⑧真実の愛
趙が翠に別れを告げようとしたその時、家の奥に座していた翠の祖母の光が口を開いた。
「会えて良かった」
その声は、翠の耳には光のものとは思えぬほど気高く響き、趙にはある人物を思い起こさせるものであった。そして……それは趙の話す時代のものと同じ朝鮮語だった。
「私はずっとあなたを待っていたのです。私は身ごもった時、どうしてもあなたに知られたくなかった……あなた以外の人の子どもをこの身に宿してしまったことを。家のために王家に嫁いだ私に本当に良くしてくださり、王には感謝しかありません。王は我が主。命を懸けて付き従いました。けれど愛したことはありませんでした。だって私は……もうあなたを愛していたから」
光はまっすぐ趙を見つめていた。
「ここに逃げ落ち暮らしが定まってからも、ずっとあなたのことを待っていました。遅れて国を脱出した人達がこの地に着いて、あなたは死んだ、と教えられても信じることができなかった。そして私は待ち続けたのです。来る日も来る日も、何年も何十年も。自分の体が塵と化してからは自分の子孫へと生まれ変わり……あなたを待ち続けました。そしてようやく、ようやく会えました。あなたは私の一番だった。ただ一人、心から愛した人だった。そのことを伝えたかったの」
そう言うと光は疲れてしまったのか、いつものようにこっくりこっくりと眠りに入った。
現実に放り出された翠は混乱し、事情を聞くために光を起こそうとした。だが趙はそれを制し、眠り込んだ光の肩をそっと抱いた後、翠に向かい、
「すべてに感謝いたします。おさらば」と言って部屋を出た。
そして厩舎へ行き、彩桜号を連れ出すとそれに飛び乗り、趙の後をついてきた翠を一度振り返って軽く会釈すると行ってしまった。
その後姿を見送りながら、翠は趙がなぜここに来たのかという疑問の答えを見出していた。光の一念が趙をここに引き寄せたのではないか、と。
そして翠は、
『私に会いに来てくれた人よ! ずっと待っていた人なのよ!』という、趙と出会ったとき光が言った言葉を思い出した。
おばあちゃん、最初から本当の事しか言ってなかったんだ、そう思い至った時、翠に抗えないほどの猛烈な眠気が襲って来た。




