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⑤裏切られた想い

 翌早朝、翠が厩舎に馬の世話に行くと、既に趙は起きて身支度を済ませ、痛めた足をかばいながらも二頭の馬、アイと趙の馬の彩桜号の世話をしていた。趙は一晩眠っただけで体の疲れは取れ、足の具合もかなり回復できた様子だった。翠はその頑強な体力に頼もしさを感じた。

 趙は日中留守になる翠の代わりに祖母の世話も快く引き受けてくれた。

 祖母は趙がいると本当に機嫌が良く、安定していた。

 何年かぶりに翠に平穏が訪れていた。まるで父が生きていた頃のようだと翠は思い、安らいでいた。


 翠は足の回復のためにあまり歩き回らないほうが良いからと理由付けし、趙に日中は外に出ないように頼んでおいた。つまらない噂になることを恐れてのことだったが、わけても悟に知られたくないという思いがあった。

 翠は、先日家に来た悟に咄嗟のこととはいえ、嘘をついてしまったことを気に病んでいた。祖母の豹変を見られたくない思いでとった行動だったが、結果として趙のことを悟に隠す形となってしまった。

 勿論、本当のことを告げればいいのだと翠は分かっていた。やましいことなど何もないのだから。

 だが妻子ある悟との宙ぶらりんな関係が、満たされぬ思いとなって翠を素直にさせず、趙のことを隠し続ける結果となってさらに翠を苦しめていたのだった。


 そうやって何日か過ぎていった。その間翠は悟にあったらきちんと趙の事を話そう、と考え思いを巡らせていたが、悟が翠の家を訪ねることはなく日は流れていった。仕事でJAによった時に顔を見たくて「吉沢君今日は出てるの?」と高校生の時からの呼び方でただの友人を印象付けながら顔見知りの職員に声をかけた。が、その、翠と悟のことなど知りもしない職員は「あ、吉沢君はね、奥さんが子ども連れて戻ってきてるらしいよ。たまった年休とってしばらく休むって言ってたからどこかに家族旅行にでも行ってるんじゃないかな」とニコニコしながら告げた。翠は驚いてカウンターに置いてあった花を生けた花瓶を倒して床に落としてしまった。ガラスの粉々に砕ける音が室内に響いた。

「あら大変! 谷崎さん、怪我しなかった? 大丈夫?」

 他の職員も集まって割れた破片を拾い集める騒ぎとなって、そのおかげで翠は顔に現れた狼狽を花瓶を割ったための申し訳なさとすり替えてみせることができた。

 妻はまったく帰ってこない、子供にもずっと会っていないと言っていたが、悟は自分に隠れて家族に会っていたのだと翠は打ちのめされた。

  その日は仕事を終えて家に帰ると改めて体が震えた。一人声を殺して泣く翠の姿を趙は物陰から心配そうに見守っていた。



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