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暗殺者を蹴散らせ!

 突如、オエノマウス傭兵団の前に姿を現した黒髪の少年の正体に気付くまで、ほんの数秒の時間も要さなかった。

 こんな夜遅くに、この宮殿にいる少年。たった一人で三十人の侵入者を前にしているというのに尊大な態度を崩さないあの余裕。もはや考える必要すらないだろう。

「お前が、黄金王、タルキウスだな」


「如何にも。お前達が何者かは知らぬが、人の家に無断で入った以上は、相応の報いを受けてもらう」

 黒髪の少年は右手を軽く横にする。

 それを合図に、彼の背後の空間に百もの数の赤く輝く円形の魔法陣が展開された。


「な、何だあの数は!?」

 オエノマウスは衝撃のあまりそう本音を漏らす。

 百の魔法陣を展開するという事は、同時に百の魔法を行使しているという事。複数の魔法の同時発動自体が高等技術であり、熟練魔導師でもなければ扱えない技術。

 それでも同時に発動できる魔法の数はせいぜい十前後が限度だろう。それを目の前の少年は軽々と通り越している。


「光栄に思え。余が直接手を下すのだからな」

 この声と共に、百の魔法陣一つ一つから魔法が解き放たれる。

 魔力を圧縮して形成された小さな魔力弾。それが一斉にオエノマウス傭兵団に矢の如く襲い掛かる。


「く! 全員、回避しろ!」

 おオエノマウス達は、それぞれ右手に炎の剣を握り、魔力弾の回避を試みる。しかし魔力弾は数が多く、まるで雨のように降ってくるのだ。回避が間に合わず、止むを得ず炎の剣で応戦を試みるも、高速で迫る魔力弾を正面から迎撃するのは困難を極める。

 

 対処し切れずに、その直撃を受けてしまう者が続出した。魔力弾の直撃を受けた者はその身体を超高温で焼かれ、苦痛を感じる間も無くその命を奪われる。

 百の魔力弾が全て着弾し終えた頃には、七人が負傷し、六人もの戦士の命が失われた。


 その様を目にした少年は「ほお」と感心しているかのような声を漏らす。

「今ので全員始末するつもりだったんだが、意外と多く残ったな。それに今の身のこなし。その炎の剣。見覚えがあるぞ。……あぁ、そうか。お前等ガリア人か」


「な!」

 ピタリと言い当てられ、オエノマウスは動揺せずにはいられない。

 魔法とは、その地その地の特色で内容が大きく異なる。使用する魔法で相手の正体を探る事は難しくはない。


 しかし、オエノマウス達が使っている炎の剣は、やや特殊な事情を持つ。ガリア人魔導師は森や自然との調和を重んじる性質があり、森を焼き尽くす火魔法は忌避され、この炎の剣を使用するガリア人魔導師はそういない。


 オエノマウス傭兵団では実戦向きの魔法として重宝されているが。それでも異民族の人間がこの炎の剣を知っているという事態をオエノマウスには想像もしなかった。


「昔、父上に命じられてガリアに遠征した時に同じ連中と戦った事がある。ガリアの魔導師は強敵と聞いていたが、まったく歯応えの無い連中だったよ」


「ッ!!」

 オエノマウスは脳裏に落雷が落ちるような感覚が駆け抜ける。

 数年前、エルトリアの軍団がガリアに侵攻した事があった。その際に真っ先に迎撃に動いたのはオエノマウス傭兵団で、その別動隊として動いていたオエノマウスの息子の部隊がエルトリアの襲撃を受けて全滅した。

 生き残った者の証言によれば、たった一人の子供が突然現れ、一撃で部隊は全滅させられたという。

 何かの間違いだろうとオエノマウスはずっと彼の言葉を信じなかったが、たった今、彼の言葉が真実だったのだと実感する。

「お、お前が、お前が我が子を! 絶対に許さんぞ!」

 炎の剣を振るい、オエノマウスは地を駆けてタルキウスの下へと向かう。

 彼の部下達も恐怖を怒りへと変えて、それに続いた。


「大方、貴族の誰かに余を殺せと言われてここへ来たのだろうが、その程度の数で殺せると思われたとはな。……まったく馬鹿な奴等だ。一目散に逃げれば、まだ生きて帰れたかもしれないのに」

 タルキウスはそう呟く。この庭園を覆う結界は、タルキウスが張ったものではあるが、あくまで彼等の足止めが出来れば良いと考えた程度の物でそれほど頑丈ではなかった。なので大勢で一点に集中攻撃を叩き込めば簡単に破れるのだ。


「まったく。そんなに死にたいなら。仕方ないから付き合ってやるよ」

 タルキウスの背後に再び無数の魔法陣が展開される。しかし今度のは先ほどよりも更に数が多い。夜空を覆い、赤く光る魔法陣によって周囲が照らされた。


「どこまでも常識外れなガキだ! 構うな! このまま突っ込め!」

 オエノマウスは高らかにそう叫ぶ。一旦敵前に立った以上、その敵を倒すまで退くわけにはいかない。敵が如何に強敵だろうと、己の敗北が目に見えていようと、それに代わりは無い。


 そんな彼等に向けてタルキウスは先ほどのように魔力弾の雨を浴びせる。

 しかしそれは先ほどとはまるで桁違いだった。魔力弾一つ一つの大きさもスピードも。

 それだけではない。一度魔法を発射した魔法陣は、その役目を終えて光の粒子となって消え去る。つまり一度の攻撃さえ凌げれば活路が見える。現に先ほどの攻撃はそうだった。


 だが、今の攻撃は違う。魔法を放った魔法陣が光の粒子となってバラバラに砕け散ると、間を置かずに新たな魔法陣がまったく同じ場所に形成されたのだ。

 その魔法陣は内蔵した魔力を圧縮すると一瞬だけ眩い光を発し、次の瞬間には魔法陣の中心から魔力弾を発射する。

 魔力を使い果たした魔法陣は砕け散り、そして再び新たな魔法陣が形成される。それが絶え間なく繰り返され、文字通り魔力弾の雨をオエノマウス達に浴びせ続ける。

 これはもはや複数の魔導師が連携して行う集団魔法と言われる大規模魔法の領域である。


 間断なく襲い来る魔力弾の雨をもはや回避する事は不可能と判断したオエノマウスは、その足を緩めぬまま炎の剣を振るって直撃しそうな魔力弾を自ら先陣に立って叩き落としていく。

「く! あのガキ、どうしてこれだけ魔法を放って魔力が枯渇しないんだ!?」

 オエノマウスは目の前の光景が信じられなかった。これだけの魔法を、これだけの規模で行使し続ければ、すぐに魔力が枯渇するはずなのだ。タルキウスのような子供では尚更である。


 そんな疑問をオエノマウスが呟くと、タルキウスは鼻で笑いながら口を開く。

「この程度の魔法で余が疲れると思われたとは些か心外だな」

 そうさらりと言ってみせるタルキウスだが、これこそこの少年が最強たる所以である。

 底無しとも言える膨大な魔力量とそれを惜しみ無く行使できるだけの神業的な魔法のセンス。

 この双方を併せ持つタルキウスだからこそできる芸当なのだ。


 敵に回避する逃げ道も防御する隙も与えない。圧倒的な火力と物量を兼ね備えたその魔法爆撃。

 これはもはや一人の魔導師の戦力を遥かに超越し、一個の軍隊並みである。


 オエノマウス傭兵団の戦士達は一人、また一人と魔力弾の直撃を受けてその場に倒れていく。そんな中、常に彼等の先頭に立って走り続けたオエノマウス団長は遂に左腕に魔力弾の直撃を受ける。

「うぐッ! ……う、こ、こんなもの!!」

 左腕が魔力弾に焼かれて吹き飛ぶも、オエノマウスはその足を止めなかった。

「うおおおおお!!」

 地を蹴り、空中へと飛び上がる。

 そして右手に持つ炎の剣が形状を変えてその形を瞬時に投げ槍へと変化させた。それはオエノマウスが扱える魔法の中で最大の威力を誇る炎の投げ槍だった。これであれば、仮に無数の魔力弾の直撃に晒されても難なく切り抜け、目標を貫くだろう。

「焼き貫け!!」

 オエノマウスは空中にて炎の投げ槍をタルキウス目掛けて投げつける。

 だがその直後、胸と腹に一発ずつ魔力弾が命中し、そのまま力無く重力に任せて落下していく。


 その様をガゼボの上から見上げていたタルキウスは「身動きの取れない空中に上がるからだ」とどこか切な気な声で呟く。

 地上にはまだ敵の戦士が数人残っているが、そのほとんどが負傷兵であり、今の爆撃で充分に始末できる。

 そう踏んだタルキウスは視線をオエノマウスの最後の一撃である投げ槍に向けた。

「あれは、こいつ等じゃ撃ち落とせそうにないな。……天の無限蔵シラソス・カエレスティス

 タルキウスがそう小さく呟くと、彼の黒く澄んだ瞳が黄金に輝く。

 すると、彼の左右の空間に新たな魔法陣が展開された。しかしそれはこれまでの物とはやや異なる。円形というのは共通だが、魔法陣の模様がより複雑になっているのだ。それに色もこれまでの物よりもやや濃い真紅色をしていた。


黄金天劇アウルム・オペラティオ

 タルキウスがそう呟くと、今度は真紅色の魔法陣から棒状の大きな金塊がそれぞれ一本ずつ姿を現す。二本の金塊は突如、変幻自在に形を変えてタルキウスの前に一枚の薄い壁を作り出す。

 その黄金の壁に、投げられた炎の投げ槍が命中する。

 炎の投げ槍は凄まじい火力を誇る爆発を引き起こし、爆炎が辺りを包み込む。

 オエノマウスにとっては最後の、そして最高の一撃だ。その爆発に巻き込まれたとなれば如何に黄金王と言えども一溜りも無いだろう。

 やがて爆炎が収まると、ガゼボは木っ端微塵に崩れ落ちていた。

 だが、その中からタルキウスはひょっこりと姿を現す。若干衣服は汚れているが、それ以上に目立った外傷は無い。


「さてと。これで全て片付いたな」

 辺りを見渡すと、既に敵の戦士は全員地に倒れており、今だに立っている者は1人もいない。

「もう少し歯応えがあるかと思ったけど、大した事無かったな。……にしても、ちょっと派手にやり過ぎちゃったかな?」

 タルキウスは恐る恐る周囲に目をやる。彼の視界に広がったのは、自身の魔法爆撃によって無残な姿と化した庭園であった。

 エルトリアでも屈指の腕前を誇る庭師が丹精込めて整備した庭園を、荒れ地としか思えない有様にしてしまった。


 その時だった。宮殿の方角から「タルキウス様!!」と叫ぶ大きな女性の声がタルキウスの耳に届く。この声を聞いた途端、タルキウスの両目は黄金色から普段の黒色へと戻り、血相を変えてその声の方に身体を向ける。

「り、リウィア!?」


「もう。お手洗いに行くと言われて、中々戻って来ないから探してみれば、さっきの爆音。って、何ですか! この有様は!?」

 変わり果てた庭園を見てリウィアは驚愕せずにはいられない。


「り、リウィア、聞いてよ。これにはふかーい訳が」

 ビクビク怯えながら何とかこの場を逃れようとするタルキウス。その姿に、もはや世界最強の黄金王の威容は微塵も感じられない。


「言い訳無用です! 修練でしたらロレム離宮でやって下さいと何度も言ったでしょう!」

 タルキウス専用の訓練場であるロレム離宮は、四方を頑丈な黄金の城壁に囲まれている。タルキウスが思いのままに暴れてもそう簡単には壊れたりはしない。少なくとも外部に被害が及ぶ心配は無いだろう。

「それにお風呂に入った直後だというのに、何ですかその汚れた姿は!? またお風呂に入らなくてはいけないじゃないですか!」


「うぅ。こ、これは、その~。あはは。ちょっと調子に乗り過ぎたよ」

 右手で後頭部を掻きながら笑って誤魔化そうとするタルキウス。


「庭園をこんなに滅茶苦茶にして。後で直す庭師さんに申し訳ないと思われないのですか!?」


「そ、それは悪い事をしちゃったなって思ってるよ」


「でしたら、……いえ。もう良いです」


「ふぅ」

 どうやらリウィアのお説教は御終いみたいだ。

 そう思ったタルキウスは安堵の息を漏らす。


「続きはお風呂に入りながらさせてもらいます」


「へ!?」


「さあ。行きましょうか」

 リウィアはタルキウスの手を握り、そのまま宮殿へと連行する。


「うぅ。は~い」

 観念したのかタルキウスは大人しくリウィアの後を付いて行く。しかしその足取りは重く、表情もしょんぼりとした様子で何とも惨めである。


 大勢の屈強な戦士を相手にするよりも、タルキウスはこの聖女一人を相手にする方がずっと恐ろしかったのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一方的かつ迫力のある戦闘シーンで楽しく読ませて頂きました。大規模魔法を惜しげもなく使えるというタルキウスが、格好良かったです。その後のリウィアに頭があがらないところも今度は年相応で可愛らし…
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