて町を壊したら、町の再建を手伝ってるフェルに怒られちゃうよ。尤もパンドラがどうしてもというなら、相手になるけど」
タルキウスも負けじと強気の口調で返す。
「ん~。止めておくわ。私もどうせ戦うなら、全力のタルキウスとやりたいしね」
パンドラの言葉にタルキウスは内心で心が躍る思いがした。
全力のタルキウスと戦いたい。そんな事を言われたのは生まれて初めての事だったから。全力で戦い、競い合える相手ができた事をタルキウスは心の底から喜んだ。




