競える友
ロレム離宮。
ここはエルトリア王国を支配する黄金王タルキウスの居城・黄金大宮殿の広大な敷地に設けられている宮殿の一つである。
しかし、ここは離宮というより闘技場のような造りをしていた。
中心部の中庭を囲うように四方を黄金で築かれた分厚く高い、まるで城壁のような壁に覆われている。
そしてその中庭には、木や花などは一切無く一面に白い砂が敷き詰められていた。
十一月と、まだ秋とはいえ徐々に冬の寒さが顔を覗かせ出しているこの頃。
中庭の砂の上では、黒髪をした少年と金髪をした少年の二人が朝早くから格闘技の試合に励んでいた。
二人とも白い布を腰に一枚巻いているのみのほぼ素っ裸状態ではあるものの、寒そうな素振りなど微塵も見せずに元気に身体を動かしている。
どちらも小柄な体格で、背丈はほぼ同じくらいだった。
その身体にはバランスの良い筋肉が付いているが、どちらかというと金髪の少年の方が付き具合が良い。
洗練された身のこなしと息の合ったコンビネーションから織り成すそれは、もはや格闘試合というより演舞であった。
二人の綺麗な肉体美も相まって、その試合は見る者全てを虜にしてしまう美しさを見せる。
「はぁ、はぁ」
長時間に及ぶ試合は一向に着かず、次第に黒髪の少年の息が上がり出した。
「タルキウス、息が上がってきたけど大丈夫? 一旦止めて休憩にする?」
金髪の少年が一旦後ろへ飛んで間合いを取り、心配そうな顔を浮かべながら言う。
こちらの少年は、黒髪の少年と違って首には鋼鉄の首輪を嵌めて、両足首には鎖で繋がった足枷が嵌められていた。
しかし、金髪の少年は、首輪と足枷をまるで自分の身体の一部であるかのように、それ等の重さや不自由さを一切感じさせない身のこなしを見せる。
「まだまだ余裕だよ! フェルこそ疲れたんじゃないか!?」
「まさかッ! 僕だって余裕さ!」
お互いに笑い合った二人の少年は、笑みを浮かべつつも構えを解いてはおらず、その視線は常に相手の隙を窺っていた。
中庭を静けさが包み込んだその時。
突如、突風が吹きすさび、二人の身体に容赦なく打ち付けた。
誰もが思わず身体を震わせそうな冷たい風を素肌からまともに受けても、二人は寒がるどころかこれを好機と言わんばかりに地を蹴って前に出た。
目にも止まらぬ速さで迫る二人は、右手を握り締めて相手の顔に叩き付けようとする。
しかし、右手の握り拳が相手の顔に命中しそうになった直前で二人の動きはピタリと止まった。
「どうやら僕の勝ちだね」
金髪の少年が嬉しそうに言った。
黒髪の少年の拳が金髪の少年に命中するよりも早く金髪の少年の拳が命中する位置にあったのだ。
「くそ~! また負けた~!」
悔しそうにする黒髪の少年は、そのまま後ろへと倒れてバタンッと背中から砂の上にダイブする。
彼の名はタルキウス・エルトリウス。エルトリア王国の国王、通称・黄金王であり、この黄金大宮殿の主人だ。
「これで今週は僕の全勝だね」
そう言う金髪の少年の名はフェルディアス。タルキウスに仕える奴隷であり、彼の大切な友人だった。
「むぅ~。本気でやり合えば絶対に俺が勝つのにな~」
それは負け惜しみ、とは一概には言い難かった。
黄金王タルキウスは、世界最強の王としてエルトリアに君臨しているが、それは魔導師としての話であって、格闘家として最強というわけではない。
一方、フェルディアスは体術が専門であり、魔法も体術を補助する系統のものしか習得していなかった。
そのため、タルキウスはフェルディアスが使える魔法のみを使用するという制限を掛けた上で試合に臨んでいたのだ。
仮にもしその制限が無かったとしたら、フェルディアスは数分と持たずにタルキウスに敗れていた事だろう。
しかし、タルキウスだけが制限を負うのではフェアではないという事で、フェルディアスも奴隷の証である首輪と足枷を身に付けたままにして試合に臨んでいたのだが、常に身に付けている首輪と足枷では何のハンデにもならなかった。
「ご、ごめんね。タルキウスは僕に合わせてくれていたのに、調子に乗ってたよ」
フェルディアスは心底申し訳なさそうに謝った。
「え? あ、いや。そんなつもりじゃないよ! つい、その、ただの負け惜しみだから、気にしないでくれ」
タルキウスは必死に訂正する。
タルキウスも国王になる以前は、スパルタから招いた講師からスパルタ式体術を直々に伝授されていた。
そのため体術の技量もかなりのもので、タルキウスもかなり自信があったのだが、本物のスパルタの戦士には一歩及ばなかったようだ。
「でも、タルキウスはすごいよ! スパルタの戦士でも君に勝てる人はそうそういないと思うよ!」
「そ、そうか? ん?てか、フェル、それってちゃっかり自分の事を褒めてないか?」
最初は素直にフェルディアスの言葉に喜ぶタルキウスだが、次第に彼の言葉に違和感を覚えたようだ。
「ち、違うよ! 僕はただ、タルキウスはとっても強いって言いたかっただけで!」
「ふ~ん。果たして本当かな?」
意地悪そうな笑みを浮かべながらタルキウスはフェルディアスに詰め寄る。
実のところ、タルキウスはフェルディアスの言葉を欠片も疑ってはいない。
しかし、フェルディアスの反応が面白く思えて仕方がなかったタルキウスは、ついつい悪戯がしたくなったのだ。
タルキウスにとってフェルディアスは頼りになる友人だった。
最強の軍事国家として名を馳せたスパルタでも指折りの戦士である彼の戦闘能力は言うまでもないだが、フェルディアスの真面目で誠実な人柄もタルキウスは高く評価している。
友人としても、練習相手としても、衛兵としても、これほどの人材は他にいないだろうとタルキウスは自負している。
しかし、ほんの少しだけ。タルキウスにはやり切れない気持ちはあった。
それは持てる全てを出して戦える相手がいないという事だ。
タルキウスが本気を出して戦う場合、それは自身に何らかのハンデを課すか、相手に圧倒的多数など有利な条件が揃っていると言った状況に限定される。
だからこそタルキウスの中には、対等の立場で競い合える存在が欲しいという願いが密かにあったのだ。
「タルキウス様! フェル君! おやつの準備が出来ましたら、少し休憩にしてはどうですか!?」
中庭を覆う四方の壁の上に設けられているテラスから長い黒髪をした女性が手を振りながら叫ぶ。
「あ! リウィア!」
タルキウスはその声に気付くと、無邪気な子供の様な声を上げて彼女の方に目を向ける。その姿はまるで大好きな主人に尻尾を振る子犬のようだった。
その時、タルキウスのお腹がグウウウ~と鳴って空腹を訴える。
「あ~腹減ったな~。フェル、速く上がっておやつ食べようぜ!」
「うん。そうだねッ!」




