UN
約二時間のドライブの後に下ろされたのは、空港だった。
いや、正確には軍の飛行場だ。
車は、飛行場の中まで走り込み、飛行機のタラップ前に止まっている。
回りには、軍用の輸送機やヘリコプターが見える。
車のドアを開けたのは、アメリカ空軍の兵士だ。
近くにオーストラリアの軍人らしい姿もある。
「ようこそ!スミス少佐」
車を降りたスミスに、兵士達が一斉に敬礼をする。
姿勢を正し、スミスが返礼をする。
カラーメッシュ、派手なブランドサングラス、ポロシャツのオジサンが敬礼する姿は、ギャグ以外の何物でも無い。
見上げた飛行機は中型旅客機で、胴体の側面には、所属を表すアルファベットが見えた。
「UN?国連?」
アルバートは、声をあげた。
国際連合とは、二次大戦の戦勝国が主体となって出来た組織で、その後は世界中の国々の話し合いの場として機能している。
UNは、主に国連軍を指し、複数の国の軍隊が共同作戦を行っている。
飛行機のタラップを、スミス、アルバート、アメリカ空軍の順に登って行く。
内部は完全に賓客用で、コンパートメントや会議室、バーラウンジまである。
ラウンジでくつろぐ様に言われ、スミスは別室へ向かった。
ラウンジには、アルバート、バーテンダー、武官の三人だ。
「お飲み物は?」
女性バーテンダーが、グラスを磨きながら声をかける。
「珈琲を。銘柄は、どこでも。」
バーテンダーが、珈琲豆と、珈琲ミルを出してきた。
一瞬、『烏龍茶』と、意地悪を言おうとしたが、茶葉を出されて、本格的な作法をされたら動揺が押さえられないところだった。
ソファに腰を下ろした頃に、ドア前に直立していた武官が、片耳を押え『了解』と呟いた。
「ドクター タナカ。当機は、約30分後に、離陸の予定です。離陸時はコンパートメントに移動になりますので、それまで御寛ぎ下さい。」
アルバートは、武官にアイコンタクトを取り、了解の手をあげた。
出された珈琲を飲みながら、アルバートは状況を整理していた。
まずは、ほとんどが極秘に行われている。
NOS.Eが求めているのは、必要以上の破壊力。
元はアルバートの理論だが、既に独り歩きしており、アルバートが不可欠な様ではない。
利用されているのか、協力しているのか、国連を含めた多くの国が関わっている。
ミサイルを使用する。
手渡されたパッドの情報は、あまりに現実的で、既に実作業に入っている。
スミスの状況を見ると破滅型団体では無い様だが、末端まで来る者に真の目的が知らされるものでもない。
そして、何よりアルバートは逃げられそうにない。
結果的に、協力するしかないと言う結論に達した。
思考が着陸点を見出だしたタイミングで、軍服に身を固めたスミスがラウンジに入ってきた。
塗料だったのか、髪のメッシュも消えている。
入室と共に、武官が敬礼し、スミスが返礼する。
「協力するしかない様ですね」
「御理解が早くて何よりです」
アルバートとの短いやり取りの後に、スミスは向かいのソファに腰を下ろした。
「一応の目的を教えてもらえますか?」
アルバートの質問に、スミスは武官とバーテンダーに視線を向けて、
「それは、向こうに着いてからになります」
と、返答を濁した。
まぁ、深く問い質しても、先の考察通り、ここでスミスの本意を聞けても、それが組織としての真意とは限らないのだから。
「目的地に着くまで12時間位かかります。その情報を精査して、実現に御協力下さい。」
スミスは、アルバートの手にしたパッドを指差した。
「あぁ、それから、オーストラリアに置いてある物で必要な物は有りますか?」
スミスは思い出した様に付け加えた。
恐らくは、違法就労者として処置するのだろう。
アルバートは、関心無さそうに首を振る。
情報パッドは、一見には一般的な物だった。使い方もアプリも同様だ。
だだ、ネットへの接続は出来ても、メールやソーシャルメディア(日本で言うSNS)は使えない。
IDやパスワードは入力出来るが、文章は弾かれる。
特別仕様の様だ。
そんなこんなを試しているうちに、武官が再び声をかけてきた。
「まもなく離陸します。コンパートメントに御案内します。」
武官が先導して、後方へのドアを開く。
スミスがパッドを忘れない様にと手で合図をし、アルバートは、ゆっくりと腰を上げた。
コンパートメントは四つ有り、その一つを武官が開く。
ベッドにテーブルと椅子、冷蔵庫やクローゼットなど、日本のビジネスホテル並みの設備があるが、一つだけ、しっかりした椅子がある。進行方向に背を向けているのは、対ショック体制なのだろう。
武官はアルバートを、その椅子に座らせ、しっかりとシートベルトを締めた。
「失礼しました」
武官は敬礼すると、ドアから出るが、鍵はかかっていない。
しかし、ドアの近くで物音がする。
通路側のドア脇に椅子があったので、武官は、そこに座ったのだろう。
室内にアナウンスが流れ、チャイムと共に目前に『Fasten your seat belt』が表示された。
飛行機は、振動と共に、オーストラリアの地を離れて行く。
チャイムと共に、メッセージが消えるまで、結構な時間がかかった。
アナウンスに従いシートベルトを外すと、窓の外は雲海だった。
わずかに見えるのは、海の青だ。
そして、一機の戦闘機。恐らく反対側にも居るのだろう。
「いや、人を一人拐うのに護衛機とか・・・」
乗っている人間は別として、この手の飛行機を飛ばすなら当然なのだろうが、何か釈然としない。