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決戦に向けて

黄金大宮殿ドムス・アウレア・大鷲の間─

 奴隷軍との戦いに敗れたクラッススは、二千いた兵を三百程度にまで減らされながらも命辛々ローマへの帰還を果たした。

「奴隷軍の奇襲を受けて、我が兵団は大混乱に陥り、私は何とか敵の包囲を突破して、こうして戻る事ができた次第です」

 玉座に座る黒髪の少年に対して跪いてそう報告をするクラッスス。

 今の彼には、出陣前の威勢は微塵も感じられない。広間に集まっている貴族達も憐みの視線を彼に向けていた。


「つまり時間稼ぎすらできなかったというわけか」

 玉座の少年は溜息を吐いた後にそう呟く。


「は、はい。まさか、敵があそこまで北上してきているとは思わず……」


「敵の所在を常に把握する事は戦の常識であろう。それを怠ったお前のミスだ」

 国王になるより前に、タルキウスはある将軍から兵法を学んでいた。そこで得た知識で考えれば、今回のクラッススの敗退の一番の原因は情報収集を怠っただろうとタルキウスは判断した。


「……」

 クラッススは何も言い返せなかった。


「まあ良い。こうなっては仕方がない。お前はローマの守りに付け。今度は余が自ら奴隷軍の相手をするとしよう」


 タルキウスが国王親征を宣言すると、クラッススの後ろに立つ大勢の貴族達が騒めき出す。その中で元老院主席クイントス・ボルキウス・カトーが一歩前に進み出る。

「陛下、軍団の準備はまだ整ってはおりません。如何に対処なさるおつもりですか?」


 カトーが自らタルキウスに問いを投げた事にタルキウスと周囲の貴族達は驚く。普段、彼がこのようにタルキウスに話し掛ける事などほとんど無いのだが、ローマに奴隷軍が押し寄せるという恐怖が彼にそうさせたのかもしれない。


「余には奴隷軍を一撃で屠るとっておきがある」

 タルキウスは自信満々の不敵な笑みを浮かべて宣言する。


 それを聞いた途端、カトーを含む多くの貴族が血相を変えた。

「なりません、陛下! 王家の秘術を奴隷如きに使うなど!」


「そ、そうです! 栄光あるエルトリウス王家の名誉を貶める事になりますぞ!」


「王家の秘術はエルトリアの決戦兵器です! それを奴隷風情に使うおつもりか?」


 カトーが声を上げると、それに続いて他の貴族達も続々とタルキウスに異議を唱える。

 だが、自身よりも数倍以上の年齢にある貴族達の怒声を一身に浴びてもタルキウスは一切動じた素振りを見せない。

「その奴隷風情にエルトリアはここまで追い詰められている。という事だ。であれば余も相応の技で奴等の勇戦に応えてやるべきだろう」


「ですが、王家の秘術を反乱奴隷如きに用いた前例はありません。それどころか歴代の国王陛下でも敵が大国の大軍勢であろうと使用を躊躇した程ですぞ。秘術の乱発は王家の名誉に関わります」


「余とて実戦で使うのはこれが初めてだ」


「では尚更です! タルキウス王の初撃が奴隷軍相手などと世間の良い笑い物です! それに陛下であれば秘術を使わずとも奴隷軍を蹴散らす事も可能なのでは?」


 カトーの指摘に、タルキウスは不敵な笑みを浮かべた。

「確かにな。いくら余でも数万の軍勢を蹴散らすのは骨が折れるが、相手は急ごしらえな上に寄せ集めの奴隷軍だからな。やりようはあるだろう。だが、それでは多くの奴隷が敗走してイタリア各地で盗賊になる恐れがある。そうなればお前達の領地で略奪をする事もあるやもしれんぞ。お前達の懐に入るはずだった収入を奪い取られるかもな」


「……」


「そうした危険を少しでも抑えるために、奴隷軍は逃げす暇も与えずに屠る必要があるのだ。軍団を以って逃げ道を塞ぐなりできれば良いのだが、現状ではそうもいかんからな。老練な元老院議員の諸君なら、そのくらいの事は分かるだろう?」


「……」

 貴族達は尻込みして口を閉ざしてしまう。


「余は親衛隊プラエトリアニ一千を率いて出陣する。クラッススは軍団を集結させてローマの守りを固めよ。事が終わった後には残党狩りを任せる」


「ぎょ、御意!!」



◆◇◆◇◆



 レティシア率いる奴隷軍は今や五万人にまで膨れ上がり、後少しでローマに到達する所まで進軍していた。

 しかし、その五万人の中には武器を持つ事もままならない女子供、老人も大勢含まれており、戦力となれるのは全体の半分程度でしかないが。


 奴隷軍は今、アッピア街道沿いにある小さな神殿を襲撃して、ここでクラッスス兵団を打ち破った事を祝って宴会を開いている。

 これは、勝利の高揚で皆の士気を高めつつ、宴会を通して団結を深める事は次の戦いに向けて必要な備えだと考えるレティシアの発案によって行われたものだった。


「ふふ。皆、楽しそうにしていて何よりだわ」

 レティシアは優しい笑みを浮かべながら、酒を飲んで賑やかにしている彼等を見る。

 そしてそんな彼女の傍らには、パルタティアがいた。その様はまるで美しい女奴隷を侍らせている女主人のようである。


 ウェスウィウス山を発って以降、この二人はずっとこの調子だったのだ。

「パルタティア、悪いんだけど、もう少しだけ離れてもらえないかしら? ちょいちょい皆が私達に変な視線を向けてきてるんだけど」


「ヤダ。もう絶対離れない」

 パルタティアは即答した。


「……」

 やや戸惑いつつも、レティシアはそんな妹に微笑みかけて彼女の頭を撫でる。


「この神殿は運良く酒と食料を豊富に宝物庫に蓄えていました。きっとお布施にと集めた物を溜め込んでいたんでしょうね」

 そう言うのは褐色の肌に銀色の髪を持つ女剣士アーティカである。その神殿を発見して一時の休息場にしようと最初に提案したのは彼女だった。


 アーティカの言葉を聞いたレティシアは悪意に満ちた笑みを浮かべる。

「食べ物はちゃんと消費していかないと腐っちゃうわ。私が有効に使ってあげないとね。……それはそうと、今私達が目を向けるべきは、こんな小さな神殿が蓄えていた富じゃなくて次の戦いよ。クラッススを破った今、次はあの黄金王が出てくるか、それともまた別の将軍が出てくるか」

 レティシアとしては黄金王に是非とも出てきてもらいたいと思っていた。軍団の用意が整う前であれば勝算が上がり、黄金王が死ねばエルトリアは大混乱に陥る。


「黄金王はたった一人で城一つを陥落させると言います。仮に黄金王が出てきたら我々では太刀打ちできないのでは?」


「それはどうでしょうね。考えてもみて。黄金王はまだ十一歳の子供と言うわ。いくらかの大神ユピテルの末裔だからってそんな芸当ができると思う?」


「では、レティシア様はエルトリアのでっち上げとお考えですか?」


「ええ。そう思うわ」

 それは嘘だった。カプアにて反乱の準備を進める傍らレティシアはずっと情報収集を続けていたが、黄金王の強さは本物だ。だが、そうでも言わなければ彼等の戦意を保つ事はできない。


「そいつはどうかな」

 そう言いながらガリア人剣闘士クリクススが宴会で賑わう反乱奴隷達の人混みから姿を現した。


 そんな彼にレティシアは不服そうな眼差しを送る。

「何か異議でもあるのかしら?」


「俺は黄金王と一度だけ戦った事がある。この時の経験で言わせてもらえばあいつの実力は未知数だ。底が知れん」


「じゃああなたは、私達じゃ勝てないって言いたいの?」


「そうは言わん。だが少なくともここにいる奴等のほとんどは生きて故郷に辿り着く事はできんだろうな」


「まさか、ローマ進軍は諦めろとでも?」


「そうだ。今、エルトリアはローマに軍団を集結させようとしているはずだ。その隙に俺達はローマの横を素通りしてアルプス山脈に向かう。山脈を越えてしまえば後は散り散りになって故郷にそれぞれ戻れば良い」


 クリクススの提案を聞いた瞬間、レティシアの目には一瞬動揺が走った。

「……そんなの無理よ。今、皆はさっきの勝利で士気が高まってローマを攻め落とすと息巻いているわ。今更、後には退けない。それに、もうじき冬よ。今のままで山越えなんてしようとしたら、アルプスの向こう側に辿り着く前に皆凍え死ぬわ」


「では、剣もろくに持てないような子供や老人を戦場に引き連れていくつもりか!?」


「……」

 レティシアは、自身の傍らにいる妹のパルタティアに目をやる。


 姉の視線に気付いたパルタティアは、姉の考えを察したのか、優しく笑みを浮かべながら姉の身体に寄り添う。


「あなたの意見は確かに正論かもしれない。でも、やはり危険が大きいわ。アルプス越えの最中にエルトリアが背後から攻めてきたら、私達は一人残らず全滅よ。……そこで、こうしましょう。部隊を二つに分けるの。ローマに進軍して囮になる部隊とアルプス越えを目指す部隊にね」


「……なるほど。確かにそれは理に適っている」


「どうやら意見が一致したようね。では、作戦を練り直す必要があるわ。すぐに協議に入りましょう」

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― 新着の感想 ―
[良い点] タルキウスの打とうとしている手がどれほどのものか。まずそれがとても楽しみです。そして、レティシアとパルタティアの絆を見るにつけて、やはり悲劇を予想してしまい、つい切なくなりました。 [一言…
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