彼の飛び立った理由
「主任、振られちゃったんですねぇ~」
2年間、苦楽を共にしてきた同僚だが、ゾーイは『コイツを殺したい』と明確な殺意を抱いていた。
まぁ、隠していたが、知られていたし、生暖かい目で見守るのが科学者の傾向だが、中には空気が読めない奴も居る。
プロジェクトが完了して協力関係が不要になり、心に余裕も出来れば、悪い虫も騒ぎ出すのだろう。
ゾーイは持っていた週刊誌を投げつけて、その場を離れた。
アルバートが飛び立って三ヶ月が立つ。
悲嘆にくれるゾーイを見守る姿があった。
当初より、何かと便宜をはかってくれた、米軍大佐のジャック・フェルナンデスだ。
彼は、当基地の最高責任者であるドナルド・ダッカー中将の右腕として、多忙な中間管理職を頑張っている。
当然、各所からの評価は良い。
そして、実は、ゾーイ・ナッシュの叔父である。
見守る彼は、眉間にシワを寄せ、唇に力を込めていた。
顔色も悪い。
ゾーイとアルバートの関係は、温かく見守っていた。
年齢、学歴、経験、実積共に、姪の相手としては申し分無い。
あえて、難を言えば、同じ白人系が良かったが、姪の笑顔の前では、些細な事だ。
可愛い姪に、遅ればせながら春が来たのだ。
アルバートは、自主的に宇宙へ行く事になっているが、実際には選択肢が無い。
彼を宇宙に送る事に反対出来ず、代案を出せなかった叔父が、説明も慰めも出来ずに、胃の痛い思いを続けている事は、想像に難しくない。
多分、胃に穴が開いているだろう。
大佐は、目を閉じ、しばらく考えた末に、ポケットから電話を取りだし、ダイヤルする。
「将軍。フェルナンデスです。ゾーイ・ナッシュに『カミカゼプロジェクト』を教えたいのですが。・・・はいっ、責任は私が取ります。・・・・はっ!厳守させます。・・・・・・・・ありがとうございます。」
フェルナンデス大佐は、電話をしまうと、情報パッドを取り出して、ゾーイの現在位置を確認した。
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ドアのインターホンが鳴った。
「ゾーイ。私だ。話がある。」
部屋からは返事も物音もしない。
「ゾーイ。入るぞ。」
フェルナンデスは、施設の上位者権限をつかってドアを開錠し、入ってきた。
中では、ゾーイが枕に顔を埋めて、小刻みに震えていた。
フェルナンデスは一旦、目を伏せ、深呼吸をしてからゾーイを見つめた。
「ドクター タナカが、何も言わず、お前の前を去った理由を知りたいか?」
ゾーイの目が枕からフェルナンデスを睨んだ。
フェルナンデスは、近くのソファに腰を下ろすと、ゾーイを睨み返す。
「但し、これはトップシークレットだ。この施設内でも他言無用だ。」
ゾーイは、再び枕に顔を埋めたが、暫くして起きあがり、目元を擦って、フェルナンデスを睨んだ。
「教えて下さい。叔父様。」
ゾーイが連れて行かれたのは、月面実験でも行った管制棟だった。
ガラス越しに遠目でしか伺い見れない、その場所に、ドアから入っていく。
当然、ドアには警備兵が二名立っており、許可された者が居ても、未許可の者が居れば、扉は開かない。
ゾーイは手の平を見て、自分のIDが更新されている事を悟った。
中は月面実験の管制室と、たいして変わらない。
違いは表示物だ。
巨大パネルには、太陽のマークと、それを囲む多数の円と点。
横のパネルには、小惑星らしき映像と数字が表示されている。
並ぶ机の画面が、大きい。
ここでは、既に危険視されていた小惑星ベンヌの迎撃も果たしていた。
実際には破壊ではなく、軌道を太陽へと向けるのだ。
それに費やされる核爆弾は、半端な量ではない。失敗も多々ある。
ゾーイは、そんな室内を横目に見ながら、大佐に促されて、個室に入る。
武官が同行しようとしたが、大佐が人払いを指示した。
会議室の様な部屋に入った大佐は、プロジェクターを操作する。
壁に小惑星らしい塊がうつしだされた。
「先ずは、これの理解が必要だ。これは『1999JM8』と呼ばれ、1999年に発見された小惑星だ。当初、これは2075年に地球に最接近する見込みだったが、地球から383万キロも離れているので、要注意程度に監視されていた。」
「2075年?あと5年。」
画像が切り替わり、太陽と地球の公転軌道が示される。
「この小惑星の公転は4.5年。つまり、4~5年に一度、地球に接近する。」
大佐は大きなタメ息をついた。
「そして、件のハレー彗星のせいで、軌道にズレが生じた。」
ゾーイが大きく目を見開く。
「2075年、小惑星は地球の重力圏をかすめて通り、2076年には衝突する。全長7kmの小惑星は、地球上の生物を死滅させるのに充分だ。現段階では火星への移住も不可能なのだ。」
画面が切り替わり、ミサイルと、宇宙に浮かぶ棒状の建造物が映る。
「この小惑星の周りには、障害物が多数漂う。到達する為に、お前達が開発したヘイプ型水爆搭載のミサイル20機を、クインテットA.I.コントロールの元で、レールガンから射出した。見込みでは10機で軌道を変えられるが、万全を期して保有数の80%である20機を投入する。」
大佐がテーブルに両手を付いて項垂れた。
「唯一、機能合格したクインテット11は、アルバート・タナカが同乗しないと、正常作動しない。」
ゾーイは年数表示を見た。
「まだ5年もあるじゃない。その間に、他の方法や開発をすれば・・・・」
大佐は首を振った。
「5年後では遅いのだ。一番遠い場所。つまり、地球が周回遅れの小惑星を追い抜いたタイミングの『今』しかない。』
ゾーイは、固まり、その場にうずくまった。
遠方で処理しないと、段違いの破壊エネルギーが必要になるのは、自分がクインテットの説明をする時にチームの皆に説明した物だ。
頭では理解出来るが、代償が頷けなかった。
「アルバート・タナカは、私達を。いや、お前を救う為に、無言で、帰れぬ仕事を引き受けたんだ。」
二人とも、しばらく動く事が出来なかった。




