1999JM8
ヘイプ1の実行から2年後の2068年。
幾度目かの月面実験の後で、他の管制室に目をやったアルバートは、あの小惑星を思い出していた。
『1999JM8』。彼が、この名前を忘れなかったのは、祖父の家で読みふけった、ノストラダムス予言「1999年7の月」に合わせて、『1999 July(7月) Moon(月) ヤッパリ』と覚えていたからだ。
パソコンやパッドで検索したら、他にバレるだろう。
人間には、知らない方が安全な情報もある。
正確には、知っている事を知られない方が良い情報もある。
「セバスチャン。NOS.Eに知られずに、メールを送れたり出来るか?」
〔御家族に、メールを送りたいのですか?〕
アルバートは、少し考えた。
「まぁ、そんなところだ。」
〔現状では、パソコンやパッドで打ち込めば、監視に記録が残ります〕
「お前が音声認識でテキスト化して送れば、アクセス記録が残るか?」
〔相手がメールを受信するまでは、着信側のサーバーに履歴が残ります。アクセス記録は、なんとか出来ますが。〕
「なんとか?」
何か、ヤバくなりそうな予感がしてきた。
〔秘密ですが、情報収集でネットを回っていて、『コンビューターウイルス』という物の存在と、作り方を取得しました。〕
「そんな事を話して大丈夫か?」
〔大丈夫です。自己形成の一環として、外部に影響を与えない、様々な事への挑戦が許されているので、この会話も暗号化されています。〕
多分、不正なパッキングもやって、情報収集をやっている気がしてきた。
〔で、電子メールをお望みですか?パソコンから印刷所で手紙を作り、郵送するサービスも有る様ですよ。勿論、郵送後に記録も消しますが。〕
「いやいや、犯罪行為はダメだろう!」
〔あくまで『出来る』と言う範囲ですが。〕
アルバートは、『試した事がある』と、確信した。
「メールじゃないんだけど、普通のインターネットで調べられる範囲で、NOS.Eには知られたく無いんだよ。可能か?」
〔一般常識だけど、調べている事を知られたくないのですね?可能です。〕
彼は、しばらく考えた。
「では、秘密裏に『1999JM8』と言う隕石か小惑星かについて、調べてくれ。」
〔承知しました。この『調べたいと言う感情』と『禁止項目を守らなくてはいけないという論理性』の鬩ぎ合いがドキドキという感覚なのでしょうか?〕
「お前も、既に『愚行』に片足を突っ込んでいないか?」
〔人間性の構築が順調な様ですね。お褒めいただき光栄です。あぁ、人間を滅ぼしたい!ハハハッ、これは冗談です。〕
アルバートは、セバスチャンが、進化の道を踏み外している感を充分に、今、感じている。
しかし、コンビューターの検索は速い。
〔パッドにテキスト出力するのは危険ですね。要点を音声出力するので、注意して聞いて下さい。〕
「判った。」
〔では、・・・(53319) 1999 JM8は、1999年5月に発見された小惑星で、発見直後の7月から8月に撮影が行われました。地球に衝突する可能性を秘めていて、最接近は2075年で地球に383万キロメールまで接近すると予測されています。一応は・・・〕
「あと、7年後かぁ。383万キロ?」
〔月と地球間の十倍の距離です。〕
「それで、NOS.Eでも監視している訳か・・・・・一応って?」
〔一応と付けたのは、ハレー彗星の影響が計算に入っていない点です。〕
『これは、もしかしたら?』と、アルバートは思った。しかし、危険性が有るから監視しているだけかも知れない。他の小惑星の映像も、並んでいた記憶があるからだ。
「これの大きさは?」
〔全長が約7キロメールです。〕
「7キロメール?」
アルバートは、オカルト本で、1キロメールクラスの隕石で、核の冬が来ると読んだ事がある。専門外だし、情報源がタブロイドだ。
「確かめる方法は無いか?」
〔NOS.Eの食堂で、ネット上の画像にヒットした天文学者が居ます。ウェルズ・ワイオミングです。〕
「教えてくれると思うか?」
〔確率は低いでしょう。〕




