最強の王vs最古の魔女
タルキウスとパンドラの戦い。
それは序盤から周囲の嵐が可愛く思えるほどの激しさだった。
先に動いたのはタルキウスの方だ。
まず杖を振るって火魔法による攻撃を繰り出した。それもただの火魔法ではなく、大いなる魔法級の大技である。
しかし、パンドラはそれを見ると一笑した後、タルキウスの放った魔法と同等の威力をした水魔法。つまり大いなる魔法の水魔法で迎え撃つ。
軍船一隻を丸ごと呑み込んでしまうであろう大きさの炎の塊が、同じくらいの大きさをした水の塊と正面からぶつかり合う。
雨や風に晒されても、まったくその勢いが衰える事がなかった炎はあっという間に蒸発して辺りを水蒸気の霧で包み込む。
しかし、タルキウスは攻撃の手を緩めない。
タルキウスの両目の瞳が黄金色の輝きを放つ。
天の無限蔵に収納されている神器の杖が四本。タルキウスの頭上に姿を現し、その杖の先がパンドラに向けられる。
「それじゃあ的当てゲームといこうか!」
タルキウスの軽快な声と共に、四本の杖がほぼ同時に火を吹いた。
魔力の塊が閃光となって解き放たれ、矢よりも鋭く、そして速くパンドラ目掛けて襲い掛かる。
パンドラは避ける間もなく、タルキウスの放った魔力弾の直撃を受けた。
四つの魔力弾は瞬時に凄まじい爆発を引き起こし、周辺の空気を激しい音で震わせ、荒れ狂う嵐を吹き飛ばした。
それはまるで、嵐の中心がパンドラのいた場所に移ったようである。
しかし、爆炎が晴れるとパンドラは先ほどと変わらぬ姿でその場に立っていた。
そして彼女の前には、一枚の純白の色をした円形魔法陣が展開している。防御魔法で生成した魔力防壁だ。
「う、嘘だろ。防壁一枚で、神器の同時攻撃を防いだのか?」
驚くタルキウスに、パンドラは得意げな笑みを浮かべる。
「何を驚いてるの? 私が誰なのか忘れちゃった? 私は神々が持てる全てを投じて作られた、神々の最高傑作。文字通り生きた神器なのよ。そんなどこの馬の骨とも知れない下級神が作った雑器が、この私に通用するはずがないでしょ」
「……どうやらパンドラを名乗るだけの事はあるらしいな。だったらッ!」
タルキウスが杖を天に向けて掲げる。
入り江の防壁を築き、津波を防いでいた膨大な量の黄金がこの形状を変えて無数の鎖となった。
鎖はそれぞれが蛇のように動き、まるで意思を持っているかのようにパンドラに襲い掛かる。
「大いなる魔法、神器、そして今度は神の瞳か。引き出しが多くて面白いわね」
パンドラはふわりと身体が宙に浮かび上がり、真っ直ぐ上へと飛び上がって鎖を回避する。
鎖はそんなパンドラを追尾して上空に向けて方向転換して追い掛けた。
今も上空へと昇り続けるパンドラの足元には八つの白い円形魔法陣が展開される。
先ほどの神器のように防御魔法で鎖の行く手を阻むつもりなのかと地上のタルキウスが思った瞬間、パンドラが「怠惰」と唱えた。
その瞬間、パンドラの足元に浮かぶ八つの魔法陣から全長五メートルはある、毒々しい模様をした赤い大蛇が姿を現した。
出現した八匹の大蛇は空中を這うように移動して七匹は迫り来る鎖の群れを迎え打ち、残る一匹はパンドラの下へ向かって彼女を背に乗せた。
パンドラを追って上昇した黄金の鎖は、それを迎え打つべく降下してきた大蛇が迫ると鎖の先の形状を剣に変化させた。そしてそのまま刺し貫こうとする。
だが、真っ直ぐ飛ぶ鎖に対して蛇は俊敏かつ機敏に動き回り、剣の射線上から身体を逸らして回避すると、横から鎖をその大きな口で掴んでは地上へと投げ飛ばしたり、尻尾で叩き落したりしてパンドラへは近付けまいとしている。
しかしそれでも多勢に無勢。
蛇達の軽く十倍以上の数を誇る鎖の群れは、蛇達の防衛線を突破してパンドラへと迫る。
「やれやれ。やっぱりあの子達だけじゃ防ぎ切れないか」
パンドラがそう呟くと、彼女の足元に巨大な魔法陣が展開された。
そこへ先端を剣に変化させた鎖の群れが一斉に襲い掛かる。
だが、魔法陣はビクともせずに鎖の群れを防ぎ切った。
「これは単なる陽動。そうでしょ?」
パンドラは顔を上げて頭上を見る。
その先にはタルキウスが杖に膨大な魔力を集束させながら重力に身を任せて落下していた。
「大いなる魔法!灼熱の業火!!」
杖の先のダイヤより溢れ出した水のように炎が湧き出てきた。
黄金の杖より解き放たれた膨大な炎は、滝の如く一直線にパンドラ目掛けて放たれる。
そして炎の滝を追い掛けるように落下するタルキウスは、透かさず二撃目を放つために杖に魔力を集中させた。
パンドラは薄笑いを浮かべたまま、回避行動を取ろうとも迎撃しようともしない。
その様子にタルキウスが違和感を覚えたその時。
タルキウスの視界に目を疑うものが飛び込む。
タルキウスが放った膨大な炎の滝がパンドラを呑み込もうとした瞬間、炎が光の粒となって消滅し、パンドラの身体へと吸収されていったのだ。
タルキウスは慌てて二撃目の魔法を放つのを中断し、自分の身体に風魔法を掛けて上空へと巻き上げさせ、彼女との距離を取る。
適度な距離まで飛ばされたところで、天の無限蔵から一枚の金属製の盾を取り出してその上に乗って足場にした。
天の無限蔵の魔法陣は実体は無く触れる事はできない。しかし、魔法陣から出てきた収納物であれば触れる事ができる。
そこでタルキウスは、足場に丁度良い大きさの盾を用意してその上に乗ったのだ。
「く! 今のは、魔法を、魔力に分解したのか?」
「ふふふ。察しが良いのね。その通りよ。私の能力の一つ『暴食』。魔法なら何でも魔力に分解し、そして私の魔力として吸収できる。理解できたかしら? あなたがどれだけ秀でた魔導師だとしても私には勝てない。いえ。むしろ魔導師であるからこそ、あなたは私には勝てないのよ」
パンドラの話を聞いて、タルキウスは先日リウィアが聞かせてくれたパンドラの神話について思い出した。
魔導神プロメテウスが人類に魔法を与えた事が発端で、神々の王ユピテルはパンドラを生み出して人類に贈りつけたという。
その経緯を考えると、ユピテルが嫌がらせに魔法対策をパンドラに付与していても不思議はないか。そんな事を不意に考え出すタルキウス。
「魔法が通じないか。だったら、神器で戦うまでだ。雑器だろうと何だろうとこっちは数だけは揃ってるからな」
タルキウスの背後の空間に無数の魔法陣が展開され、そこから様々な杖に剣、槍、斧が頭を見せて臨戦態勢に入る。
これ等全てが神器であり、本来であれば一撃必殺級の武器なのだ。
展開しているだけで膨大な魔力を要するため、タルキウスとしては非常に効率の悪い戦術と言わざるを得ないが、その際はやむを得ないと覚悟を決める。
何しろ相手は魔法が通用せず、神器でも比較的ランクの低いものであれば物ともしないやっかい者な相手なのだから。
「へえ。すごい数の神器ね。そんなに集めただけでも大したものだけど、それだけの数の神器の忠誠心を維持するには相当の魔力を要するはず。正気とは思えないわ」
「へへッ! ご心配なく。昔から魔力量だけは誰にも負けない自信があるからよッ!」
「……ふ~ん。なるほどね。あなた、ユピテルの血を引いてるのね。道理で強いはずだわ」
パンドラの赤い瞳は、全てを見通しているかのような鋭い眼力でタルキウスの身体を射抜く。
彼女の背後に巨大な魔法陣が無数に展開され、攻撃魔法をいつでも発射できる構えでいる。
「先祖なんて関係ないよ! 俺は俺だ!」
「あら。何か気に障ったかしら?」
「別に何でもねえよ! それよりそろそろ第二幕を始めるぜ!」
タルキウスの掛け声と共に、彼の背後に浮かぶ無数の神器が一斉にその力を披露する。
ある杖は稲妻を走らせ、ある剣は炎を吹き、ある槍は矢の如く撃ち放たれて一人でにパンドラ目掛けて大空を飛翔する。
対するパンドラも魔法陣から次々と魔法を繰り出して迎撃する。巨大な炎の刃、雷の投げ槍、氷の矢、土の砲弾。
攻撃の威力は勿論だが、その多彩さでもタルキウスに劣らない。
両者の戦いは、もはや一騎当千の兵同士の戦いというレベルと当に通り越し、軍勢と軍勢がぶつかり合う戦争と言った方が似つかわしい。
この光景を見る者は誰もがそう思う事だろう。




