新たな聖女候補
接近戦に持ち込もうと考えたタルキウスは、床を蹴って空中に飛び上がり、上空から重力に任せて落下する勢いで加速を得て、強烈な蹴りをフリュネに叩き込む。
その身のこなしとスピードは、一流の戦士にも引けを取らないほどの動きであり、これにはフリュネも驚いた様子である。
「王様がのこのこ出てくるなんて変わってるわね」
「俺をそこ等の王と一緒にするなよ!」
幼少期より過酷な訓練を受け、今でも鍛錬を欠かさないタルキウスは、それからも凄まじい猛攻の連続を披露する。まるで身体全体が武器であるかのようなその常人離れした動きで、フリュネを追い詰めていく。
だが、フリュネも負けてはいない。
舞のような美しい身のこなしでタルキウスの攻撃を避けていく。
「へえ。女神ウェヌスを名乗るだけあって、中々やるじゃねえの!」
女神ウェヌスは、軍神とまではいかないものの、戦に関する伝説も存在する事から戦乙女のような性質も持ち合わせている女神だった。
「まだこんなものじゃ終わらないわよ!」
これまで防戦一方だったフリュネが、左手に握る波を模ったような短剣を振り上げる。
その動きを目にした時、タルキウスは直感的に考えた。
攻撃は最大の防御だと。
右手に握る杖の先に炎の塊を生じさせ、真正面から迎え打とうとする。
タルキウスの炎とフリュネの短剣が接触するその瞬間だった。
突如、タルキウスが杖の先に生じさせた炎が影も形もなく消えてしまった。
「なッ!」
驚くタルキウスは、身体が反射的に反応して短剣の剣戟を避ける。
そして、一旦後ろへ下がって間合いを取った。
「……今のが、あの短剣の能力か」
「ふふふ。【浄化の短剣】! あらゆる魔法を浄化して無力化できる私のとっておきの宝物よ!」
「へへ! ま、そのくらいの物は出してくれねえと、女神なんて名乗ってられねえよな」
「随分と余裕ねえ。魔法が封じられたってのに」
「封じられたのは魔法だけだろ。ならやり様はいくらでもあるさ。例えば……」
タルキウスが右手を上に上げた。
その瞬間、タルキウスの背後に先ほどと同じ真紅色の複雑な模様をした魔法陣が展開される。今度は二十五個。出現した魔法陣から神々しい輝きを放つ剣が一本ずつ出現した。
「ふん。なるほどね。ただの剣をさっきみたいに私に投げ付けるつもりね。……ん? って、まさか、これって!?」
フリュネは驚愕のあまり目を見開いた。
「やっと気付いたか。ここにあるのは全て神器さ。この杖と同じく王家の秘宝だったもの。征服した国から奪い取った宝物。今や全てが余の蔵の中だ」
「う、嘘でしょ……。いくらユピテルの末裔だからって、人間があれだけの神器を持つなんて……。魔力がもつはずがないわ。……あんた、一体どれだけバカ魔力してるのよ!!」
「へへ! 昔から魔力の多さには自信があってな。このくらいどうって事は無いさ!! 神器の投擲を食らいやがれ!!」
展開された魔法陣から一斉に神器の剣が解き放たれる。
凄まじい魔力を纏った剣は一つ一つが強力な魔法となってフリュネに襲い掛かった。
神々の宝物である神器に【浄化の短剣】の効力は通用しない。
フリュネは軽く舌打ちをすると、美しい身のこなしで迫り来る剣を回避していった。
そして最後の一本を避け切ったその時、フリュネの足が急に動かなくなった。
何事かと思って自分の足を見たフリュネは目を見開く。
黄金に輝く蔓のようなものが彼女の足に巻き付いて、自由に動かせなくしていたのだ。
「こ、これは、さっきの」
フリュネは一瞬にして理解する。
今、自分の足に巻き付いている黄金は、先ほどタルキウスが剣の形状で放ったものなのだと。
神器でフリュネの注意を引いている隙に、黄金の剣は形状を変化させてフリュネの足元に接近したのだ。
そしてタルキウスは今すぐにでもフリュネを攻撃できる態勢を整えている。
「……これは、私の負けね」
大人しく負けを認めたフリュネは両手を上に上げて、もう戦意が無い事を示す。
その時だった。
大鷲の間に慌てた様子で来訪者が現れた。クラッススだ。
◆◇◆◇◆
突如、姿を現したクラッススによってフリュネの正体が本当に女神ウェヌスである事を告げられた。
「つまりお前はフリュネの身体に女神ウェヌスの魂を降霊させたと、そういう事か?」
「は、はい。仰せの通りです」
「厳密に言うなら、私本体の魂の一部ね。神の完全降霊なんて現代の魔導師全てを総動員したって無理でしょうし」
フリュネこと女神ウェヌスが補足を付け加える。
「事情は分かった。で、お前はその女神の劣化版で余の命を狙ったと、そういう事か?」
鋭い殺気を伴った視線がクラッススに向けられる。
「い、いいえ。そのような事はございません! ただ私は陛下のお役に立ちたいと思って!」
「というと?」
「ローマ随一の美女フリュネにして、美と愛の女神ウェヌスを陛下の聖女に推挙したいのです。これは最高神祇官マクシムス様も内々に承知している事です」
「マクシムスが? ……つまり、お前はリウィアを解任してフリュネを聖女の座に着けようと、そういう事だな?」
「端的に言えばそうですな。エルトリアもこれからは他の強国と張り合わねばならない大事な時期。リウィア様の力量を疑うわけではありませんが、リウィアに危険な思いをさせるのは陛下としても本意ではありますまい」
「……」
タルキウスはすぐに言い返せなかった。
確かに聖女の地位にある限り、少なからずリウィアの身には危険が降り掛かる事もあるだろう。
それを思うと、タルキウスの心中は複雑だった。




