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海難事故

 左右から押し寄せる巨大な大津波。

 至近距離からこれほどの津波に襲われては、魔法で消し飛ばしても形が崩れた水が船に叩き付けられるだろう。

 いや。多少のリスクは覚悟の上でさっきのように迎撃しようにも、二つ同時には無理だ。片方を潰している間に、もう片方に船が呑み込まれてしまう。


 タルキウスはどうすべきか思案を重ねるが、良いアイデアは浮かぶ事はなかった。

 そして何もできないまま【空飛ぶ軍船(ウォラトス・ナウィス)】は左右から迫る津波の直撃を受ける。


「くそッ!」

 船が呑まれる直前、タルキウスは船内にいるリウィアを助けるべく、一旦船の中へと入る。


 海の上を飛んでいた【空飛ぶ軍船(ウォラトス・ナウィス)】は左右から迫る津波に巻き込まれて、海面へと叩き付けられた。

 上から凄まじい量と勢いの海水の塊に呑み込まれた船は、その圧力に耐え切れずに脆くも押し潰される。


 船内にいたリウィアは、急に船が大きく揺れたかと思うと、扉が勢いよく開いて海水が濁流のように押し寄せてきた。

 この部屋の唯一の出入り口から入り込んだ海水に、リウィアはただ驚く事すらできなかった。

 逃げ道を塞がれて、どうしようかと考える間もなく天井が崩落してその上からも海水が滝のように降り注ぐ。


 空気が一気に外へと漏れて、リウィアの身体はあっという間に海水に浸かる。

 リウィアはカナヅチではないが、荒れる海の中を泳ぐ事は難しく、数秒ももたずに溺れてしまう。


 息が続かなくなり、もう限界だ。リウィアがそう思った瞬間、彼女の視界に荒ぶる海の中を悠々と、そして真っ直ぐ自身に向かって泳いでくるタルキウスの姿を捉えた。


 タルキウスは手を伸ばしてリウィアの腕を掴むと、一目散に海上を目指して上昇する。

 風魔法で周囲の海水に人為的に上昇する海流を生み出すことで、タルキウスとリウィアは驚異的な速さで海面へと到達して顔を出す。


 タルキウスは周囲を見渡し、近くに浮いている船の残骸を見つけるとそこまで移動した。

 船の残骸に手を伸ばして掴まるが、激しく荒れる海の上ではあまり安定しないため、残骸の上には上らず、身体は水に使ったままでいる事にした。


「リウィア! しっかりしてリウィア!」

 タルキウスは必死に呼び掛けるが、返事が帰ってくる事はない。

 しかし、タルキウスは諦めずにリウィアの名を叫び、身体を強く揺する。


「……ゴホッ! ゴホッ!」

 口から海水を少し吐き出しながら咳き込むリウィア。


「リウィア、大丈夫?」


「は、はい。助けて頂いて、ありがとうございます」

 苦しそうにしているが、タルキウスに心配をかけまいと懸命に笑みを浮かべたリウィア。


「本当に無事で良かったよ」


「それよりフェル君や他の方達はどうなったんですか?」


「分からない。とにかくリウィアを助けなきゃって思ったからッ!」

 タルキウスにとっては、リウィアを守る事が何よりも優先される事だったのだ。


 しかし、まだまだ安心できるような状況ではないとはいえ、リウィアの無事を確認したタルキウスは感知魔法で、フェルディアスと他の乗員達の魔力反応を探す。


 他の乗員達は既に手遅れかもしれないが、フェルディアスなら大丈夫だろう。

 そう考えていたタルキウスは想像もしなかった場所にフェルディアスの魔力反応を見つけ出した。


「フェル、まだ船に残ってるのか!?」


「え?」


「リウィア、俺ちょっと行ってくるよ。何かあったのかもしれないから」


「分かりました。お気を付けて」


「リウィアも波に拐われないようにね」


 そう言って互いに笑顔を浮かべ合う。それはお互いに相手を安心させるためのものだった。


 タルキウスは大きく息を吸って海中へと潜る。

 海上は大荒れでも、海中は比較的穏やかなものだった。


 海中へと沈んだ【空飛ぶ軍船(ウォラトス・ナウィス)】は、まだ設置されている魔法道具が辛うじて機能しているようで、すぐに海底へと沈んではいかず、ゆっくりと船体を海の底へと沈めていっていた。


 フェルディアスの魔力反応はその船から感じたタルキウスは、軽快な泳ぎで船に向かって一気に潜行する。


 簡単には壊れないように強固に設計されているはずの船体は、徐々に強くなる水圧に悲鳴を上げた。

 もしフェルディアスが取り残されているのなら、すぐに助け出さないと危険だ。そう考えたタルキウスは船体に空いた穴から船の中へと入って行く。



 その頃、当のフェルディアスは崩れた船の残骸に、両足を繋ぐ足枷の鎖が挟まって取れずに脱出できなかったのだ。

 フェルディアスは鎖を握り、力の限り引っ張るが、海中でうまく力が入らない事もあって自慢の怪力が発揮できない。


 だが、それだけではなく、フェルディアスはあえて力を抜いているようでもあった。

 次第にフェルディアスも息が続かなくなり、口から大量の気泡を吐き出す。


 意識が薄れていく中、既にタルキウスとリウィアがいるであろう海上を見上げて、フェルディアスは主人であり、友人のタルキウスの顔を思い浮かべた。


 その時だった。

 物凄い勢いでタルキウスが迫り、フェルディアスの視界に飛び込んだ。


 驚いて目を見開くフェルディアスにはお構い無しに、タルキウスは挟まっている鎖を両手で握り締めて力一杯引っ張った。

 フェルディアスには劣るが、タルキウスも常人を遥かに凌ぐ怪力の持ち主。両腕に魔力を集中させて筋力を補強する事で、更にパワーを発揮できるようにしたその瞬間。


 鎖は引き千切れて、フェルディアスの足が自由になった。

 そして透かさず、タルキウスはフェルディアスの手をしっかり握ると、海上に向かって一気に浮上する。


 リウィアが待つ浮遊物の近くに浮上したタルキウスは、海上へと顔を出すと大きく息を吸って呼吸を整えた。

 そして、海水を飲んでしまったフェルディアスの背中を叩いて海水は吐き出させる。


「ゴホッ! ゴホッ!」

 口から海水を勢いよく吐き出したフェルディアスは、朦朧としていた意識を一気に覚醒させた。


「タルキウス様! フェル君!」

 突如、海中から現した二人の無事な姿を見てリウィアは声を上げる。


「フェル、大丈夫か?」


「う、うん。ありがとう」


「ったく。あんな所で何やってたんだよ? さっさと脱出して出てこいよな! フェルならあのくらい何でも無かっただろ?」


 さきほどはフェルディアスを助け出す事で頭が一杯になっていたので気付かなかったが、今にして思えばタルキウスには不思議に思えてならなかったのだ。


「だ、だって。もしあのまま鎖を引っ張ったら、きっと瓦礫から外れる前に鎖の方がダメになっちゃうと思ったんだ。実際、タルキウスが力ずくで引っ張ったおかげで鎖が千切れちゃったし」


「そんな鎖、どうだって良いだろ」


「そうはいかないよ。僕はタルキウスの奴隷で、この鎖はそれを示す証でもあるんだよ。僕にはこれを命に代えても守る義務がある」


「はぁ~。またスパルタの戦士の矜持に懸けてって奴かよ」

 タルキウスは溜息を吐きながら呟く。


 対するフェルディアスは、「そうさ!」と当然の如く返す。

「僕等スパルタ人にとって掟と契約は自分の命よりも重い。それを破ってまで生きるくらいなら、殉じて死ぬのがあるべき姿なんだ」


「ったく。スパルタ人ってのは本当に融通の効かない連中だよ」

 まるでフェルディアス以外にもスパルタ人の知り合いがいるかのような口ぶり。

 それもそのはず。幼い頃、タルキウスに体術を仕込んだのは当時スパルタでも最強と呼ばれた戦士だったのだから。

 ただ、今はそんな話をしている場合ではなかった。


 フェルディアスはタルキウスの言葉が癇に障ったらしく、いつもの温厚さからは想像もできない怒りを露わにし、眉毛を吊り上げて声を荒げる。

「いくらタルキウスでも、スパルタの矜持を馬鹿にする事は許さないよ!」


「べ、別に馬鹿になんてしてないよ。ただ、もうちょっと賢く立ち回れないのかって話をだな!」

 突然の事に動揺したという事もあり、ついタルキウスも喧嘩腰の口調で返してしまう。


「タルキウスに気高い戦士の誇りは分からないよ!」


「何をッ! フェルこそ、」


「お二人とも! こんな時に喧嘩は止めて下さい! あれを見て下さい!」


 徐々に険悪な雰囲気を出す二人に割って入ったリウィアは、右手を前へと突き出してその先を指差す。


 その手を、指先をタルキウスとフェルディアスが目で追うと、巨大な大津波が迫っていた。

 呑み込まれれば、今度こそ一巻の終わりだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんなときにガチゲンカを始めてしまう男の子2人が可愛かったです。頑固なフェル君は特に可愛らしいですね。とても面白かったです。 [一言] スパルタ人の頑固さ、現実とも重なって納得です。津波の…
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