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海神の末裔

 タルキウス達を乗せた氷の船は、無事にカプリ島に到着した。

 氷の船を島の海岸に接舷して島へと上陸を果たす。


 タルキウス達が上陸したのは、周囲を崖に囲まれた小さな入り江。

 この辺りは漁村のようだが、度重なる大雨により海の水位が上がり、荒れた海から押し寄せる津波によって村は薄っすらと水に浸かって人の姿は無く、村はまるで廃墟のようだった。


「誰もいませんね」

 そう言うリウィアは、タルキウスが天の無限蔵シソラス・カエレスティスに収納していた熊の毛皮から作った外套を纏って雨具代わりにしている。


 それに対してタルキウスとフェルディアスは、雨具の類は一切使わずに大雨に身を晒していた。


「あの、タルキウス様、フェル君。お二人も外套を使われてはどうですか?」

 自分だけ傘を差しているという状況に若干の後ろめたさを感じたリウィア。


「えーそれじゃあ動き辛いでしょ!」


「ご心配なく。スパルタ人はどんな環境でも耐えられるように訓練を受けていますから」


 タルキウスとフェルディアスはきっぱりと断る。

 それを聞いたリウィアは「では私も」と言って自分の纏っている毛皮を脱ごうとしたが、タルキウスが血相を変えて制止した。


「ダメだよ、リウィア! 雨に当たってると身体が冷えちゃうんだからね! もしリウィアが風邪を引いたら大変だよ!」


「わ、分かりました! 分かりましたから」

 リウィアは慌てて外套を着直す。


「まったくリウィアはしょうがないな~」


 腕を組み、頬を膨らませるその様は大層ご立腹なのは間違いないが、リウィアにはその姿が何よりも愛おしく思えてならなかった。

 そして無意識の内に、リウィアの手はタルキウスの頭へと伸びる。


「り、リウィア?」


「ふふ。ありがとうございます。いつも私の事を気遣って下さって」


「……と、当然の事をしただけだよッ!」

 大好きなリウィアに頭を撫でられ、お礼を言われて、タルキウスは満足そうに、そして照れ隠しのために笑う。


「あの~お二人さん。お楽しみのところ悪いんだけど、僕がいるの忘れてないかい?」


「え? も、勿論、忘れてないよ、フェル!」


「そ、そうですよ! 忘れるはずがないじゃありませんか!」


「ふ~ん。まあ、二人の仲はよ~く知ってるから、僕は気にしてないけどね」

 仲間外れにされたような疎外感を感じたフェルディアスは、僅かに拗ねた様子を見せる。


 しかし、その時だった。

 タルキウスとフェルディアスの目つきが急に変わる。


「誰だ!? そこに隠れている奴、出てこい!!」

 タルキウスは険しい剣幕で崖の上に目をやる。


 タルキウスの視線の先にある崖の上の岩陰から、水色の髪に白い衣を纏った二十代半ばくらいの男性が姿を現した。

「お前等、あの魔女の仲間か!? ここは俺達、人魚族トリトンの島だ! よそ者は出ていけ!」


 口ぶりからして彼がこの島の住人である人魚族トリトンである事は間違いない。

 そう確信するタルキウスだが、彼が着目したのは人魚族トリトンの青年が最初に口にした言葉だった。


「ちょ、ちょっと待て! “あの魔女”って何だ!? 俺達は、」


「問答無用!! さっきの津波では仕留め損なったが、今度こそは!」


 聞く耳を持たない彼は、右手に手にしていた黄金色の法螺貝を口元へと運んで、殻頂を口で加える。その様はまるでラッパを吹く奏者のようである。


「まさかあれは!? フェル!」


「うん!」


 タルキウスは右手を軽く上に上げる。

 次の瞬間、タルキウスとフェルディアス、それぞれの前に複雑な模様をした真紅色の魔法陣が浮かび上がった。

 そしてタルキウスの前には黄金の杖雷霆の杖(フルグラトル)が、フェルディアスの前には棘付き金棒が魔法陣から姿を現す。

 どちらもタルキウスの天の無限蔵シソラス・カエレスティスに収納されていたものだ。


 だが、タルキウスとフェルディアスが動き出す前に、人魚族トリトンの青年は法螺貝を吹いた。法螺貝の音色が嵐の風と雨の音に混じって響き渡った瞬間、海の水は不自然に動きを変えて津波を作り出し、タルキウス達のいる入り江に向かって押し寄せる。


「あれが人魚族トリトンの法螺貝か」


 タルキウスがそう呟くと、彼の後ろにいるリウィアが「知っているんですか?」と問う。


人魚族トリトンは波を立てたり鎮めたりできる法螺貝を武器にして戦うって聞いた事がある。たぶん俺達の船を沈めたあの津波もあいつが起こしたものだったんだろうな。……フェル、あいつと話がしたい。ひとまずここまで連れてきてくれ。俺はあの津波を防ぐから」


了解ヘロット!!」


 タルキウスは後ろに振り返ると、押し寄せる津波に目を向けた。

 今いる場所は三方を崖に囲まれた入り江であり、津波に襲われては逃げ場は無い。

 タルキウスやフェルディアスほどの身体能力もあれば崖を軽々と飛び越えてその上に登る事もできるが、そうしては崖の上に立つ人魚族トリトンの青年に隙を晒す事になってしまう。


 しかし、タルキウスが真正面から津波と対峙する事を選んだのはそれが理由ではない。


「リウィア、俺の傍から離れないでね。海の上ならまだしも、陸の上に立っちゃえばあのくらいの津波、どうってことないからさ!!」

 満面の笑みでリウィアに語りかけるタルキウス。

 それはリウィアを安心させるための虚栄ではなく、紛れもない本心だった。


 それを誰よりも理解しているリウィアは、彼の笑顔に負けないくらいの笑みで返す。

「はい! タルキウス様は世界最強のお方ですから、何の心配もしていませんよ」


 リウィアは知っていた。

 この小さな少年にとって天変地異の如き自然災害すら取るに足らないということを。

 これまでは王という立場から国や民のために嵐に頭を悩まし、四方に足場の無い海の上だったために津波に船を沈められこそしたが、地に足の着いたタルキウスは自然災害くらいではビクともしないのだ。


 タルキウスの背後の空間に、複数の深紅色の魔法陣が浮かび上がる。

 それ等から流体上の黄金が滝のように溢れ出し、数秒の後に入り江の端と端を繋ぐように巨大な壁を形成した。

 それはまるで城壁のように立派な壁であり、押し寄せる津波を正面から受け止め、その衝撃を完全に防ぎ切ってしまう。


「そ、そんな、馬鹿な……」

 目の前で起きた光景が信じられないという様子の人魚族トリトンの青年は唖然とする。


「でやああああッ!!」


 人魚族トリトンの青年の注意がタルキウスの築いた黄金の城壁に釘付けになった隙を突き、フェルディアスが崖の上へと上がる。


「な! い、いつの間に!?」


 注意を他所に向けていたとはいえ、彼が気付かなかったのも無理はない。フェルディアスはその卓越した脚力で、自身の身長の数倍の高さを誇る崖を一回のジャンプだけで登り切ってみせたのだから。


 フェルディアスは金棒を振るって人魚族トリトンの青年を攻撃する。

 勿論、その攻撃を当てるつもりはない。フェルディアスの腕力で振るわれた金棒はまともに食らえば骨折は必至。当たり所次第では命は無いだろうから。

 あくまでも相手も姿勢を乱して隙を作るのが目的だった。


 フェルディアスの狙い通り、人魚族トリトンの青年は素早く鋭いフェルディアスの攻撃に驚いて法螺貝から口を離して、数日続いた雨でぬかるんだ地面に足を取られて尻餅を突いた。

 その衝撃で法螺貝を手放してしまう。


「くぅ~」

 慌てて起き上がろうとするも、フェルディアスは彼の顔のすぐ真横に金棒を沿えた。


「それ以上動いたら、頭を殴り飛ばすよ」

 普段は温厚で心優しいフェルディアスだが、今の彼の顔を勇猛な戦士そのものだった。


「でかしたぞ、フェル! 流石だぜ!!」

 崖の下の砂浜で跳び跳ねながら喜ぶタルキウス。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 敵を視認してしまえば、フェル君もタルキウス君もとても強くて有能ですね。二人ともとっても格好良くて偉かったと思います。リウィア大好きなタルキウスも微笑ましかったです。
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