第1番 1楽章 「入学Ⅲ」
「こんにちは」
「山崎か、今日もサックスでいいの?」
「はい、お願いします。」
体験入部五日目の今日も隼人はサックスの練習を始めていた。毎日柳から教わっている。サックスはいろいろな種類があるが、アルトサックスを気に入っていた。
「昨日言うの忘れてたんだけど来週の月曜日に楽器決めのオーディションがあるから」
「楽器ってオーディションで決めるんですか、聞いてないんですけど……」
「B♭durのスケール吹くだけだから大丈夫だよ」
勝手に自分はサックスに決まったと思っていた隼人は焦っていた。オーディションの存在だけでも焦る原因としては十分なのだが、今年の1年生はサックス経験者が多いのだ。今の時点で初心者が経験者に勝てるはずもないので、今の隼人の置かれている状況は絶望的なのだ。
追い討ちをかけるように柳は言った、
「先生がオーディションの結果と全体のバランスを見て何人かは移動してもらうって言ってたよ」
「サックスは人数どうなんですか?」
「2、3年生はちょうどいいけど1年生は希望者多いんだよね。特にアルトは」
移動させられる可能性が高いことを告げられ絶望感を覚えながらも練習を再開した。
サックスは管楽器の中でも音を出すことに関しては比較的簡単だと言われている。そのため数日しか練習していない隼人でも単純なスケールは吹けるようになっていた。オーディションで使われるB♭durというのは変ロ長調のことで、吹奏楽では基本となる調である。
「とりあえずB♭dur1回吹いてみて」
これまで練習してきた通りに1オクターブだけ吹いた。小学校の頃は完璧に音程を揃えていたため、今の隼人の吹いた音では耳が痛かった。それに思ったように音が繋がらず、高い音や低い音は思ったように出なかった。
楽器を片付けて階段を降りると校門の前で1年の男子が集まっていた。
「槇川と山崎も一緒に帰ろうよ」
「いいよ」
これだけ1年生に男子がたくさんいたのにみんなで一緒に帰るのはこれが初めてだった。
「強豪校だと楽器を決めるのもオーディションがあるんだね」
「俺ら小学校の時なんてみんなやりたい楽器をやってたよ」
「アルトサックス希望者多いから他の楽器に回されるかもって言われたんだけど」
「まじか、でもアルトはそんなに人数必要ないからね。回されるとしたらファゴットかクラリネットかパーカッション辺りかな」
「まあ、サックスに残れるように頑張るよ」
入部前からこんなにも大変だとは思っていなかった隼人は、強豪校で生き残る辛さをいきなり思い知らされたのだった。