氷上キャンプ
タルキウス、リウィア、フェルディアスの三人は、フェルディアスの獲ってきた魚をタルキウスの火魔法で焼いて食べていた。
と言ってもタルキウスは火を出していただけで、実際に火加減と焼き具合を見ながら焼いてきたのはリウィアだった。
最初はタルキウスが自分で焼きたいと主張して焼いていたのだが、すぐに丸焦げにして一匹をダメにしてしまったので、リウィアに焼く係を譲ったのだ。
その最中、フェルディアスは自分の足が気になるようで、ちょこちょこと下に視線を向けている。
「……」
「ん? フェル、どうかしたのか?」
フェルディアスの不自然な様子に、気付いたタルキウスは食事の手を止めて問い掛ける。
「え? い、いや。ただちょっと足枷の鎖が千切れてるのが、少し気になって」
元々、あの足枷の鎖は足を動かすのに不自由はしない程度の長さは確保されていたのだが、それでも繋がっていないと違和感があるらしい。
「ならいっそ足枷ごと取っちまうか?」
足枷の鍵は、いつでも枷を外せるように天の無限蔵の中に収められている。フェルディアスが望むなら、いつでもその枷を外す用意はできていた。
「いや。それは遠慮しておくよ。鎖は無くても、これが僕の正装だからね」
「……まあ、フェルがそう言うなら、それで良いけどさ」
戦闘となったら足の鎖は絶対に邪魔になるだろう。そう思うタルキウスだが、実際のところ幾多の戦場でフェルディアスが足の鎖が原因で危機に瀕したりする事は一度も無かった。
鎖の存在がフェルディアスに害を及ぼしたのは、海に沈む船体に鎖が挟まった事が初めてと言って差し支えないだろう。
そのためタルキウスもあまり強く言うに言えず、フェルディアスの自由意思に任せていた。
「それよりもタルキウス。魚ならまだまだあるんだから、どんどん食べてよ」
そう言ってフェルディアスはまだ口を付けてない焼き魚をタルキウスに渡す。
「お。悪いな!」
美味しそうに焼き上がった魚を前にしたタルキウスの視線は、その魚に釘付けとなる。
そして今だ満たされていない食欲を満たすべく、タルキウスは再び魚にかぶりついて食事を再開した。
最後の魚を平らげて胃袋を満たしたタルキウスは、満足そうに自分のお腹を擦る。
「ふう~。食った食った!」
「こんな状況でよくそんなに食べられるよね。タルキウスは本当に大物だよ」
そう言いながらフェルディアスは、タルキウスが食べた魚の骨の山を見る。
「どんな時でも人間、生きていたら腹は減るものだろ」
「それはそうだけど」
「そんな事よりも腹ごしらえが終わったんだから、そろそろ今後の事を話そうぜ」
タルキウスは半ば強引に話題を変える。
彼にとってはこのくらいの食事は朝飯前であり、わざわざあれこれ言う事とは思わなかった。
そんな事より、これからどうするかの方がずっと重要だったのだ。
「う、うん。そうだね。色々と厄介になりそうだし」
フェルディアスもタルキウスの提案には異論は無かった。
「ああ。さっきの津波。あれは普通の津波じゃない。強い魔力が混じっていたからな」
タルキウスとフェルディアスが船内にいながらいち早く大津波の接近に気付けたのも、その大津波に強い魔力反応が潜んでいたからに他ならない。
「え? では、誰かが私達を排除しようとしたという事ですか?」
「間違いなくね。問題はその目的だ」
エルトリア国王である自分を殺したがっている連中はこの世に大勢いるだろう。
そうは思うと頭が痛くなるタルキウスだが、今回の犯人はこの一連の事態にも関わっている可能性が非常に高い。
発想を変えてみたら、ようやく手掛かりに巡り合えたと言えるかもしれない、とタルキウスは前向きに考える。
「カプリ島にいる人魚族ではないでしょうか? 彼等とエルトリアは互いに不干渉の盟約を結んでいるんですよね? それで島に近付いた私達を排除しようとしたのではないでしょうか?」
「いやぁ、流石にそれは無いよ。一応、ここに来る前に、これまでにもカプリ島に接近し過ぎた船の報告は調べておいたけど、どれも警告を受けて針路変更を促されたようだった。無警告で、しかもいきなり船を沈めるなんて事例は聞いた事もない」
「それじゃあカプリ島に誰かが攻め込んで、人魚族は僕等をその襲撃者の仲間だと思ったとかは?」
「だとしたら迷惑な話だよ」
タルキウスが頬を膨らませて不機嫌そうに言う。
「ま、まあまあ。あくまで僕の勝手な予想だからさ」
「それは分かってるけどよ」
「ふふふ」
このような状況にも関わらず、リウィアはタルキウスとフェルディアスが親し気に話す様を微笑ましい思いで見つめる。
リウィアがタルキウスに仕えるようになったのは、二、三年ほど前と比較的最近の方だった。
そんなリウィアの知る限り、タルキウスには友達と言えるような存在が一人もいなかった。
国王になる前のタルキウスは、その巨大な力と才覚に目を付けた父親、つまりエルトリア先代国王トリウス王によって厳しい軍事訓練と命懸けの最前線を行ったり来たり。とても友人を作っていられるような状況にはなかったのだ。
そして、そんな先王に反乱を起こして国王に即位して以降は、貴族達から権力を奪うために恐怖政治を敷いていたので、タルキウスと同い年の子供からは怖がられる事こそあれ、友達になるなど夢のまた夢。
しかし今は、主人と奴隷という社会的立場があるとはいえ、フェルディアスという信頼し合える友人をタルキウスが得る事ができたのは、リウィアにとって非常に喜ばしかったのだ。
「リウィア、何一人で笑ってるのさ?」
タルキウスの言葉を受けて、リウィアがふと我に帰ると、タルキウスとフェルディアスが不思議そうな視線を向けていた。
純粋でキラキラとしたタルキウスの黒い瞳とフェルディアスの青い瞳に見つめられ、リウィアはついそれに見惚れてしまう。
「……あ。い、いえ。お二人とも仲が宜しくて何よりだなと思いまして」
「そりゃ。まあね。俺とフェルは友達だからな」
タルキウスはフェルディアスの肩に手を回して、自分の方へと抱き寄せる。
「え? うわッ」
突然の事に一瞬フェルディアスは驚くも、すぐに笑みを浮かべて自身もタルキウスの肩に手を回す。
「うん。そうだね」
お互いの友情を確かめ合ったところで、フェルディアスはある事を疑問に思った。
「そういえばタルキウス、この氷の島って波に流されてるんじゃないの? だとしたらカプリ島に向かうどころか遠ざかっちゃうんじゃ」
不安そうに話すフェルディアスに対して、タルキウスは自信満々の笑みを浮かべて答える。
「それなら安心してくれ。この氷の島は今、俺の風魔法でカプリ島まで向かってるからな」
「え? そ、そうだったの?」
「ああ。フェルが魚を獲りに行ってる間に島の東西南北の端四ヶ所に風魔法の魔法陣を設置したんだ。四つの風魔法を同期させて島を動かす推力を作り出したのさ」
さらりと言ってのけるタルキウスだが、今タルキウス達がいる氷の島は簡単に溶けてしまわないように小島にも劣らぬ大きさをしている。
そんな島を、この大嵐で荒れた海を航行できるほどの風魔法を生み出すのはそう簡単な事ではない。
まして精確に航路設定ができるように、島の四ヶ所に魔法陣を設置して航路を微調整しながら進むなど、魔導師が数十人掛かりで行なうような作業である。
それをタルキウスは食事をしながら、その片手間にこなしているのだ。
「流石はタルキウス様ですね!」
リウィアは素直にタルキウスを褒める。
するとタルキウスは満面の笑みを浮かべて照れくさそうに右手で後頭部を掻く。
「えへへ。でも、そう長くは維持できないからと思うから、後でまた魔法を張り直さないといけないはずだ。それに船で行くよりずっと速度は落ちるから、カプリ島に到着するのは予定よりも遅くなると思う」
「無事に到着できるなら、それで充分だよ。ありがとうね、タルキウス」
「礼を言われるほどの事じゃないよ。それより到着までまだ時間があるから、今の内にこれからの事を話し合っておこうぜ」




