友人の話
実は、『エヌイー』や『ノーズ』の名前は、半年前から知っていた。
半年前の休暇の時に、元の職場で同僚だったレイモンドに、久々に会わないかと連絡が有ったのだ。
『いつもの場所』と言われれば、元の会社『イージスファクトリー』の近くの酒場だ。
日にちが決まれば、時間は言わなくとも、仕事が終わってから行った18時と決まっている。
当時は奴も独身だったので、酒場で夕食も取っていた。
社会情勢の変化で、イージスファクトリーが規模の縮小と人為削減に追い込まれ、我々は関連会社の運営する廃棄物保管施設へと転職させらたのだ。
政府の仕事をやっていた企業の機密や技術を持つ者を、そう簡単には自由に出来ないのだろう。
そんな同じ傷を持つレイモンドは、約束の時間には既に店の隅で食事を始めていた。
一緒に働いている時も、終了時間がまちまちだったので、一緒に食べ始めた事はない。今さらの話だ。
昔と同様に、馴染みのウエイトレスに日替わりを注文しながら、席についた。
「何か、相談か?」
席に着いた私の質問に、パンを頬張りながら、視線だけ辺りを見回して、軽く頷いた。
「バカンスの予定を相談しようと思ってな」
缶ビールで口の中を洗い流した後に、耳をいじりながら、レイモンドは返事をした。
これは、合図だ。
『本心が別にある』と言う時に、彼の場合は耳をいじる様に二人の間で取り決めてある。
私の場合は、鼻の横を掻く行為だ。
他者の居る場所で、本意を口に出来ない事は、組織人なら誰にでもあるが、その場で理解してくれる人間が居ると、居ないでは、その場でも、後日でも、環境は大きく変わる。
この場では話せない内容である事を、お互いが理解して、レイモンドは食事を続け、私はテーブルに並んでいた数本のビールから一本を手に取り、栓を開けて口に運んだ。
私が食事を終えるまで、レイモンドは店内モニターのスポーツ実況を見ていた。
酒場で携帯端末をいじる様な不作法者は、店から追い出される。
ここは、なかなかワイルドな店なのだ。
会計を済ませた後で、二人して店を出る。
この様な場合は、人気の無い場合へ向かうのがセオリーだが、予想に反して彼が向かったのは、キッズがたむろするアミューズメント施設だ。
見える範囲に十人以上の人間がおり、ビデオゲームやレトロゲームが音を響かせ、外部への防音設備が充実している。
レイモンドは、私の肩に腕を回し、ポケットから飲み掛けの缶ビールを出した。
外観は、迷いこんだ酔っ払いだ。
確かにビールは飲んだが、酔う程ではない。
彼は、口元に缶を押し当て、足をふらつかせながら、アミューズメント施設をゆっくりと歩く。
「お前は『イエス』か『ノー』以外は口にするなよ」
レイモンドは盗聴と唇を読まれるのを気にしているのだろうか?まるでスパイ映画だ。
「『エヌイー』とか『ノーズ』って団体名を聞いた事はあるか?」
缶ビールで口元を隠しながら、聞いてくるレイモンドの視線は、私の方を見ていない。
「ノーズブブブ・・・・」
『ノーズ?』と言いかけた私の口元を缶ビールで押さえられ、言葉が濁る。
唇の両脇からビールが溢れて、上着にかかった。
睨み付けてきたレイモンドが、何を言いたいのか判って、私は首を横に振った。
彼は、再びビールを飲む素振りをしながら、話を続ける。
「最近、兵器開発者だった奴等の一部と、連絡がつかなくなった。」
「判るのは、核廃棄物関係に移った奴等だけだが、主に核爆弾と弾道ミサイル関係の奴等らしい」
レイモンドは、私の顔を見た。
我々が勤めていたイージスファクトリーは、軍の兵器開発の下請けで、主に長距離核弾頭弾の開発をしていた。
私は核爆発の制御で、レイモンドは姿勢制御の専門だ。
これらの前職が、我々が普通の仕事に付けない理由でもある。
そして、連絡がつかない者達の共通点らしい。
「その『ノーズ』とか言う団体は、核廃棄物を持ち去るらしいんだが、その後に、イージスの関係者が、施設から転職扱いになるみたいだ」
騒ぎになっていない事から、略奪や非合法行為で無いのは予想がつく。
核廃棄物保管施設は、民間扱いになっているが、結局は政府の管理下だ。そうすると、政府か軍部が、秘密裏に再び核武装をしようとしているのか?
ただ、世論は、反戦や非核運動が進み、今さらの話ではある。
イージスファクトリー最盛期の様に、表立って活動出来た時期とは違い、秘密裏に核武装をするなら、開発者の行動も制限されるだろう。
それに、小国ならまだしも、我が国は、核弾頭が無くても充分な戦力を持っているし、核攻撃をされても、防げる技術がある。
いや、近代戦争は、兵器ではなく、食糧で行う事は、ハイスクールでも教えている。
前職の関係と、暇をもて余す現職から、短い会話で我々は多くの推論を立てる事が出来る。
しかし、相手組織の目的が見えない。
「何にしても、ヤバい話だろう。・・・俺は家族を置いて消える。・・・今日は、友人へのアドバイスと、別れを言いに来た。」
レイモンドは、空の缶ビールをあおりながら、私の背中を軽く叩いた。