魔女と友達になる
タルキウスとパンドラが友の契りを交わす中。
「タルキウス様!!」
「タルキウス、無事かい!?」
リウィアとフェルディアスが心配の字を顔に張り付けたような表情で走りながら現れた。
「お~リウィア! フェルも! 紹介するよ! 今日から俺の友達になったパンドラだ!」
地に倒れたままパンドラを紹介する。
「え? と、友達、どういう事?」
パンドラを敵として警戒していたフェルディアスは、タルキウスの“友達”という言葉に間の抜けた顔を浮かべる。
それに対してリウィアは疑問など一切抱かずに、タルキウスに新しい友達ができた事を素直に祝福した。
「それは良かったですね。友達は何よりの宝ですから!」
そこへ人魚族の戦士達が殺気立った表情で駆け付ける。
「よくやったぞ、坊主!」
「後は俺達が引き継ぐ!」
「この魔女め! これまでの借りをきっちり返してやるぜ!」
この数日間、島中を荒らし回って人魚族を苦しめてきたパンドラに、ようやく復讐できると彼等はいきり立っていた。
彼等が駆け寄ってくると、タルキウスはパンドラを庇うように立ち上がる。
もう身体は腕一本も動きたくないと悲鳴を上げるが、友のためならタルキウスは迷わず自分の身体に鞭を振るう。
「待て! この魔女は、エリトリア国王であるこの黄金王タルキウスが貰い受ける。お前達にくれてやるつもりはない」
タルキウスとしてではなく、黄金王として威厳に満ちた声で言い放つ。
頭に被っている原始獅子の頭部が何とも言えない威圧感を出している事がタルキウスの迫力を更に助長していた。
「え、エリトリア国王だと? 何を馬鹿な事を」
「そうだ。エリトリアの王がこの島にいるはずがないだろ」
「お前達も見ただろ。余の実力を。お前達が小娘一人に手こずっているから、余が自ら友好国を助けてやろうと思って来てやったというのに、そこのネモスとかいう奴に余の船が沈められて、余の兵も大勢死んでしまった。その罪をこの娘の命で免じてやろうと言っているのだ」
それは疲労困憊の少年の物とは思えないほど、力強い威厳に満ちた声だった。
その威圧感に圧倒され、屈強な人魚族の戦士達は一様に黙り込んでしまう。
島を閉ざし、外界との接触を必要最低限に抑えている彼にとって国際問題と言ってもピンと来ないだろうが、彼等はタルキウスの力を三日間にも渡って直視している。
そんな彼の船を沈めてしまい、彼の兵士の命を奪った責任を追求されたら、どうなるかはすぐに想像が着いた。
「物分かりが良くて何よりだ。じゃ、こいつは余が貰っていくぞ」
「お、お待ちくだされ、エルトリアの王よ!」
戦士達の中を掻き分けて、杖を突いた人魚族の老人が姿を現した。
戦士達はその老人を見ると「長老」と声を掛けている。おそらくこの老人が人魚族の長なのだろう。
長老と呼ばれた老人はタルキウスの前に立つと、彼の前に跪く。
「エルトリアの王、カプリに行幸頂き、感謝に堪えません。陛下がお越しになられたのはこの嵐を鎮めるためと拝察致しますが、如何でしょうか?」
「その通りだ。この島にあるという神殿に何かあったのではという話だった故、余が出向いたというわけだ」
「やはり、そうでしたか。しかし、残念ながらその神殿は、そこの魔女によって完全に破壊されてしまいました。復旧にはどれだけ急いでも一ヶ月は要するかよ」
「い、一ヶ月!?」
タルキウスは咄嗟に元凶となったパンドラを睨みつける。
するとパンドラはそっぽを向き、口笛を吹きながら誤魔化した。
「そ、それは流石に困る。何とかならないのか?」
「そう言われましても……」
「じゃあ一度、その神殿を見せてもらおうか。こんな災害まで引き起こせる代物をこの目で見ておきたい」
「……そ、それは、その。恐れながら神殿は我等にとって聖域です。外界の人間を濫りに入れるわけには、」
「壊れてるって言うなら、今更気にする必要もないだろ。良いから案内しろ」
「は、はい」
長老が後ろへ振り返り、神殿に向かって歩みを進めようとしたその時。
グウウウウ~
タルキウスのお腹が大きな音を立てて、タルキウスは再び背中から地面に倒れ込む。
「腹、減った。先に飯にして」
タルキウスがそう言うと、リウィアは急いで彼の前まで出る。
「はいはい。タルキウス様、お食事ならたくさん用意しておきましたから、ひとまず集落へ向かいましょうか」
「やった! 三日ぶりの飯だからな。三日分食べるぞ!」
タルキウスの三日分の食事。
フェルディアスはふとその量を想像すると、背筋が凍るような思いがするのだった。
◆◇◆◇◆
文字通り三日分の食事を取り、島中の食料を食い尽くしてしまうのではないかという大食漢ぶりを披露したタルキウスは、人魚族の長老に案内されて、リウィアやパンドラ達と共に集落を離れて移動を開始した。
向かった先は港だった。
海神の神殿は、人魚族の間では“青の神殿”と呼ばれており、船でないといけない場所にあるらしい。
しかし、海は嵐で大荒れ状態にあり、とても船を出せる状態にはない。
タルキウスはこの島に来た時のように、神器【氷牢の剣】で海上を凍らせようかと考えていたその時。
大勢の人魚族が海岸沿いに並び、一斉に黄金色の法螺貝を吹いた。
すると、みるみるうちに嵐の強風に煽られても海面は波を立てないという、妙な光景が形成されていく。
「すげーな。これが人魚族の法螺貝の力か」
「では、どうぞこちらへ。部族総出とはいえ、いつまでも意地できるものではありません故」
港に泊めてあった船は、十人程度が乗れる大きさをした普通の小舟だった。
しかしその船には、櫂も無ければ帆も無い。
これで一体どうやって船を進めるつもりなのかと思っていると、船尾に乗ったネモスが法螺貝を吹く。
次の瞬間、船を押し出すように船の周りで波が起きた。
「すごいですね。波の力を動かすなんて」
初めて目にする“波力船”とでも言うべき船に、リウィアは感嘆の声を漏らす。
「そうだね。エルトリアにもこんな船があれば、海でも川でももっと移動が簡単になるのに。……てか、それより、パンドラ、さっきから近過ぎないか?」
タルキウスはやや迷惑そうな視線をパンドラに向ける。
それも無理はない。なぜなら、彼女は食事の時も移動の時も、そして今もタルキウスにべったりとくっ付いて離れないのだから。
これでは友達というより愛人を侍らせている王様、という感じだ。
しかし、パンドラにはそのような認識は無いらしい。
「えーどうして? 私達、友達なんだから一緒にいるのは当然でしょ!」
パンドラの真っ赤な瞳が、一点の曇りもない純粋な色で訴えかける。
「い、いやいや。で、でも、いくら何でも……」
本音を言えば、タルキウスはリウィアに甘えたい。リウィアの膝の上に乗ったり、リウィアに頭を撫でてもらったりしたかった。
三日間戦い続けた疲れもそれで一気に吹き飛ぶのだ。
しかし、常にパンドラが離れずにいるので、それができずにいる。
「私はタルキウスとこうしてるだけですっごく楽しいわよ! タルキウスは違うの?」
今度は一転して不安そうな瞳でタルキウスを見つめた。
そんな顔をされてしまうと、タルキウスは何も言えなくなってしまう。
「うぅ。そ、そんな事は無いよ。俺もパンドラと一緒にいられて楽しい!」
「ふふ。良かったッ!」
パンドラは満面の笑みを浮かべてタルキウスの肩に顔を乗せる。
美の女神ウェヌスの創造した美貌というだけあってその笑顔は、リウィア一筋のタルキウスも悪い気分はしない。
そんなタルキウスにリウィアは耳打ちをする。
「タルキウス様、お友達は大切にしなくてはいけませんよ」
「う、うん。それは勿論、分かってるけど。……でも、」
タルキウスの言わんとしている事を察したリウィアはクスリと笑う。
「帰ったら、何でも好きな事をしてあげますから、今はパンドラちゃんの事を優先してあげて下さい。ね!」
「わ、分かったよ、リウィア。でも、帰ったら絶対だよ!」
タルキウスは真剣な眼差しで念を押す。
 




