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王の雷鳴

 ガンニクスが振り下ろした【水仙の剣】がリウィアの身体を切り裂く事はなかった。

 なぜなら、リウィアが首に下げている黄金の首飾りが突如、その形を変えてガンニクスの剣からリウィアを守る壁を作り出したからだ。


「何!? ……へッ! そりゃ魔法道具って奴か? 随分と便利な物を持ってるじゃねえか。だがな。こっちは神器だ。そんなもの位で止まると思うなよな!」


 ガンニクスは二度三度と慣れた動きで斬撃を飛ばす。

 しかし、その全てを黄金の首飾りから形成された盾が防いでいった。


「随分と頑丈じゃねえか! かなり腕の立つ魔導師が術式を組んだんだろうな。だがよ。そんなもんは魔力が尽きちえば、それまでだろ! 果たしてお前みたいな小娘の魔力がいつまでもつかな?」


「くぅ」

 リウィアは自分を守ってくれている首飾りに手を当てた。そして、悔しそうな顔を浮かべる。

 自分に襲い掛かる斬撃を防いでくれているのは確かにタルキウスのくれた首飾りのおかげだ。

 しかし、彼の言葉には一つだけ誤りがある。その誤りこそがリウィアが悔しさを感じる理由だった。それはこの首飾りを動かしている魔力は、全て事前にタルキウスが籠めたもののみという事。


 黄金は魔力を通しやすく、魔力を溜めやすい性質を持つため、魔法道具の材料としてエルトリアでは重宝されている。その性質、そしてエルトリアの魔法道具技術、タルキウスの黄金を操る黄金天劇アウルム・オペラティオの三つの力を結集させて作られたのがこの首飾りなのだ。


 屈強な剣闘士の神器による斬撃を何度受けても耐えられる程の魔力がこの首飾りには籠められている。

 全てはタルキウスがリウィアの身を案じてした事。にも関わらず、リウィアはその場から逃げる事すらできずにただ守られているだけ。それがリウィアは悔しくて仕方がなかった。


「ははは! だんだん魔法道具の動きが鈍くなってきてるな。それに耐久性も落ちてきている。感じからして、あと一撃でそいつは粉々に砕け散るぜ!さあ、どうするよ!!」

 ガンニクスが渾身の魔力を籠めた一閃を繰り出す。

 その斬撃からリウィアを守った黄金の首飾りは、床に落とした陶器のようにバラバラに砕け散った。これでリウィアを守るものは何一つ無くなってしまう。


「ふふ。さて、その顔をじっくり見せろよ」

 右手でリウィアの顔に触れて、そのまま顎へと伸ばす。その手はリウィアの顎を掴むと、強引に伏せているリウィアの顔を自分の方へと引き上げた。


「ふぅん。中々の美人じゃねえか。殺しちまうのが勿体無いくらいだぜ」

 しゃがみ込んで、お互いの息が相手の顔に掛かるくらいにまで顔を近付けたガンニクスは、舌で彼女の頬を舐めた。その様は獲物の味を吟味する野獣のようである。


「ぅぅ!」

 頬を舐められた瞬間、リウィアはその悍ましさから背筋が凍る思いがした。それは恐怖で固く閉じられていた口を、ほんの僅かにだが開かせる程だ。


「だがエルトリア人ってだけで虫唾が走る!」


「きゃッ!」


 リウィアから顔を離した瞬間、ガンニクスは左手でリウィアの頬を叩く。

 あまりの威力にリウィアは背中から床に倒れ込んだ。叩かれた頬は真っ赤に腫れ上がって何とも痛々しい。しかしリウィアは、頬の痛みは感じていないかのように量てを床について上半身を起こす。


 ガンニクスは右手に握る黄色い剣を逆手持ちに持ち替えて、リウィアに剣先を向けながら振りかざす。

「エルトリア人は殺してやるぜ! ……あばよ」


 荒々しい声と共にガンニクスが剣を下げる。剣先はしっかりとリウィアを捉えており、これであれば目を逸らしていても外しはしないだろう。

 リウィアは絶望から涙を流し、諦めたようにその目を閉じた。最期に最愛の、黒髪の男の子の元気な姿を思い浮かべながら。


 しかし、一向にリウィアが黄色い刃に貫かれる事はなかった。

 リウィアは恐る恐る片目を開ける。

「え?」


 リウィアの視界に映ったのは、手に、足に、胴に、そして剣に、金色に輝く縄が無数に巻き付いて身動きが取れなくなっているガンニクスの姿だった。


「く、くそッ! 何だこりゃ!?」


 よく見ると、ガンニクスの身体に巻き付いている縄は、金色の縄なのではなく、本物の黄金でできている。

「こ、これは、まさか」


 リウィアは闘技場を包み込んでいた雄叫びと悲鳴が止み、静まり返っている事に気付いて辺りを見渡す。

 闘技場内で暴れ回っていた反乱剣闘士およそ五百人全てがガンニクスのように黄金の縄で身体を縛られて動けなくなっていた。

 逃げ回っていた市民達は突然の事に頭が追い付かずに、しばらく逃げ続けた後に足を止めてただ呆然とする。


 その時だった。闘技場内に、リウィアのよく知る、そして彼女は今一番聞きたい声が耳に届く。


雷電の稲妻(トニトル・フルグル)


 幼い少年の声と共に、凄まじい光と音が闘技場内を圧倒する。

 強烈な発光は人々から視界を奪い去り、激しい轟音は人々から聴覚を奪った。それは強力な雷そのもので、ガンニクスを初めとする反乱剣闘士を縛る黄金の縄を通して彼等全員を感電させる。

 雷に打たれたも同然の彼等は全員一斉に気絶をしてしまった。


 黄金の縄に触れておらず、雷に打たれなかったリウィアが視界を取り戻した時、彼女の目の前には、ついさっき脳裏に思い浮かべた男の子がいた。

 黒い布を身体に纏って、その布からはみ出している手足や顔はやや汚れてはいるが、それでも元気いっぱいの笑顔をリウィアに浮かべる。


「ただいま、リウィア。遅くなってごめんよ」

 そう言ってタルキウスは自身よりもずっと大きい体格をしたガンニクスを後ろへと投げ飛ばす。しかしガンニクスは先ほどの電流で完全に気絶しており、タルキウスの成すがままだった。


 リウィアは再び涙を流す。しかしそれは、先ほどの絶望に満ちた涙とは違う。安心と喜びから来る涙だった。

「おかえりなさい、タルキウス様」


 ずっと会いたいと思っていたリウィアに会えたタルキウスは満面の笑みを浮かべるが、急に表情を歪めた。

「うぐッ!」


「た、タルキウス様!? どうかされましたか? まさかお怪我を?」


「あ。ち、違う! 大丈夫だから!」

 リウィアを心配かけないようにと懸命に平静を装うが、タルキウスの胸には今も奴隷刻印が刻まれている。

 そんな状態で、五百人の反乱剣闘士を拘束するだけの黄金を操り、彼等を一瞬で気絶させるほどの雷魔法を放ったのだ。そして前者は今も継続している。今のタルキウスには、その奴隷刻印に成せる最大限の苦痛が常時送られ続けていた。

 その痛みは身体をバラバラに切り裂かれるのにも等しい。本来であれば平静を装うどころか意識を保っている事すら不可能なはずなのだ。


「それよりリウィア! そのほっぺはどうしたのさ!? 赤くなってるよ!」

 そう言いながらタルキウスは、リウィアの頬に触れる。そこは先ほどガンニクスに叩かれた場所だ。

 タルキウスはリウィアに顔を近付けて、リウィアの赤くなった頬にそっと触れる。

「大丈夫? 痛くない?」


「は、はい。私は大丈夫ですよ」

 リウィアには、自分の頬の事よりもタルキウスの体調の方が心配でならなかった。

 なぜなら、顔を近付けた事で彼女も気付けたのだが、今のタルキウスは呼吸が荒く、不自然な程に汗も掻いている。

 タルキウスは必死に隠そうとしているが、これほど近付けば流石に不自然さに気付かない方が無理というものだ。

 すぐにもタルキウスを問い質そうとするリウィアだが、その前にタルキウスがすごい剣幕で口を開く。

「そのほっぺ! 誰にやられたのさ!」


「俺だよ、坊主」

 強力な電流を流されて気絶していたはずのガンニクスが意識を取り戻した。

 まだ若干身体が痺れて動き辛そうにしているが、ガンニクスは立ち上がって黄色い剣を構える。

「お前、今、タルキウスって呼ばれてたよな。そいつは確かエルトリアの黄金王の名前のはず。まさかとは思うが、まあしかし、いくらエルトリアでも、これだけの事をやってのける魔導師がそう多くいるとは思えねえ」


「だったら、どうするんだ?」

 タルキウスはリウィアを守ろうとするかのように立ち上がって身構える。


「お前をぶっ殺して、……」


 ガンニクスが言葉を言い終える前に、彼の頬はタルキウスの小さな足に蹴り飛ばされた。彼の身体は、そのまま観客席からアリーナへと吹き飛ばされる。


「リウィア、悪いけど、もうちょっとだけ待っててね」


「タルキウス様。……はい。お待ちしています。ですから、どうか無事なご帰還を」


「ああ! 勿論さ!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] タルキウスの凄さは今回もよく伝わってきました。そして、リウィアのほっぺを舐めるわ、叩くわ。ガンニクスはやりたい放題でしたね。その報いを受けるのでしょうが、奮闘するのかな、楽しみです。 [一…
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