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クラッスス将軍

 タルキウスにより最高命令権インペリウムを授与されたクラッススは、最高司令官インペラトルとして直ちに行動を起こした。


「第一軍団に召集命令を掛けたが、これでは数が少な過ぎる」

 クラッススは軍議の中でそう呟く。


 これに真っ先に答えたのは第一軍団長にして今回、クラッススの副将を務める事になったムンミウスだった。

「既に第二軍団と第三軍団にも召集命令をお掛けおります。しかし、軍団の編成を終えるのは第一軍団よりもだいぶ遅れるかと」


「とにかく集結を急がせろ。私の兵団は二千程度。奴隷軍と戦うには数が少ないのだ」


 クラッススは、いずれは軍事的功績を立てて名声を得る事を目論んでおり、私財を投げ打って自前の部隊を育成していた。その部隊の名は創設者クラッススの名を取って“クラッスス兵団”と呼ばれる。

 その戦力は二千前後と数的には、軍団と呼べるものではないが、人数が少ない分、編成に要する時間は短く済む。


「ひとまず我が兵団の準備が出来次第、私は先行してアッピア街道を南下する。奴隷軍の動きは思ったより速い。悠長に構えていてはこちらの準備が整う前にローマに進軍されてしまう」


 この軍議が始まる少し前に、ミントゥルナエの町が奴隷軍の襲撃を受けたという知らせが伝書鳩によりローマにもたらされた。

 ミントゥルナエは、ローマとカプアを結ぶアッピア街道沿いにある港町であり、奴隷軍がローマを目指している事を証明している。


「しかしながら最高司令官インペラトル、わずか二千の兵では足止めすらままならないのではありませんか? ミントゥルナエから報告は私も目を通しましたが、敵は数万規模にまで膨れ上がっているとか」


「確かに、まともに戦えば勝算は低いだろう。だが、積極的な交戦は避けて、押しては退き、退いては押す。これを繰り返せば時間稼ぎとしては充分だろう。それにしょせん相手は奴隷だ。統制の取れた軍団とは違う。ましてや蛮族の軍勢とも違うのだ。昨日今日集まってできた寄せ集めの敵軍など容易に手玉に取ってくれるわ」


「……どうかお気を付けを」


 流石に二千で数万の奴隷軍に勝てるとは思っていないようだが、クラッススは奴隷軍を侮っている節がある事がムンミウスには気掛かりだった。

 クラッススはこれまで実業家として優れた才覚を披露してきたが、戦術家としての能力はまだ未知数。

 果たして彼が口を言うような戦術を実際に運用できるのか、ムンミウスには不安でならなかった。

 しかし、黄金王より最高命令権インペリウムを与えられた将軍に異議を唱える勇気は彼には無い。最高命令権インペリウムには必要とあらば部下を処断する権限も含まれているのだから。



◆◇◆◇◆



 数日後、クラッススは自らの兵団の集結と部隊編成を終えて、ローマを出陣した。

 その際に彼は黄金王の許可を得た上で、クラッスス兵団をローマ市内で行進させてその威容を市民の目に焼き付けた。

 ローマの全市民の食費を養う振る舞いから、クラッススは熱烈な歓呼で迎えられ、とてもイタリアが戦乱の只中にあるとは思えない賑わいぶりだった。


「見よ! この光景を! そして聞け! この歓声を!」

 立派な鎧兜に身を包み、将軍らしい姿をしているクラッススは、銀製の鎧を纏う馬に跨りながらそう語る。

 市民の歓呼に包まれて、彼はとても上機嫌の様子だ。


 この行進を見物しようと集まっているローマ市民は、行進の起点であるクラッススの邸から、ローマの町からアッピア街道に出られるアッピア門までびっしり埋め尽くされている。

 その見物人達の中に、十一歳の少年と十八歳の女性の姿があった。

「んん~。み、見えない」

 少年は自身よりも背の高い大人達の身体に阻まれて行進が見られなかった。

 しかし、少年はふと息子を肩車して行進の様子を見せてあげている父親の存在に気付く。

「リウィア! 肩車して!」

 そう言うのは黄金王タルキウスである。彼は灰色のトゥニカを着て、その上から真っ白なトーガを纏って貴族の少年に扮していた。

 クラッススの兵団がどの程度のものなのかを見ておきたいとタルキウスが言い出して、こうして二人で身に来たというわけだ。


「か、肩車ですか?」

 突然の頼みに驚きつつ、リウィアは先ほどタルキウスが見た息子を肩車している父親の存在に気付いた。

「あ、あの、私の力では、ちょっと難しいですね。タルキウス様がもう少し小さければ、何とかできたかもしれませんが」


「うぅ」

 タルキウスはこれまで子ども扱いされる事が嫌だった。しかし今のタルキウスは、もっと子供であればと思わずにはいられなかった。

 本音を言えば行進の件は良い。その気になれば近くの建物によじ登って屋根から見物する事だってできるのだから。それよりもタルキウスはリウィアの肩車をしてほしいと思ったのだ。


 とはいえ、流石に自分が肩車をしてもらうような年齢ではないという事を自覚できないわけがない。

 拗ねて頬を膨らませはしたが、ひとまずタルキウスは引き下がる。

 しかし、そういう子供っぽい仕草すらも愛おしいと思えてしまうリウィアは、ついクスクスと笑ってしまった。

 それを見てタルキウスが余計に機嫌を損ねてしまう事を承知の上で。


「もう! 何で笑うのさ!」

 案の定、タルキウスはさらに機嫌を損ねてそっぽを向いた。


「す、すみません。つい。……あ。タルキウス様、あちらに美味しそうなケーキ屋さんがありますよ。お詫びにケーキを買ってあげますから、それで許してもらえませんか?」


「……分かった」

 食べ物で自分が簡単に折れると思われているのだと感じたタルキウスは、それも不満に思うのだが、残念な事にリウィアの作戦は見事であると認識せざるを得なかった。

 ケーキと聞いた途端、タルキウスは僅かに空腹を覚えて、そのケーキを食べたいと思うようになっていたのだから。

「リウィア、早くケーキを買って帰ろう」


「え? で、ですが、行進は見なくても良いのですか?」


「うん。もういいや。それよりもケーキを買ってくれるんでしょ!」


「は、はい」


 一体何のためにお忍びで宮殿を出てきたのかとリウィアは呆れる。

 しかし、目の前の少年の屈託のない笑みを見ると、働き詰めだったタルキウスの気分転換にはなれたようだ、と考えて納得する事にした。



◆◇◆◇◆



 クラッススが自らの兵団を率いてローマを出立して二日後。

 タルキウスの下にある報告が届けられた。

「クラッスス将軍が奴隷軍に敗れて敗走。もうじきローマに帰還なさるとの事です」


「え? もうやられたのか?」

 出陣からまだ二日しか経過していない。これほど早く逃げ帰ってきた最高司令官インペラトルがエルトリア史上はたしていただろうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] さすがクラッスス将軍、まずお見事でした!史実のとおりですね。そして、リウィアに甘えまくるタルキウス、羨ましいですね。ただ肩車はやめておきましょう。そこは、えぇ、うん、だめですね。いろいろ考…
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