スターダスト
部屋に入ると、アルバートは、パッドの『新規メニュー』を検索した。
『本計画の必要性と計画概要』と書かれた項目がある。
要約すると、こうである。
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2061年ハレー彗星が接近。
金星から火星にかけて存在する小惑星群『アポロ群』と接触して、多くの小惑星の軌道を変化させた。
結果、2063年辺りから世界中で騒がれた、流星現象『スターダスト現象』が発生した。
天文観測所は、地球にとって、危険な小惑星が存在する可能性を示唆し、国連主導で対策組織が結成された。
小惑星迎撃目的で観測衛星と、宇宙用核兵器の開発が進められる。
但し、不用意なパニックを防止する為に、一般への情報公開はしない。
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「確かに、水爆も必要だろうし、公表も出来ないなぁ」
スターダスト現象は、ハレー彗星が原因と公表されている。アルバートも見ているし、いまだに流星は多い。
歴史的にも、ハレー彗星が地球軌道の近くを通った記録は1909年に実在する。
今回が特別と言う訳ではない。
また、反戦、反核を歌う昨今、原爆を作る為にプルトニウムも、大量に手配すれば、確実に目立つので、廃棄核を増殖炉で再利用したがるのも理解出来る。
各国や国連、NASAまで動員されるのも、もっともな話だ。
一応の納得は出来る話ではある。
「車の中で、スミスがバカ笑いしたのも当然だ。」
ある程度の落ち着きを得て、アルバートは用意されたベッドで睡眠を取った。
薬の影響もあり、睡魔も限界だったので、すぐに彼の意識は、闇に落ちた。
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途中、何度かの寝苦しさを感じたが、目覚めたのは、異様な振動の為だった。
健康診断の終わりに処方された睡眠導入剤のせいか、半日近く、眠っていた様だ。
揺れは目覚めて、直ぐに収まった。
地震など、日本に行った時に一度だけ体験しただけなので、まだ、気が動転している。
物が落ちていないので、たいした揺れではなかったのだろう。
情報パッドを手にしてインフォメーションをタッチすると、『次の地下核実験は一週間後の予定』と表示されていた。
「もう、そこまで行っているのか」
アルバートは、計画の進捗を感じた。
他の増強計画があるかも知れないが、従来の核技術を今更、地下実験する必要は無いはずだ。
せっかく目が覚めたので、アルバートは、疑問に思っていた事を検索してみる事にした。
室内備えつけのデスクトップパソコンを起動する。
「これもか!」
デスクトップパソコンのモニターには、渡された情報パッドと同じ壁紙が表示されていた。
このパソコンも、パッドと同期している様だ。
早めにあきらめて、単語の検索をかける。
〔検索:NOS.E〕
〔検索結果:閲覧権限無し〕
「判る訳がないか・・・」
それがわかっても、どうしようも無いと、現状を思い起こすアルバートだった。
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「やっと、ここまで来ましたね。」
ナッシュの言葉が一同の胸に響く。
アルバートの参加から、半年後の2066年、新しい水爆の試作3機が完成した。
2063年からの三年がかりで、形になったのだ。
プロジェクト名は、水素 バワーアップ/hydrogen power up/『ヘイプ』と名付けた。
安直だが、全体からすれば、セグメントの一つに過ぎない。
「まずは、この三機。基本型と、パターン違いと、パラメーター違いを試し、改良の方向性を探ります。」
ナッシュが軍服を着た初老の男性に説明する。
理論上では決定出来ない事項を、実地で観測して理論値に近づけて行くのだ。
「地上で実験しないと聞いて、安心しました」
危険性を一番懸念していたアルバートが、胸を撫で下ろす。
実験は、月の裏側で行うらしい。
2030年代に行われたアルテミス計画により、幾つかの観測器が置かれ、実は、幾つもの観測衛星や通信衛星が、月の周りには回っている。
彼等の前では、巨大な輸送飛行機に、ロケットが詰め込まれて行く。
打ち上げは地上発射ではなく、ロシアの空中空母『モーラ(仮称)』から上空発射するのだ。
空中空母とは、超超高度を超音速で飛行する輸送機だ。
その機能は、超音速飛行中に後部ハッチから、複数の戦闘機などを離発着できると言う物だ。
この空中空母と、衛星兵器の台頭により、大陸間弾道弾や長距離ミサイルは意味を失い、イージスファクトリーは仕事を失い、アルバート達が失業した訳だが・・・
アルバートが、少し嫌な顔でモーラを見上げた。
この空中空母には、小型のロケットも一機が搭載出来る。
持物、特殊なタイプになるが、打ち上げの手間とコストは、大幅に削減出来る。
更に、通常の飛行プランに混ぜれば、一般からは秘密にロケットが打ち上げられるのだ。
アルバート達は、空軍飛行場から第一弾である『ヘイプ1(基本型)』を載せたモーラが飛び立つのを見送った。
二日後に『ヘイプ2』。四日後に『ヘイプ3』が飛び立つ。
後は、アルバート達は、観測結果のデータを受け取るだけだ。
データを検証し、改良の方針を探るのだ。
最初の結果が出るのは、三日後だ。
やっと出来た束の間の休みに、アルバート・田中は、ゾーイ・ナッシュを食事に誘った。




