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epsode2 見知らぬ少女

「ダイチ、ダイチ!」


 自分の名前を呼ぶ声でダイチの意識は、眠りの底から覚醒の水面までゆっくりと引き上げられた。


「兄……貴」


 うっすらとボヤけたダイチの視界の中に燃え上がる様な赤い髪だけがはっきりと映っていた。イオリであろう。だが、やがて鮮明になっていく視界に映るその顔立ちは、およそダイチの予想していた物とは全く異なるものだった。


 艶やかな赤いロングヘアーと雪のような白い肌のコントラストが印象的な少女が、宝玉の様な瞳に涙を浮かべて笑っていた。


「ダイチィィィ!良かったぁぁ!」


 赤髪の少女はダイチを両腕でぎゅーっと抱きしめた。少女の腕は筋肉質であるものの女性らしい柔らかさを持ち、ダイチの顔には一層女性らしい柔らかさを持つ双丘が押し付けられていた。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!」


 ダイチは慌てて、押さえつける少女の腕を振り払って跳び起きた。少し呼吸を整えて状況を確認する。見渡す限りの視界を埋めているのは鬱蒼とした手つかずの森の風景。木々の隙間から見える空は青く、白い雲が疎らに見えている。そして一人の少女。赤い髪、端整な顔立ち、纏うはイオリの特攻服。大胆に開いたその胸元からは曝け出された豊かな果実と、全くもって守るべき部分がズレてしまっているサラシが腹に巻かれているのが見えた。

 ダイチは先程まで押し当てられていたそれの温もりを思い出して赤面した。だがその原因である少女本人は無造作にダイチに近づくと、益々赤面したダイチの額に手を当て頓珍漢な発言をするのだった。


「ダイチ!お前、熱があるぞ!それに傷は大丈夫なのか!?」


 言われてダイチは自分の脇腹の辺りを手で確かめると、特攻服とサラシにはナイフによるものであろう裂け目が出来ていたが、身体にはキズ一つ付いて居なかった。血に塗れていた手のひらを確認しても、今は血の一滴も付いていなかった。

 兎に角、命は無事である事を確認できた。それならば、新たに起きた問題を解決する事にダイチは頭のリソースを全て割く事にした。1.兄貴は何処に消えたのか、2.ここは何処なのか、3.この目の前の女の子は誰なのか。そして胸を隠せ!硬派に生きる男子の精神衛生には、今は何より3が重要である。


「えーっと……どこかで会った事あったっけ?あとココ、その、見えてる……」


 胸元を手で押さえながら、ダイチは少女に問いかけた。


「おいおい、何言ってんだダイチ。それにココがどうしたってんだ。……ん?……アーッ!!」


 少女は胸元の膨らみを手で抑えると、突然に素っ頓狂な声をあげた。目を丸くして茫然とした様子で、慎重そうに指先を動かすとその膨らみは柔らかくその形を変える。少女は青ざめた顔でダイチを見て言った。


「おい、ダイチ……これ、本物だ……」


 そんな事は見れば分かる。この女は一体なんなんだ、とダイチは思った。イオリの特攻服を着たこの少女はダイチの事を知っている様だが、ダイチの記憶に当てはまる様な女の子は居なかった。

 今、自分は何かの悪い冗談に巻き込まれている。例えばオンナを知らない自分がドギマギしている(さま)を誰かが何処かで眺めて楽しんでいるような、そうダイチは考えた。


「からかうのはやめてくれ!それよりも聞きたい事があ――」

「からかってねーよ!こ、これ、ちゃんと感触があるんだ!ほら!」


 少女はいきなりダイチの手首を掴むと、むんずっとダイチの手を自分の胸に押し当てた。ふわふわでポヨポヨとした感触がダイレクトに手のひらへと伝わって来た。自ずとダイチの全神経が手のひらに集中した。


「――――――――ッ!」


 少女は突然に背中をピクンッと伸ばし、先ほど迄の青ざめた顔は途端に蒸気して、目を白黒させていた。


「さ……さ……触ってんじゃねぇ!!」


 少女は不条理な一言とともにダイチの腕を振り払うと、片腕で胸元を隠してそっぽを向いてしまった。ダイチが何と声をかけたら良いか逡巡していると、少女は唐突に内股の姿勢になった。そしてボンタン(ズボン)の股の辺りを手で押さえて涙目になりながら、こちらへ振り返る。


「な……ない。なくなってる……オレ、男じゃなくなってる……」

「男じゃ……なくなる……?」


 ダイチには少女の言う事が全く理解出来なかった。自分の想像を上回る事態が起こっている事にダイチはまだ気がついていない。


 ダイチが少女の発言を解釈しようと精一杯頭を回転させている間にも、少女は自分の両手をしげしげと眺めたり、何やらアーアーと発声練習のようなものを行なっている。極めつけにポケットからスマホを取り出して、カメラの自撮り画面を確認するとその場にペタンとへたり込んだ。


「ダイチ……お前の言いたい事、分かったわ。……信じられねぇかもしれねぇし、オレも信じられねぇが……お前の目の前にいる超絶美少女が喧嘩最強の漢、竜ヶ咲イオリだ。」


 少女の口から語られた驚愕の発言に、ダイチの脳は完全にオーバーフローした。そして思考停止した脳は、実に合理的な結論を出した。今は少女の事をイオリと信じる事にしたのである。

 完全に魂が抜けた様子で項垂れる少女に悪意があるとは思えなかったし、仮に少女の発言が嘘だとしても問い詰める事はダイチには出来なかった。


「……兄貴、とにかく先ずはその……胸、隠して下さい」


 ダイチは自分のサラシを解いて、片手ですっと差し出した。少女(イオリ)は静かに「悪いな」と言ってそれを受け取ると、ダイチに背を向けてゆっくりと特攻服を脱いだ。

 露わになる煽情的で滑らかな肩のラインをずっと眺めていたい気持ちを堪えて、ダイチは顔を背けた。


「兄貴、俺が倒れてる間に一体全体何があったんですか」


 ダイチは質問を投げかける。本心からの質問ではあるが、沈黙の中にいると自分の頭に浮かび上がろうとする軟派な妄想から意識を逸らしたかったのだ。

 ダイチの視界の外で少女(イオリ)が、胸にサラシを巻くのに悪戦苦闘しながらぶっきらぼうに答える。


「さっぱり分からねぇな。あの時お前が刺された後、急に目の前が真っ暗になって気がついたらここに居たんだ。ここが何処か俺にも分からん」

「オレが今際で見てる悪い夢ってオチは無いんすかね」

「縁起でもねぇ事を言うな。勝手に死んでんじゃねぇよ。それよりちょっと手伝ってくれ、一人じゃうまく巻けねぇんだ。」


 ダイチは少女(イオリ)からの突然のお願いに思わず唾を飲む。今、サラシを巻くのを手伝うということは、あの絹のような柔肌を、ひいてはあの美しく柔らかな乳房を間近に見ることになるわけで、己の理性の耐え得る所であるか確信がもてない。とはいえ少女(イオリ)に今のままの格好でいられても、いつか己の本能が暴発するであろう事は予想が出来た。

 さらにダイチは考える。「俺はこれまで立派に硬派に生きてきた。この場で己の理性のタガが外れようとも誰が自分を責められるのか。(いな)!硬派今、(まさ)に死すべし」と。――覚悟を決めて応える。


「……押忍!」

「……触んなよ」

「………………押忍」


 舎弟からの、返答までの僅かな間が少女(イオリ)にダイチの思考を明け透けにしたのだろう。ダイチの本能は的確に機先を制されてしまった。

 ダイチは心を無にして少女(イオリ)がサラシを巻く手伝いをした。

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