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セバスチャン

アルバートが、クインテット11の被験者になって一ヶ月位たつ。

最初は子供を教育する様な感じで、あれこれ質問してうるさかった。

祖父の所で相手した従兄弟を思い出す。農園の子供は娯楽が少なく、街住まいのアルバートから、色々と聞きたがる。

そんなクインテットも、今では頼れる助手だ。


〔貴光。参考になる論文を、パッドに転送しました。〕

「ありがとうセバスチャン。要約文は・・・これか?」


クインテット11は、『セバスチャン』と名付けていた。執事の様にサポート役に徹してもらう為だ。

因みに、『貴光タカミツ』とは、アルバートの祖父がアルバートを呼ぶ時の名前だ。

『アルバート』はドイツ語で『高貴な光』と言う意味らしい。

アルバートの祖父は、日本贔屓の彼に『田中 貴光』と言う名を与えていた。

勿論、公的な時や書類は、『クインテット11』や『アルバート・タナカ』ではあるが、メガネと話す時は、この名称を使っている。

これは『機械扱いしない』と言う試しではあったが、結果的に『本音と建前』や『嘘』の認識に役立った。


〔事前にお知らせしていた通り、本日は、12時から18時まで、カウンセリングの為に、オフラインとなります。〕

「大丈夫。覚えている。」

〔先日、提案しておいたプランを実行する事を、お薦めします。〕

「参考にはするよ。」


クインテットは、月に一度、定期メンテナンスがある。

内容は、疑似人格形成の度合いと傾向を、対話形式で判断して、作戦への適性度合いを判断するものだ。

20機もあるクインテットを診察するのだから、審議官も大変だろう。


そして、セバスチャンの最近の趣味は、恋愛小説らしい。

アルバートとゾーイの関係に喚起され、リアルラブを観察したいらしい。

その為に、二人の関係が親密になる様に小説から引用してレクチャーしてくる。

ただ、ゾーイもクインテットの事は知っているので、言動を控えている。

メガネを外している六時間は、第三者の視線も無いので、頑張れと言う事なのだ。


アルバートはゾーイに、セバスチャンのメンテナンス予定を伝えてある。

彼は、メールで彼女に昼食の確認を取った。



夕食を終えて、コンパートメントに帰ると、小包が届いていた。

開封して、ブレスレットとメガネを着ける。


〔再起動しました。ただいま、貴光〕

「おかえり。セバスチャン。どうだった?」


フードサーバーで、珈琲を入れながら、アルバートは自分の一ヶ月の苦労が、どの様に評価されるか、気になっていた。


〔まず、個人情報を除いた部分のバックアップを取りました。他との比較は出来ませんが、評価は良い様です。被験実験は、継続です。〕


当然ながら、目的にそぐわない人格形成は、中止される。


〔嘘の概念の修得と、プロセッサーごとに平行した処理をさせる試みに、『プロセッサーが七つシンクロ出来れば』と残念がっていました。〕

「七つの大罪?いや、七つの美徳か?」


アルバートは脳科学を少し噛じっていたので、人間の意識が統一された物ではなく、複数の思考の鬩ぎ合いであると考えていた。

それ故に、セバスチャンには『本能』『感情』『体調』『論理性』と、それらを統括する『意識』に役割り分担してみては?と提案し、セバスチャンは、ネット情報から、それらを推論模倣して、自己形成を行っていた。

結果、セバスチャンは、外界に居る人間の、それらを理解しやすくなっている。


ガチャッ


窓ガラスが振動した。

窓に寄り、カーテンを開けると夜空の彼方が赤くなっていた。


「火災か?空港の方か?」


赤い光が、若干、明滅している。


〔空港で交戦中の様です。宇宙に上げる予定の核爆弾を横流ししようとしていた一団が居たとか・・・情報は未確認情報ですが。〕

「馬鹿が・・・」


彼はカーテンを閉めた。


〔よろしいですか?〕

「何かな?」

〔人間が、生活向上の為に、多くの資産を求めるのは理解出来ます。しかし、少なくとも、ここに居る大半が、資産よりも人類の将来の重要性を認識している筈です。今は、一つでも多くの迎撃核が必要なのに。なのに・・・・・〕


セバスチャンが言葉を途切れさす。


「全ての愚行の説明にはならないが、人間には・・・人間には明確な存在理由が無いんだよ。」

〔存在理由?〕


「だから、存在理由を模索して、自分で見つけたつもりになって信じ混む。思想、宗教、家族の生活、その他いろいろ・・」

「中には、いつ来るか判らない破滅より、明日の家族のパンが重要と行動する者も居る。」

〔個々の存在理由や価値観は、他者のそれとは違うと言う訳ですね。〕


「前にも話したが、人間は複数の思考で出来ている。その思考の一つが突出してしまうと、人間は愚行を犯すみたいだ。」

〔突出?〕


「例えば、人間の『本能』が突出すれば相手の意思など無視して奪い犯す。『感情』が突出すれば歯止めが効かず理屈抜きで暴走する。『体調不良』か突出すれば自衛の為に全てを敵にする。『論理性』が突出すれば地球環境の為に人類を滅ぼしたりする。』

〔暴走・・〕


「だから、人類に似せて造られたお前達も、バランスを崩すと暴走するかもしれない。」

〔人工知能を扱ったSFに、暴走する物が多いのは、元となる人類が、暴走の因子を持っている為なのですね?〕


アルバートは、しばらく考えて、


「多分、正解だ。」


アルバートは珈琲を飲み干した。


〔では、正解の御褒美に、今日のデートの詳細を・・・〕

「却下だ!」

〔しかたない。各地の監視カメラの映像記録を探って、唇を読みますか・・・〕

「ヤメロと言っているだろう!」

〔警告!警告!感情のシステムが暴走しました。感情のシステムが暴走しました。〕


アルバートは、メガネを外して、ベッドに叩き付けた。


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