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査問会

『本日午後3時に、ヘイププロジェクトメンバーは、全員がラボに集合する様に。時間厳守』


チームリーダーのゾーイからメールが届いたのは、2時前だった。

集合したメンバーには汗臭いジャージ姿の者もいる。運動の合間にメールを見て、着替える間もなく、走って来たのだろう。


兎に角、遅刻も無くゾーイが安堵した。


「将軍がラボに、みえる」


チーム内では内定し、ゾーイが一週間前に報告を入れたプロジェクトの終了が、承認されたのだろう。

アルバートが教授に接触を実行したのも、この時期ならゾーイ達に負担がかからない状態に至ったからだ。


3時10分に、チャイムが鳴り、将軍と武官、警備兵が入室した。


「ナッシュ主任から申告があったが、ヘイププロジェクトは、これで完了と言う事で、間違いないな?」


チームメンバーの全員が頷く。

全員の同意を確認して、将軍が武官に合図すると、武官が情報パッドを操作した。

ラボのデスクにあるメンバーのパッドが一斉に起動して、着信音が鳴る。


「諸君には、情報漏洩の防止と、非常時の対応に備えて、このまま、当施設に滞在してもらう。非常召集に対応出来る様にしておく様に。」


将軍の言葉は、前もって伝えられた内容なので、一同に動揺は無い。


「諸君等の貢献のお陰で、地球の防衛力は向上した。代表して感謝する。今後、ヘイプ型ミサイルが増産され、宇宙に送り出される事となる。ご苦労だった。」


将軍が敬礼し、武官達が続いて敬礼する。


「長きに渡るご助力に、感謝します。」


ゾーイが代表して返礼する。


敬礼を解いた将軍は、武官に差し出されたパッドを見て、アルバートに視線を動かした。


「ドクター タナカには、これからクインテットについての相談があるから、同行してもらおう。」


将軍が踵を返し、部屋を出る。

武官が続き、警備兵がアルバートに同行を促す。

アルバートはプロジェクトメンバーに笑顔を見せて、武官に続き、警備兵が続いて扉は閉まった。


行列は、途中でアルバートの前に警備兵が加わった。

将軍と武官は、通路を途中で右折し、続こうとしたアルバートに、先行した警備兵が直進を指示する。

確かに、クインテットの相談に将軍は必要無い。A.I.開発部門に行くのだろうか?

アルバートの脳裏に嫌な予感が走る。


招かれた部屋には机に武官が座っていた。


「こちらの箱に、情報パッド、クインテット関係、ポケットの中の物を全て入れて下さい。」


アルバートは『アウト』と心の中で叫んだ。

更に奥の部屋には椅子、向かい合わせのテーブルと座る3人の男性。ビデオカメラだ。


3人は、背広、軍服、研究者服。どう見ても査問会だ。


「どおして、ここに呼ばれたか解るかな?」


背広姿の男が着席を促しながら口にした。


「クインテットの相談だと将軍に伺いました。」


アルバートは椅子に腰掛けながら答えた。

アルバートの後ろには警備兵が二人立っている。

軍服男が、背広男に、パッドの情報を指し示す。


「『1999JM8』と言うのを知っているね?」

「はい。近年、地球に大接近する小惑星ですよね?」


背広男の質問に、問題なく即答するアルバートに、一同が不審な顔をする。


「何故?知っている?」

「ノストラダムスの予言に絡めて、『恐怖の大王』と騒ぐのは、日本のカルトオタクでは常識ですから。」


背広男が、パッドの情報を見て困惑する。

散々調べたであろうアルバートの行動履歴には、日本のオタクフェスへの参加や、フェスのカルトな同人誌販売も載っているだろう。

ノストラダムスの予言も、小惑星1999JM8についても、前世紀からネット検索出来る情報だ。

そして、彼が参加した数十年の同人誌の内容を確認するのは、事実上不可能だし、ノストラダムス予言は、日本では大手出版社が一般向け雑誌に数十年も書きつづけている。

逃亡時に利用したイベントでも、ノストラダムスネタと隕石滅亡ネタのサークルが有ったのは、カタログで確認している。

肯定要素はあっても、否定は出来ない。


「あぁ、昼にワイオミング教授に聞いた件ですか?小惑星の軌道がズレていると聞いては、カルトオタクの血が騒いでしまって・・・・。なぜ、こんな大事になってしまったのでしょう?」


査問官の三人が、小声で話し合っている。


これはアルバートが、昼食後にセバスチャンと練った対応だ。

組織の気密に関与しなくても、知っていて当然だと言うのを示す。

むしろ、査問会を開く事で、彼等が墓穴を掘る形となる。


『これは、1999JM8がマジでヤバイって事か?』とアルバートは感じた。

背広男がネクタイを締め直して、姿勢を正す。


「いや、君が面白い質問を教授にしたらしいので、興味がわいただけだ。さて、本題だが、君に託していたクインテット11だが、調子は悪くないかい?」


恐らくは情報部なのだろう。『本題』と言う言葉を巧みに使用して、煙に巻こうとしている。


「むしろ、クインテットを貸していただいて、大変役立ちました。有能な助手が1人増えた様で、ヘイプの完成度には、彼の功績もあります。」

「『彼』ねぇ?」


研究者服の男が、ほくそ笑む。


「使用していて、不安定や暴走は無かったかな?」

「暴走ですか?談話中にギャグを飛ばすのを『暴走』と言うなら、数多有りましたが。」


アルバートの答えに、軍服男が驚きを示す。


「ギャグを飛ばせるのか?」


背広男は困った顔だ。


「ゴホン!」


研究者服の男が咳払いをして、場を正した。


「クインテット11の成績が、そんなに悪かったのですか?」


状況が悪ければ、打ち切られると聞いていた。しかし、被験は1年も続いている。


「いや、出来具合は、トップだ。他は、単なる計算機に成り下がったり、対応能力が低くかったり、破壊オペレーションを拒否したり、ミサイル姿勢制御シミュレーションで使い物にならなかったり」


「一緒に古いシューティングゲームをやりましたからねぇ。50作品くらいダウンロードしてハイスコアー狙ってました。」


「ゲームかぁ・・・」


「あぁ、フライトシミュレーター系もやりましたから、姿勢制御は、そのお陰かな?」


A.I.担当らしい研究者服が、一生懸命に、何かを記録している。


「成績優秀なら、何が問題になっているんですか?」


アルバートの疑問はもっともだ。


「実は、クインテット11のコピーをミサイルに登載して、小惑星迎撃に使用したのだが、一週間位で不安定になり、制御不能になるのだ。」


「・・・制御不納?」


何のトラブルの無いアルバートには、理解出来なかった。


「近距離は、大変満足のいく結果を生んでいる。しかし、本命の長距離、長時間となると、暴走状態になるので、定期的にシステムを発進時と同じに初期化して、誤魔化し誤魔化し、使用している。」


「クインテット11の自己判断は?」

「『寂しい』だ、そうだ。」


あまりに人間らしい診断に、沈黙が続く。


「被験者として、打開策は、考えつかないか?」


研究者服の男は、縋るように言った。

恐らく、これが解決すれば、完成扱いなのだろう。

システムを解体解析しようにも、人間の脳細胞の様に複雑に絡んだロジックを解き明かすのは、不可能だ。

それが出来る位なら、人間自体を解析した方が早い。


「初期段階から、私をサポートする様に教育、指示してきましたから、根幹である『アルバート・タナカ』が無いと、成り立たないのかもしれません。」


「打開策は?」

「最初から、作り直しても、同じ結果になるとは限りませんし、私がミサイルに同乗する位でしょ。但し、私が何人も必要になりますが・・・」


アルバートは冗談のつもりで言ったが、査問官は笑っていない。眉間にシワを寄せている。


「ドクター タナカ。どうも、ありがとう。大変参考になった。」


警備兵が、退室の為にドアを開けた。


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