②出会い
趙は味方を探しに行こうと意を決し、何とか立ち上がった。一歩踏み出すとやはり右足首に痛みが走ったがどうにか歩けそうだった。
森を抜けると集落が見えてきたが、趙の前には不思議な光景が広がっていた。どの家もまるで貴人が住むような堅固な建物だがどれも小さく、隣家にあまりにも近く、牛馬がつながれているような家屋も見当たらず、竈の煙さえ上がっていない。煮炊きもできぬほど貧しい村なのだろうかと趙は訝しんだ。
だがその通りを抜けた時、故郷の貴人の邸と同じ、あの美しい瓦屋根と壁の館が突然現れた。
「おお、これは」
趙は驚きと安堵でその館に駆け寄り訪った。だが返事はなく、門扉を開けようとしたが固く閉ざされていた。趙はあまりの疲れと落胆から門柱に寄り掛かったまま、また気を失うように眠り込んだ。
次に趙が目を覚ました時、優しい声が耳に飛び込んできた。
「やっと会えた」
ニコニコ微笑む老女の顔がそこにあった。
一方その頃、谷崎翠は祖母を探して走り回っていた。翠の祖母には認知症があり、今までに何度こうして祖母の行方に気を揉み駆け回ったか、翠はもう数えることさえやめていた。ただ、祖母の徘徊には傾向というか癖があって、二回に一回は『百済王の邸』の前で佇んでいるところを見つけることができた。今日もそこだといいのだけれどと念じながら『百済王の邸』に向かうと祖母の姿が目に入り、翠は胸をなでおろした。
だが同時に、これは困ったことになったと翠の気持ちは再び暗くなった。祖母が見知らぬ男性の手をしっかり握っていたのである。その男性はずいぶんと汚れた、和服のような打ち合わせの襟元の服装の上に昔の武士の甲冑に似たベストのようなものを着込んでいた。
海沿いの隣町の離れ小島でサバイバルゲームができると聞いたことがあった翠は、そこに遊びに来た人かしらと考えつつ二人に近づき、祖母の手を男性の手から引き剥がしながら、
「申し訳ありません、きっとうちの祖母がご迷惑をおかけしたのでしょうね」とその男性に声をかけた。
相手は何かをしゃべったが、うつむいていたためよく聞き取れなかった。大学時代に学んだ朝鮮語に似ている気がした。翠がもう一度聞き返そうとした時、
「私に会いに来てくれた人よ! ずっと待っていた人なのよ!」と祖母が大声を出し、再びその男性の手をしっかり握ってしまった。祖母は目をむいて翠を睨みつけている。もうこうなったら無理に引き離そうとしても暴れて大騒ぎになるだけだった。 翠は観念して祖母に付き合うことにした。
翠は男性に、
「うちに来て休まれますか?」と声をかけた。
この人にとりあえず一緒に家に来てもらい、祖母の興味が他へ移った時に詫びて帰ってもらえばいい、そう翠は考えたのだった。
翠のその言葉が通じたかは分からないが、男性は体を起こして立ち上がると祖母に手を引かれながら翠についてきた。
西日を受けて立ったその人は背が高く、上げた顔は中高く整っていたが、顔の左側に大きな傷跡があり、翠の目に痛々しく映った。翠の視線の意味を自分の容貌に対する恐ろしさと取ってしまったのか、男性は「驚かせて申し訳ない」という意味のことをやはり独特のイントネーションの、朝鮮語と思われる言葉でつぶやいた。翠はやはりよく聞き取れなかったが察し、自分の方こそ詫びたいと思った。おまけに男性は怪我をしているのか右足を引きずっていた。
翠は男性の物腰から自分より年は上だろうがそれも十歳以上ではないように感じた。
祖母は道々ご機嫌で、男性の手をずっと握っていた。
家に着き、翠はお茶を出して男性に話しかけてみたが、やはり日本語は全く通じていないようだった。