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④趙の話

 幸い、悟が帰った後も祖母は落ち着いたままだった。

 奥にいた男性が足を引きずりながら玄関に出てきて馬を撫で、言った。

「私の馬です」

 やはり朝鮮語、それも古語のようだった。


 翠は男性の足を見せてもらったが、骨は折れておらず捻挫で済んでいるようだった。

 湿布を貼り簡単な固定をして手当をすると、男性は少し楽になったのかほっとした様子で彼の国の言葉で礼を述べた。

 翠は大学時代に興味を持って勉強していた朝鮮古語を思い出しながら男性と話をした。

 男性は自分の名を趙と名乗った。

 戦場で戦っている最中に乗っていた馬ごと崖から転落し、気づいたらここにいたと言う。

 前出のサバイバルゲームのできる島は馬など持ち込めるはずもなく、また島全体が平たんで崖などないことを翠は知っていた。どうもそこでのゲームの話ではないようだった。

 翠は、最初趙が作り話をしているのかと疑い、次にこの人は心を病んでありもしない空想を話しているのかと思った。だが趙の様子からそういった懸念が取り払われるとその次に、紛争地から拉致され気を失った状態でここまで連れてこられたのかもしれない、そしてもしそうなら、趙の話す言葉からその場所は朝鮮半島のどこかで、今現在ニュースなどには出ていないが、そこで内乱が起きているのかもしれないと考えた。

 だが現代の韓国や北朝鮮で、趙の語るような馬に乗って槍や刀で戦う内乱などあるだろうか、そして趙の話す古語の朝鮮語が今も使われているような地域があるのだろうか、と翠の中で謎は深まっていった。

 翠は試しに昔大学で勉強していたハングルを趙に見せてみたが彼は全く読めなかった。実はハングルの歴史は意外に新しく、一四四六年に李氏朝鮮第四代国王の世宗が『訓民正音』として公布したものだ。

 もしかして、と翠は考えた。

 ――ハングル文字を知らず、しかも口にするのは朝鮮語の古語。ならばこの朝鮮古語が使われているその時代から、その戦場から、この人が来たと考えるのが自然ではないだろうか。そしてこの人は『百済王の邸』を貴人の邸だと思ったと言った。あれはかつて百済王朝のあった韓国の古都の伝統的建築物を模して建てられたものだ。今では資料さえ残っていない百済のそれに通ずるものがあるだろう。


 だが、と翠は頭を振り考え直した。そんなことあり得るだろうか、と。

 そんな考えに翠が浸っていた時、趙が、

「先程の御仁はどなた様で? 私の(あるじ)である福寿王によく似ていらした」と悟のことを翠に問うてきた。

 悟をこの町の有力者の家系の人間と前に述べたが、この町には昔百済より王族が逃げ延びてきたという伝説があり、今でも町の有力者はその王族の直系の子孫といわれる家の人間が務めることが多かった。悟の家もその一つである。

 だが趙という人物の背景も確信の持てぬ中、どう説明したらいいのかと翠が途方に暮れていると、 

「あなたとのご関係は?」

 と続けて趙が訊いたので、ただの友人だと翠は答えた。付き合っていることは勿論、離婚間近とはいえ妻子があることも告げなかった。

 趙はやがて疲れた顔で、申し訳ないが厩の隅にでも泊めてほしいと言った。翠は趙の様子から無理もないこととそれを受け入れ、簡単な食事と寝具の準備をした。客に厩舎で寝てもらうというのは失礼なことではないかと翠も思いはしたが、怪我を負っているとはいえ見知らぬ男性を母屋に泊めるというのは、やはり祖母との女二人の暮らしでは恐ろしさもあってのことだった。


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