家族
実際、イージスファクトリーの知人で、何人かと連絡がつかないのは事実だった。
職業柄、個人情報は秘匿する企業だったので、一部の友人を除いて、電話番号とネットメール系しか解らない。
ユニットを組んでいたチーフとも連絡が付かず、貸していたビデオが戻らなくなったのも、記憶に新しい。
その後、レイモンドが行方不明だと、警察から事情聴取を受け、『バカンスに行きたいが、オススメの場所は無いか』と相談を受けて『オーロラを見にアラスカとかはどうだ』とアドバイスしたと伝えた。
勿論、デマカセだ。
先日、会ったばかりの友人として、警察に協力を申し出て、判る限りのイージス時代の同僚に連絡を取りまくったが、予想以上に連絡がつかない。
当時の事務方は、まだ大丈夫みたいだが、行く方を知るはずもない。
こうして、受動的、常識的行動の範囲で、私はレイモンドの言葉の裏付けを取りはじめた。
ここまでの異常事態を前に、危機管理を準備しないのは、愚か者に他ならない。
まずは、両親に失踪する可能性を話した。
両親は工場務めで、ある程度の役職がある。
正直に言って、私が勤めていたイージスファクトリーは、一般に言う『死の商人』な訳なので、金払いは良いが誇れる仕事ではない。
国防の仕事ではあるが、就職する時に、両親には心配されたものだ。
勿論、両親は会社で、私の事を多くは語らない。死の商人を息子に持つ人間の評価が、社内で良いはずがないのだ。
両親は、しばらく考えて、口裏を合わす事に同意した。
『次に帰る時には、孫の顔くらい見せろ』と、いまだ独身の私にジョークを飛ばすのは、内心、無理をしているのだろう。
そして、母親に、華僑のネットワークを探してもらった。
父は日系だが、母は中華系だ。
数世代、こちらで過ごしているので、思想も言語も中華ではないが、ネットワークは存在するし、知人も居る。
近々、同窓会があるらしいので、あたってくれるらしい。
くれぐれも、メールや電話を使わず、口答だけで話を進める様に説明した。
次いで、両親には、資金調達の準備をお願いした。
逃走準備の為に、資産を売却したり、手持ちの預金を降ろしたり、カードを使えばあからさまだからだ。
名目は、自宅の建て替え目的で、複数のファンドを使って現金を集めてもらう。
金額は、私の資産や預金と同額にしてもらう。
私の預金や資産の権利書を、両親に渡し、失踪後に現金化して補填すれば、両親に負担は無い。
実際には、資産以上の現金を用意してくれたのだが、親の愛は感謝と共に受け取るねが、親孝行だろう。
資金の一部は、叔父の名前で、日本の銀行口座に振り込む。
口座の名義は、日本の親戚だ。
祖父が純日本人なので、日本には親戚が居り、お爺ちゃん子だった私は、夏期休暇に祖父に連れられて、日本にも行った。
その後、日本には毎年、イベント参加の為に、旅行している。俗に言う『ジャパンオタク』と言う奴だ。
日本へ行く時は、祖父の兄弟の家を起点にさせてもらい、その付き合いは、今も続いている。
日本での活動に不便が無い様にと、幼少時から、大手銀行の口座を、一つ借りている。
カードが使える年齢になってからは、隠し財産の口座として使ってきたが、こんな事に使えるとは予想外だ。
ここで、家族構成を述べておこう。
祖父の田中明人は、純粋な日本人だ。
2005年に渡米して、パールハーバー以前に入植した日本人農園で働き、一人娘と結婚した。
私の父であるマティアス田中は、そんな明人の次男として生まれ、学生時代に出来ちゃった婚をして、私『アルバート』が生まれた。
母は五世代にもなる移民華僑の末裔だ。学生時代に出来ちゃった婚した時は、一族に反対されたらしいが、後の祭りだ。
母方の一族とは、適度な距離を保っている。
両親が共働きしていたせいか、私は祖父の農園に預けられる事が多く、日本から持ち込まれたUFOやオカルト系の雑誌は、自国の物とは一味も違い、幼い私の興味をひいた。
日本語も、漢字も、そんな祖父の家で覚えた。
農園の手伝いもしていたので、叔父達との仲も良好だし、収穫時期には、イージスを休んで手伝いにも行った。
そんな祖父も、2061年のハレー彗星を見終わってから、天に召された。
前回のハレー彗星は二歳だったらしいので、是非とも見たいといっていた念願が叶い、77歳で生涯を終えた。
祖父の遺品のうち、日本オカルト関係は、数少ない日本語が堪能な私が受け継いだ。