黄金王への贈り物
タルキウスは自分よりも背の高いリウィアを両手で軽々と抱きかかえると、地を蹴って宙高くへと跳び上がった。
そして崖の上に降り立つとフェルディアスに合流する。
その常人離れした身体能力を見せ付けられて、人魚族は目を見開く。
「あの魔女といい、お前等といい。外界のガキってのは化け物揃いかよ」
「やっぱりこの島で何か起きてるんだな。その魔女について詳しく聞かせろ」
「何を白々しい! どうせお前等もあの魔女の仲間なんだろ!?」
「勘違いするな。俺達はこの数日続いた異常気象の原因を調べるためにこの島に来たんだ。魔女なんて知らない」
「……」
「信じないというなら仕方がない。フェル、二、三発ぶん殴ってやれ」
「ま、待って! 分かった! 分かったから止めてくれ!」
人魚族の青年は青ざめた顔で制止する。
「ふふ~ん! 素直で宜しい。さ。まずはお前の名前から教えてもらおうかな」
腕を組んで得意気に笑うタルキウス。
「……ネモスだ」
「じゃあネモス、さっき話した魔女について知っている事を全て話してもらおうかか」
「数日前、あの魔女は突然、現れた。島のあちこちをたった一人で荒し回り、人魚族の屈強な戦士達を次々と倒していった。そして神殿が襲われて、気付いたらこの嵐だ。島の皆が言ってたよ。あいつが神殿を荒らしたから海神ネプトゥヌス様がお怒りになったんだって」
「なるほどな。で、その魔女は今どこにいる?」
「分からない。一昨日、急に姿を消したよ。だが、この島のどこかにいるのは間違いない。だから動ける戦士は島中に散って捜索をしている。俺もこの辺り一帯の捜索を担当していた。そうしたら海の向こうからお前達が来るのを感知したってわけさ」
「それで俺達をその魔女の仲間と勘違いしたってわけか」
「……お前等、本当にあの魔女の仲間じゃないのか?」
「さっきからそう言ってるだろ。……ッ!!」
突如、タルキウスが血相を変えて顔を上へと向ける。
それにつられて皆も視線を上に上げる。
すると、彼等の視界に飛び込んだのは、全身を白い拘束衣で縛られた少女だった。
身の丈と同じ長さをした桃色の真っ直ぐ伸びる髪に、宝石のような赤い瞳、そしてまるで女神の現身ではないかと思える美貌をしたタルキウスと同い年くらいのその少女は、何も無い空中に浮いている。
まるで、空という椅子に座っているかのように整然と。そして地上のタルキウス達をクスクスと悪戯っ子のようにほくそ笑んでいた。
「ふふふ。やっと気付いたのね、あなた達。少し前からずーっとここにいたのよ」
「ま、マジかよ」
タルキウスは驚きのあまり目を見開いた。
少女が宙に浮いている事も驚きだが、それ以上にタルキウスは自身の感知魔法でもまったく気配を感じ取れなかった事が信じられなかったのだ。
驚くタルキウスを他所に、少女はゆっくりと地上に降りてくる。
鋼鉄の枷でピッタリと閉じられた両足が地面に着くと、少女はフェルディアスに視線を向けて口を開く。
「あなたが黄金王? 思ってたよりちっちゃいのね」
「え? いや、僕は、」
タルキウスと間違われて動じるフェルディアス。
「俺が黄金王だよ!!」
不機嫌そうに悪態をつきながらタルキウスはフェルディアスの前に立つ。
「あら、そうなの? 黄金王って言うくらいだから、てっきり金髪なのかと思ってたけど違うのね」
そうは言うが、明らかに少女の顔はタルキウスをおちょくっていると言わんばかりに微笑んでいた。
「魔女め! 姿を現したな!」
ネモスは今にも少女に襲い掛かりそうな剣幕で声を上げる。
「あら。この私にまだ戦いを挑むつもり?」
穏やかな口調とは裏腹に、その内には凄まじい殺気が満ちていた。
その迫力に圧倒されてネモスは黙り込んでしまう。
そんな彼に代わってタルキウスが威勢のいい啖呵を切る。
「お前は一体何者だ!? 何が目的なんだ!?」
タルキウスは少女に対して、いつになく強い警戒心を見せた。
それはタルキウスの感知魔法を欺くほど気配を断つ事に長けた相手である事。
そして一度彼女の魔力感知に全神経を集中してみると、これまで感じた事もないほどの巨大な魔力反応を感じたからだ。
タルキウスはこれまでの人生で初めて自分に匹敵する、もしくはそれ以上の巨大な魔力を感じていた。
そしてリウィアは勿論、フェルディアスを守ろうとするかのように、タルキウスは無意識の内に一歩、二歩と前に出る。
「ふふふ。どうやら私の力は、見せなくても理解できているようね。流石は黄金王といったところかしら」
「……フェル、リウィアとそいつを連れてここから離れろ」
「え? で、でも、」
「良いから言う通りにしろ!! その辺りをウロウロされてたら、戦いに集中できん」
「……分かったよ。でも、無茶だけはしないでね」
「ああ。分かってるよ」
タルキウスの指示を受けてフェルディアスはリウィアとネモスと共にその場から駆け足で離れる。
その間もタルキウスは、視線を少女から一瞬たりとも外しはしない。
瞬きの瞬間は感知魔法をより洗練させて彼女の動きに注意を払うようにしているほどの徹底ぶりだ。
「お前の名は?」
「パンドラ。私の名は人類最古の魔女パンドラよ」
「パンドラ? パンドラってあの神話に出てくるパンドラか? 随分と大層な名を名乗ってるじゃないか」
まさか本物のパンドラとは信じていないタルキウスだが、彼女の身の内に魔力量を思えば、むしろ本物のパンドラである方が自然とすら思う気持ちもあった。
「ふふふ。感謝してよ。あなたを私の前に招待するためにここまでの舞台を用意してあげたんだからね」
「この嵐は俺を誘き出すための罠って言うのか?」
「ん~。罠ってのは少し違うかな。言うなれば招待状ね! せっかくなんだから招待状は豪華にしたい。でも、これで私の力を使い過ぎて、本番が疎かになっちゃいけないでしょ。ほら。見ての通り私、この鬱陶しい拘束衣のおかげで全盛期の力が発揮できないもんだから。そこで、ここの神殿のシステムを使う事にしたってわけよ!」
「訳の分からない事をベラベラ言いやがって。俺をお前の前に引っ張り出すだけのためにお前はここまでの事をやったってのか!?」
連日続いた嵐はイタリア中を襲い、各都市では甚大な被害をもたらしている。
それだというのに、パンドラと名乗る少女はちょっと冗談だとでも言いたげな口調ぶりであり、それがタルキウスには気に入らなかった。
「もう~。そんなに怖い顔しちゃって。まあ、嫌われるのは慣れてるから別に良いけど」
「え?」
タルキウスは彼女が言葉を言い終えると同時に、一瞬だけ見せた悲しそうな表情を見逃さなかった。
パンドラ自身は陽気な笑みで隠したつもりだろうが、全神経を彼女の挙動に集中させていたタルキウスにははっきりと分かったのだ。
そしてタルキウスの表情を見て、パンドラも自身の些細な変化を見抜かれた事を察する。その途端、彼女は軽く頬を赤くして恥ずかしそうにした。
「さ、さて。おしゃべりはここまで。そろそろ本番といきましょうか!」
「そうだな。俺に喧嘩を売った事を後悔させてやるぜ!」
「ふふふ。私という贈り物を、私という災厄を、たっぷりと味合わせてあげるわ」




