神器vs神器
タルキウスは床を蹴って空中へと飛び上がり、ガンニクスのいるアリーナへと降り立つ。
「せっかく闘技場にいるんだ。どうせなら、砂の上でやろうじゃないか」
裸足で砂の上を踏み締めながらタルキウスが言う。
「けッ! 調子に乗りやがって、このガキ!」
「お前にはリウィアを傷付けた礼をたっぷりとしてやらないといけないからな」
「ふん。やれるもんならやってみやがれッ!」
ガンニクスは剣を振りながら砂の上を駆ける。今日手にしたばかりの剣とは思えないほどの慣れた剣捌きでタルキウスの身体を斬り裂こうとする。
タルキウスはそれを巧みな身のこなしで避けた。続くガンニクスの斬撃もタルキウスは同様の要領で避けていく。
ガンニクスは、北方の辺境ゲルマニアのクジュル族で最強の戦士として有名を馳せた男だった。数え切れないほどの部族間の抗争を勝利へ導き、北方への勢力拡大を狙うエルトリア軍の侵攻を退けてきた歴戦の勇士なのだ。
圧倒的武力の前に押し負けて今は奴隷の身分に落とされているが、その実力は今も健在。まして今は神器【水仙の剣】を手にしている。
ガンニクスはこれまでに【水仙の剣】で多くのカプア市民を殺して魔力を吸収してきている。その溜め込んだ魔力で斬撃の威力を、ガンニクス自身の身体能力を向上させていた。
そんな彼の攻撃は、強力で素早く、隙が無い。
充分な状態で戦えないタルキウスは、反撃の機会を窺いつつも中々それを掴めずにいた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「どうした? 随分と息が荒いじゃねえか? まさかもうバテたのか、タルキウス王よ?」
「はぁ、はぁ。ちッ! そんなわけあるかよ。このくらいで!」
タルキウスは後ろへ飛んでガンニクスと距離を取った。
「おいおい。大口叩いておいて結局逃げるのか?」
「いいや。解析が済んだから、余興は止めただけだ」
「解析? 余興? 何を訳の分からん事を言ってやがる」
タルキウスは、その身に纏う黒い布を止めている金具を外して布を脱ぎ捨てた。
身体に身に付けているのは腰布一枚のみで、程よく鍛え上げられた肉体には、X状の毒々しい模様をした赤い刻印が刻まれて、今もタルキウスを苦しめるために点滅している。
「そりゃ、奴隷を縛る封印魔法か? 何でそんなものを掛けられてやがるんだ?
まあ、いずれにせよ。こんな刻印を刻まれるって事は只者じゃねえって事だろうが」
流石のガンニクスも首を傾げる。決して信じているというわけではなかったが、目の前にいる少年が黄金王なのではと予想していた彼にとって、少年の胸に刻まれた奴隷刻印はその予想とは真っ向から矛盾しているからだ。
そんなガンニクスを見て、タルキウスは鼻で笑う
「ふん。この鬱陶しかった刻印ともこれまでさ」
タルキウスが右手で胸の刻印に触れる。その瞬間、奴隷刻印はまるで洗い流されたペンキのように溶け落ち、タルキウスの胸から消えてしまった。
「なッ! 何だ? 刻印が消えただと? どういう事だ!?」
「言っただろう。解析が済んだって。俺はこいつを刻まれてからずっとこの刻印の術式の解析をやってたんだよ。術式さえ解析できれば、それを解くのだって簡単さ」
「術式を解析して解除する? 何を馬鹿な事を言ってやがる! そんな事ができるはずがねえだろ!!」
「それができたから、今こうなってるんだろ」
「くぅ」
ガンニクスは目の前にいる少年はともかく、油断ならない相手なのだと再認識せざるを得ない。
「さてと。リウィアを傷付けた事への償いはきっちりとしてもらうぞ」
タルキウスの澄んだ黒い瞳が黄金色の輝きを放つ。エルトリウス王権に受け継がれる金神眼だ。
その瞬間、闘技場内で気絶した反乱剣闘士達を捕らえたまま動かずにいた黄金が蠢く。捕まえている反乱剣闘士を手放してガンニクスに向かって殺到する。
黄金は無数の蛇へと形を変えてガンニクスを再び捕らえるようと襲い掛かった。
「は! しゃらくせぇ!」
ガンニクスが【水仙の剣】を横一線に振りながら右足を軸にして一回りした。
すると刃から放たれた凄まじい衝撃波が、四方八方から襲う黄金の蛇を全て粉々に粉砕してしまった。
ガンニクスはこれまでに吸収してきた魔力を斬撃に乗せることで魔力の衝撃波を生み出したのだ。
しかし、タルキウスもこれでは止まらない。
今度は右手を軽く上へ上げた。
すると、彼の背後に十個の複雑な模様をした真紅の魔法陣が展開される。それはタルキウスの金神眼の能力の一つ天の無限蔵によるものだ。魔法陣の中心からはそれぞれ金塊を姿を現した。その金塊は一瞬にして形状を変えて剣の姿になった。
計十本の剣は全て剣先をガンニクスに向ける。
「串刺しにしてやるぜ!」
タルキウスはその言葉と共に、上げていた右手を振り下ろす。
その瞬間、魔法陣から頭を出していた黄金の剣は矢の如く打ち出されてガンニクス目掛けて飛翔する。
自分に向かって飛来する十本の剣を前にガンニクスは軽く一笑した後、再び剣を横に振る。斬撃は強烈な旋風を巻き起こして、迫る剣を全て巻き上げて明後日の方向へと飛ばす。
「ガキの粘土遊びに付き合ってるほど俺は暇じゃねえんだよ。そんな小細工が、神器を手にした俺に通用するとでも思ってるのか?」
「そう喚くな。今のはほんの小手調べだよ」
タルキウスは腕を組んで、尊大な笑みを浮かべながらガンニクスに言い放つ。
「ほお。小手調べねぇ」
「神器ってのは、神話の時代に神々が作ってこの世に残した至高の宝物だ。エルトリアは各地の国や部族を征服する傍らでその収集を行なってきた。それはエルトリウス王家の宝物庫に収蔵されて、王族の人間が一人前になるとその祝いの品として下賜される習慣がある」
「興味ねぇよ。そんな話には」
「だが、エルトリウス王家は今、俺一人しかいない。では、他の王族が所持していた神器は今どこにあると思う?」
「だから興味無いって言ってるだろ!」
ガンニクスは剣を振り上げながら、タルキウスに向かって駆け出す。
対するタルキウスは、落ち着いた様子で再び右手を軽く上へと上げる。
それに合わせて先ほどと同じように真紅の魔法陣が展開された。今度はさらに数が増えて十三個もである。しかし、その魔法陣から姿を現したのは金塊ではない。それぞれ形状は異なるが、神々しい輝きと魔力を纏った杖だった。
「な!」
突如現れた十三本の杖を見て、ガンニクスはその場で足を止める。彼は瞬時に理解したのだ。今、目の前に展開されている十三本の杖は全て神器であるという事を。
「な、なぜ、それだけの神器を手にして平然としていられる?」
「何を驚いていやがる? たったの十三本で。なら、もう一本おまけだ」
どこか自慢げに言うと、タルキウスのすぐ傍らの空間に、十四個目の魔法陣が浮かび上がる。
そこから出てきたのも一本の杖だった。黄金で作られ、その先端にはタルキウスの握り拳よりもやや大きい位のダイヤモンドが取り付けられている。タルキウスはその杖を掴むと、まるで鞘から剣を抜き取るかのように魔法陣から引き抜いた。
「こいつは我が王家に伝わる神器、雷霆の杖だ。伝承によれば我が祖神にして神々の王ユピテルが所持していたという杖さ」
タルキウスが雷霆の杖を天に向けて掲げる。
その瞬間、雷霆の杖の先端のダイヤモンドと魔法陣から姿を現している十三本の杖が青白い光を発し、計十四の魔力の塊は一つへと収束して全てを呑み込み、全てを消し去る巨大な光を生み出す。
タルキウスは手に握る杖を振り下ろした。
解き放たれた光は奔流となって、砂上の舞台もろともガンニクスを包み込む。彼の身体は灼熱の炎で蒸発する水の如く一瞬にして消し去る。
身体が白い光に呑み込まれる刹那、ガンニクスはある一言を呟いた。
「あぁ。こんなガキに、勝てるわけねえだろ」
ガンニクスを打ち破ったタルキウスは、ふぅ、と一息つきながら砂の上に尻餅を突いて座り込む。
十四の神器の同時発動は、常人であれば命取りになりかねないほどの魔力消費をもたらす。しかし、並外れた魔力量を誇るタルキウスは例外だった。いつものタルキウスであれば眉一つ動かさない程度の消耗でしかないはずなのだが、ずっと奴隷刻印で魔力操作を制限されていたためか、妙に疲れた様子のタルキウス。
「タルキウス様ッ!!」
観客席でタルキウスの戦いぶりを見守っていたリウィアが、観客席からアリーナへと降り立って一目散にタルキウスの下へと駆け寄る。
リウィアの顔を見たタルキウスは満面の笑みを浮かべて、彼女を抱き締めた。その温もりと匂いを存分に感じると、さっきまで身体に重く圧し掛かっていた疲れも何もかもが吹き飛ぶような感覚を覚える。
「リウィア、心配掛けてごめんね」
「本当ですよ! 一体どこで何をしていたんですか!?」
タルキウスを力強く抱き締めて涙を流すリウィア。
「ふふ。まあ、色々とあってね」
「まったくタルキウス様はいつもいつもそうです」
タルキウスとリウィアは、お互いの存在を確かめ合うために、お互いの肌を可能な限り密着させた。




