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日本列島妖怪退治 1  作者: 塚田 祭司
1/1

千葉編

妖怪。語り継がれる様々な伝承は本当にありえるのだろうか?それは人間の創作かはたまた体験か...



蝋燭数本の薄暗い部屋には赤と白の塗料で見たこともない気味の悪い文字や模様が描かれ線で繋がれた図式のような形になっている。規則的なように見えてシンメトリーではないその部屋の中央に大柄な髪の長い女性がたたずんで何かを伝えるようにこちらに手を伸ばす。


「その人は謝りたい」


青年が言うとその女性の動きが止まる。

女性の視線の先には漁師か船乗りであろう日焼けしたツナギ姿の男性がまるでこめかみに拳銃を付けられたように小刻みに震え目を閉じ耐えている。


「大丈夫ですから目を開けて」


後ろから先ほどとは違う青年が現れ小声で耳打ちをする。


「怖いだろうけど相手の目を見て謝るんだ。そしたら終わり明日から日常に戻れる」


小声で伝えると震えた男性はそっと目を開けて女性を見る、恐怖と非日常の感覚で思い通りに口が回らずなかなか声が出ないが右手のお守りをギュッと握り正座した状態から頭を下げ小さなながらも通った声で伝える。


「嘘をついて惑わせてすみませんでした。妻と子供を愛してこの世界で生きていきたいので私の事は忘れて下さい。申し訳ありませんでした。」


女性の視線は土下座した男性を見続けているが沈黙の後女性は腕をおろし見下ろす男性にやや不機嫌そうに答える。


「早い、言う、よい、さる」


口の動きと発する言葉は違うように見えるが女性が言い終わると二人の青年は深く頭を下げ左右の蝋燭を同時に吹き消す。暗闇に覆われる前、照らされたその口元は勝者が褒美を貰うように緩み笑っているように見えた。




1日前



「依頼の場所はあの漁港だからこの辺でいいな」


大きな1BOXカーの運転手は窓から腕を出して楽しそうに助手席の男に聞く。


「別に近くに泊まらなくてもホテルか旅館でいいよ、ここまで長旅だったんだし、金もあるんだし」


座席を倒しスマートフォンを見上げながら不満そうに答える。


「金はねえよ、使った」


遠くを見る目で海の方を向いたまま答える。

スマホを見るのをやめ、ゆっくりと座席を起こしながらやや引きつった顔で運転手の肩を掴むと


「まさか夏樹さん使ってませんよね、前回の50万。折半で25万だから流石に生活費で半分ぐらい残してますよね?食費や車の維持費も」

「冬樹ぼっちゃまは計画的でございますねぇ、大丈夫だよこの依頼は40万。しかも依頼者は漁師だから食費はタダ。何でも食べていいって」


刺し身や丼ものを想像して至極幸せな表情を浮かべる夏樹、その横でため息と残念な生き物を見たような呆れた顔でうつむく冬樹、しかしすぐに謎が解けた様な表情で問いただす。


「すぐに依頼に飛び付いのはそのせいか。不真面目な、やましい気持ちや疲れた体で交渉するのは危険だぞ、わかってるだろ。」


怒りながら食ってかかる冬樹にさらに食い気味に答える


「わかってるよ、だから仕事は明日の朝。今日はゆっくり寝て明日刺身定食を食べながらだから怒るなよ、怒るなら携帯から賭け事ができるシステムに怒れよ」


ニヤニヤしながらドアを開け降りていく男を見ながらまたもため息混じりに口を開く


「朝飯まで決める交渉力を他の所に生かせよ。今日は俺が車で寝るぞ、夜飯は各自インスタントで」


「了解ー。明日6時起きの7時着ね」


一人はテントでもう一人は車、別々に夕食を取り別々に寝る、冬樹はタブレットで映画を見ながらラーメンを食べている。少し暑そうにしかし目線をそらさずに麺をすする。

夏樹はテントの中で寝転びランタンの明かりで雑誌を読む。少々下世話な話題を取り上げた週刊誌だ、周りにはインスタントカレーやお菓子のゴミが整理され中身は酒であろうステンレス製のコップを手の届く枕元に置いてある。楽しそうに雑誌を読む姿はリラックスしていて休日前の独身サラリーマンのようだ。


朝になりゆっくりと車の外に出る冬樹。車で寝泊まりしたのだから決して快適な睡眠ではない、しかし慣れたものでストレッチと深呼吸をしトランクを開け大きめのポリタンクから水を注ぎ身支度を始めた、テントの方を見ると夏樹はもうキャンプ道具をまとめ折りたたみのキャンプチェアだけの状態で電子タバコをふかしている。普通のタバコよりも煙の量が多くその姿は文字通り煙に巻かれ独特の雰囲気に包まれていた。


「そんなに刺し身が楽しみか?」


歯磨きしながら嫌味らしく声をかける。

まるで刑事者の洋画でよくある皮肉たっぷりな嫌味な冗談が帰ってくるのを期待して待っていたが夏樹は海の方を見たまま真剣な表情と声で答える。


「海に嫌な感じがある、今回の件と関係あるかもな...」


真剣な表情に少し驚き眉が上がる冬樹は視線を海に流し遠くの波や岩場を見るがいたって普通だ、しかしなんのリアクションもせず車に戻る。身支度を終えると夏樹がテントや荷物を車に積み込む。大雑把に見えて粗いが整頓された荷台にはピッタリと収まりまるで何年もこの生活を続けて一種のルーティンの様だ。

荷台を閉めさっきとは違うニヤニヤした顔つきで口を開く


「さて、刺し身と行きますか!運転するか?」


待ってましたと言わんばかりの笑顔で下を向きながら助手席に向かう冬樹。


「お返しか」


手入れされキレイだが長年使っているであろうその車は港に向かって走り出す。後部にはステッカーが貼られ妖怪退治の文字とURLが貼られている。



港の着いた二人は一軒の家の前で待つ日焼けした漁師であろう男に気がつく、男は不安そうにそわそわして左右を見渡し車に気づくと頭を下げてこちらですと駐車場に誘導した。


「妖怪退治のお方ですよね、この辺には黒い1BOXはありませんのですぐにわかりました、中にお食事が用意してありますのでどうぞ」


男は一回りは違うであろう若者二人に下手にでて失礼のないように対応する、その必死さからかなり参っているのだろうと察するが特に普通に中に入る二人。朝食にしては豪華すぎる海鮮料理が並び日焼けの男とこの料理を作ったであろうエプロン姿の女性、その娘であろうまだ小学生ぐらいの子供が立っていた。


朝食に目を見張り我先にと食らいつきそうな夏樹を見て女性と子供は不安そうに見つめる、夏樹はテーブルから目を話さないので呆れ気味に冬樹が自己紹介を始める。


「妖怪退治の専門家として依頼を受けたまわりました雪野 冬樹と申します。こちらが同僚の海野 夏樹と申します。ご依頼主の有田 健二様と奥様、お嬢様でよろしいでしょうか?」


丁寧で言い慣れた口調でスラスラと話し名刺のような物を差出す、その隣ではもう椅子に座った夏樹が箸を握っている。

夏樹の行動と冬樹の礼儀正しさに戸惑いながらも依頼主健二は名刺を受け取り食卓に手を差し伸べながら答える。


「有田です。この度はよろしくお願いいたします。まずは朝食をご用意させて頂きましのでどうぞ、それからお話を聞いていただけますでしょうか。」


その言葉が終わると同時に夏樹は食べ始める、呆れた冬樹も静かに座り礼儀正しく手を合わせ頂きますと小声で言うと食べ始め、その一室では黙々と食べる若者二人、それを見守る夫婦と子供という異様な、そして端から見るとシュールな光景だった。



「それでどんな状況ですか?」


食事を終えた二人は並んで座り向かいには健二と奥さんが座る。子供は隣で音量を抑えてテレビを見ているようだ。たまに気になるのか二人を見ては夏樹だけが笑顔で返す。


「それが一週間前から夜中に来るですよ、女性なんですがたぶん人ではない何かが」


表情1つ変えない二人は目で続けろと言わんばかりに男性を見つめる、伝わったのか健二は再び口を開く


「一週間前ぐらいに船で漁の準備をしているといつの間にか目の前に女の人がいたんです。

ビックリして声をかけずにいると波なんか無いはずのに船が揺れて転んでしまい慌てて起きるともうそこには女性はいなくて、それから夜中の12時ぐらいに毎日来るんですよ、ドア越しに何か言ってる様な気がするけどわからなくて、でもコッチからドアを開けるのを待っているような感じで、怖くて仲間や警察も来てくれてるんですがなぜか家族しかいない時にしか来なくて参ってます。」


話し終えるとグイッとコップのお茶を飲み冷静さを保とうとする健二。奥さんは手を健二の手の上に乗せ落ち着かせようとしている。うつ向く健二は体格の良さを台無しにするほど縮こまり参っていた。

話しは終わり目を合わせる夏樹と冬樹は順番に質問する。


「それは居るだけで実害はないんですか?ドアを開けるとマズイと本能で感じますか?」

「奥さんコーヒーを頂けますか?それと報酬の支払いと経費の内訳についてお話できますか?私経理の担当でもありますので。」


冬樹は主人に夏樹は奥さんに問いかけると奥さんはハイと答えいそいそと台所へ向う、夏樹は奥さんに雑費の内訳ですがと話しながら台所へ付いていく。

無表情で冬樹が顔を上げると男は慌て気味に答える。


「実害はいるだけなんですが、とにかく恐ろしくて。何というか私が近づくと悪寒がし震えて立ちすくむんですが妻が近づくとあっちが先に声を荒げるんです、何を言っているかはわかりませんが...」


「.......。神職の方には相談しましたか?神社やお寺の人など」


「漁の式典などでお世話になる地元の神主さんに相談したんですがわからない、関わりたくないの一点張りで来てもくれず」


神主の話を聞くと少し驚いた様な勘ぐるような顔になる冬樹、質問を続ける。


「先ほど漁の準備をしていたらいきなりいて波が来るといなくなったと言いましたがそれ以外には本当に心当たりありませんか?そういう女性の姿のモノは女性関係が関わる事が多いんですよね。」

 

淡々とと言い放つ冬樹に驚いて台所へ目を配る健二、台所からは夏樹の大きな声が聞こえてきているが奥さんの返事は聞こえるが内容は分からないぐらいだった。急いで冬樹に詰め寄り


「聞こえたら大変だ。二階で二人で話せませんかね?女房には聞かれたくなくて...」


バツが悪そうに話す男を呆れた顔で見返す。何となくわかっていてわざと二人を離したのであろう、夏樹もそれを見越して大声で話している。チラリと二階に登る階段を見たあとに答える、


「ではその出会った現場に行きましょう、旦那さん一人で」


大きく何度も頷く健二は目を見開き助かった様な表情で台所へ駆け寄る。妻に事情を説明し出てくると伝えている。


冬樹が家の中を探るように見渡していると一人で待っていると少女と目が合う。少女はトコトコと部屋の端に行くと母親のであろうスマートフォンを持ってきて冬樹を見て話しかける。


「私が見つけたの」


急な言葉に驚いたが二人が目を合わせたまま数秒たつと意味を理解したのであろう冬樹は笑顔で答える。


「もう大丈夫だよ。よく見つけたね。」


少女は少し笑みを浮かべてそのまま立ち尽くす。子をあやす親のように頭を撫でてあげるとまたトコトコとテレビの前に戻っていった。冬樹は過去の思い出に浸るようにその子供を誰かと重ねるような温かい目で見つめていた。


「この家気前いいぜ〜」


夏樹はコーヒー片手に上機嫌で帰ってくる、指を金のポーズに曲げて下衆な表情をしている。椅子から立ち上がり並んで玄関に歩きながらせっかくの幸せな気持ちがかき消されたようにうなだれたまま話しかける。


「たぶん近所の神主が知ってるから聞いてきて、俺は健二さんと現場に行く」

「いいけど本物だろ?、神社で何か貰おうか?」


さっきとは打って変わった表情で聞く夏樹、真剣だが表情には余裕が見受ける。


「大したものないよ材料はあるし、まぁ貰えるに越したことはないけど」


冬樹も余裕の表情だ。健二が上着を羽織りながら駆け寄ってきて車に案内する、いそいそとエンジンをかけベルトを締める健二とは対象にゆっくりと乗り込む冬樹をまだかまだかと待っている。ベルトを締めていざ走り出すと気持ちを悟ったのか健二を落ち着かせようと話しかける。


「大丈夫ですよ。理由はどうあれ奥さんには内緒で解決できます。...経費別の成功報酬50万ですけど」


ビックリして目を見開らく健二。少し顔を冬樹の方にむけ


「電話では経費別の40万...」

「秘密保持が加わりましたので。奥様には経費として10万上乗せして請求すれば大丈夫でしょう、食費と宿泊費はかかかりませんので実質的な経費はガソリン代ぐらい、経費込みの50万以内で請求しますので」


淡々と話す冬樹に交渉力が違うと感じた健二は二つ返事で答える。外を見る冬樹の顔は満足そうだ。




神社につくと夏樹はお守り売の巫女さんに話しかける、その姿は妖怪の専門家ではなく軟派な若者そのものだ。


「神主さん読んでもらえる?四季四家しきしけって言えばわかると思うから、わからないならそれでもいいけど」


笑顔で言うとお守りを物色し始める、なぜか恋愛運や金運ばかりをみている。巫女さんはやや不審がるが神主に内線をかける。名前を言うと同時にもしもしと何度も問い掛ける、電話が切られたようだ。

数分でバタバタと年老いた老人が走ってくる、夏樹を見ると正面に立ち久々に走ったのか息切れが収まるのを待っている。呼吸が安定すると緊張したおもむきで口を開く。


「こんな所にいらっしゃるとは事前にご連絡して頂ければお迎えに上がりますのに。お話なら中でゆっくりと、お食事などどうですか?」


面倒くさそうに頭を掻く夏樹。巫女はあっけに取られて目を見開き固まっている。


「すみませんがお腹いっぱいで。有田さんの家でご馳走になりましてね」


神主はハッとしたあと表情を曇らせてバツが悪そうにしている。


「いや責める気はないよ、むしろあれを知っているなら助かるから教えてくれないかな、地元の伝承かなにかあるんでしょ」

 

夏樹は下を向いた神主に問いただす。神主は腹の中がバレていると観念し参ったような表情で巫女をチラリと見たあとに答える。


「とにかく中へどうぞ、私以外には誰もおらず巫女も学生のバイトですが精一杯協力させて頂きますので。」


夏樹は辺りを見渡し灰皿のあるベンチに目をつける。神主にその場所を指差しスタスタと歩き出し端に座る。神主は巫女にお茶を淹れるように指示すると小走りで付いていき少し間を開けて隣に座る。


「【アヤカシ】です。私の代では初めてですが先々代のお祖父さんが遭遇した記録があります。【アヤカシ】は全国に出没すると記述がありますが関東ではこの港でしか記録はないようです、前回の被害者は行方不明、若い独り身の漁師で死体や遺留品は出ていませんが最後に二人で埠頭に歩いていく姿が見られていたそうです。私はその節の実務経験がなく恐ろしくて」


隣でタバコをふかしている夏樹、その姿は聞いているようで聞いてない様な間の抜けた表情だ、タバコをポケットに仕舞うと違うポケットから一枚のメモ用紙を取りだす、そこに電話番号であろう数字と別の数字を書き神主に渡す。


「それで本部に確認をとって身元を確認して、できたら蝋燭を貰えるかな多い方が助かる」


メモを受け取るとそそくさと小走りで建物に入っていく神主、途中でお茶を持った巫女とすれ違うが急いでいる意味もわからず巫女は不思議そうだ。

お茶を笑顔で受け取ると遠くの鳥居を見てたそがれまたタバコをふかし始める。


「【アヤカシ】ねぇ...」


そう呟くとスマホを取り出し夏樹に【アヤカシ】とだけメールする。




運転中健二は冬樹の顔や服装などをチラチラと見ている、端から見ると夏樹も冬樹もまだ20歳ぐらいの若者だ、本当に信じて良いのだろうかと不安になる。


「若くて心配ですか」


急いで前を向き直す健二に問い掛ける


「事前に言った通り一旦警察に通報し霊能者詐欺グループが来ると伝えたんでしょう?身元は保証してくれたはずですが?」


冬樹が続けると前を向いたままの健二は焦って答える


「はい。警察も頼りにしている民間の協力者なので信頼と敬意を払って協力してもらう様にと県警の署長から折返しがありました。ホームページを見た時は半信半疑でしたが....」


クスリと笑う冬樹を愛想笑いで対応する健二、緊張がほぐれた所で冬樹が説明を始める。


「まず大前提として妖怪は存在します」


ギョッとする健二に淡々と話を続ける。


「妖怪と人間のは同じ世界、同じ地球に住んでいます。しかしその中で別々な空間に存在しています。世界は同じですが普通はお互い接触や干渉など不可能で例え同じ場所に立ってもお互い存在には気付きません」

「パラレルワールドや平行世界って聞いことがありますか?あれに近いですね同じ世界で違う存在が同じ時間を流れています」

「しかしごく稀に感情や怨念などの目に見えない物がぶつかり世界の境界が薄れる場所ができてしまいます。そこから違う世界の物迷い込みそれが俗に言う妖怪です。逆に人間が迷い込むと行方不明者となり昔は【神隠し】などと言われてきました。」


運転中に淡々と早口で言われたので全く理解できない健二は言葉も出ずに呆気にとられていた。しかし冬樹はそんなのお構いなしと続ける。


「妖怪と人間の世界では法則や文化、エネルギーなども全く違います。唯一共通するのが感情です。喜怒哀楽の表現こそ違いますが思想や感情は共通して嬉しい、悔しい、寂しい、楽しいと妖怪にもそれぞれの感情や性格がありそれを理解できる術も持つのが私達特殊な家柄の人間です」

「妖怪退治と聞くと妖怪と生死をかけた戦いをすると思われがちですが滅多なことではそんな危険な事はしません、何より力やエネルギーの法則が違いますので危険すぎます」


「ちょっと待ってください!倒してくれないんですか?」


慌てて健二はブレーキを踏み車を止める。それもそのはず今妖怪退治の専門家に戦わないと言われたのだ。急なブレーキで車体が揺れても冬樹は微動だにせず前を見たまま答える。


「退治とは基本的に【退かし】しりぞかし【治す】なおす」

「妖怪にはこの空間から退いてもらい世界の歪みを治す事が平和的で安全な道です。基本的には妖怪は純粋ですので誤解や過ちを治せば退いてくれます。一度退けばその教訓を活かし伝承などで後世に伝える事で危険を避けれます。最近ではその伝承などが後世に伝わりにくく、そして現代の文化では信じられず被害がでていますけど。神主が関わりたくないのは伝承を知っているが広められずにいたからでしょう。大丈夫ですよ本当の事情を話してくれれば退けれます。」


あっけにとられたままの健二はよくわからないままだったがその語りの流暢さに流されなんとなく頷き車を走らせる。

船着き場にポツンとある自動販売機の隣に車を止める。どうやら目的地に着いたようだ。車を降り財布を出し何か飲み物を買おうかと聞く手振りでゆっくりと車から降りる冬樹に近づくが必要ないと首を横に降る。冬樹は初めて会ったのはココですかと問う。


「恥ずかし話その晩妻と喧嘩しまして、居場所なんて家か船しかないので漁の仕込でもしようと港まで来ると自販機に女性がいまして最初は地元の酔っ払いかと思いましたが若い女性は大体都会に出ています、下心で近寄り声をかけ振り向くとその女性が物凄く魅力的に思えたのです」


降りるな否や話し始める、ここに来るまで誰にも言えない恥ずかしさと申し訳なさでたまりに溜まっていたのであろう感情を剥き出しにして泣き始める。


「一方的に話しかけていると何か言いたそうにこちらを誘う感じで歩き始めてついて行きました、その時腰に手を回し顔を近づけるとすぐにわかりました。」


「さっきと顔が違う」


「それどころか常に変わっている。それは魅力的な女性ばかりぐるぐると顔が変わり続け見た事あるような芸能人やアイドルの顔に、そしてその顔が妻の顔に変わった瞬間に怖くなり私は逃げ出しました....それからは初めに話した通りです」


話し終えるとシュンとなり座り込む健二。冬樹はその様子を見ながらも自販機に視線を変えると自販機の真下の地面にはコンクリートが円状に埋められている、その時メールが届き【アヤカシ】の文字を見た冬樹は合点がいったように小さく頷いた。返信はせず座り込んだままの健二の肩に手を置き大丈夫だから神社まで送ってほしいと伝える。




紙袋を抱えた夏樹が上機嫌で神社の階段を降りていると駐車場の車に寄りかかる冬樹に気づく。向こうはまだスマートフォンを見ているので気づいていない、遠くからリモコンキーでスライドドアを開けると少し驚き顔を上げる。紙袋を受け取ると中身は見ずともその重さから判断した。


「またこんなにもらって...」


空いた両手をポケットに入れ左右同時に紙に包まれた物を掲げる。


「お守りもくれたよ、お前上まで行くの嫌だろうから2つ。右と左どっちがいい?」


夏樹がニヤつき問うと半笑いで面倒くさそうに答える。


「何でもイイから1つは健二さんに渡しておこう。精神的に不安定でうるさかったから」


若干疲れ気味に車に乗り込むとお守りを2つとも渡される。中身を開けると学業成就と交通安全。ため息をついたら紙に包み直しポケットにしまう。


「嫌なら自分で選びに行けよ、何でもくれるぞ巫女さんの電話番号以外なら」


「冬が来ると嫌がるよ」


冬樹が答えるとつまらなそうな顔をして夏樹は車のエンジンをかけ走り出し情報の確認を始める。


「神主は一度退けばそこから引き継いでくれるって。終わったら電話しとくよ、アヤカシなら以前も退治したし基本的には大人しい妖怪だから今日終わらすって伝えた。健二は何かやらかしてたか?」


「いやその気にさせただけ。臆病な人で助かったよ、夜になったらあの家で交渉しよう、港でしてもいいけど海が近いともし暴れた時に厄介だし。あと報酬変えたから経費込みの50万で調整しといて」


夏樹はでかしたと言わんばかりに左手を伸ばしてハイタッチを求めるが冬樹はチラリと見ては無視をする。上げた手前引っ込めるわけにもいかず冬樹の肩を殴る。その直後カーナビの画面に電話の着信が知らせられる。発信者は【秋子】とでるが二人は目を合わせ小さく頷くとそのまま着信が終わるのを静かに待つ。




太陽が傾き始め部屋がオレンジ色になり始めると二人は車から塗料が入っているようなペール缶を2つだし赤と白に別れて部屋に模様や線を書き始める、黙々と書く冬樹、手帳見ながらやや苦戦気味に書く夏樹、健二とその奥さんは部屋の隅で見守る。汗を拭いながら這い、時には背伸びしながらの作業に何かできることは無いかと問い掛ける。


「いやこれも専門家じゃないとね。この塗料は専用の洗剤じゃないと落ちないから後で渡すよ、キレイに落ちるけど一応白い方には骨、赤い方には血がちょっとだけ含まれてるから気になるなら内装替えたほうがいいよ。」


夏樹が明るく答えると引き攣った顔の夫婦は立ちすくむ。冬樹はその姿を見て思い出したかのように健二に近づき御守を渡す。


「この中にはお守りが入っていますが絶対に開けないでください、お守りと包み紙でワンセットなので開けると効果がなくなります。儀式が始まると怖いと思いますが握っていると恐怖心をお守りが吸収してくれますので安心して下さい。」


吹き出しそうになる夏樹は顔を反らしてバレないように作業に戻る、二人はお守りを見つめてありがたがっていた。


「儀式は健二さん一人で受けて貰います。妖怪一人に大勢では相手に失礼ですし余計な心配したくないので、終わったら連絡いたしますので娘さんとどこか遠くに行かれてください。」


頷く奥さんは晩御飯の支度をしますと台所に下がって行った。ニヤリと健二を見ると真剣な顔で深々と頭を下げていた。それは不純な秘密を守ったのもあるが家族の安全に配慮した事によるほうが大きかった。




日が暮て辺りが静寂なると準備を終えて異様な内装になった部屋で説明を始める


「健二さんは部屋の中央で待機、アヤカシを待ち部屋に入れば私達が印を完成させて中に閉じ込めます。この部屋ならアヤカシと交渉できるので許してもらいあっちの世界に退いてもらいましょう。あと誠心誠意込めて本気で謝ってください。もしやましい気持ちや恐れが強いと相手が手を出してきますのでお気をつけて」


驚く事に慣れてきた健二はため息をついてわかりましたと言わんばかりにガックシと肩を落とし頷いた。それを見た冬樹は伝え方が悪かったかなと頭を掻く。夏樹は助け舟を出そうと健二の肩に手を回す。


「大丈夫だって!アヤカシなら以前にも退治したし前のときはめっちゃ怒ってたけど無理やり返したし、海じゃなきゃ殺される事は無いよ」


「海ならどうなるんですか?ってかアヤカシはどんな妖怪なんですか?死ぬんですか?」


焦る健二を見ていらない事をするなよと目で言い放つ冬樹に対して夏樹はふざけた顔でスマンすまんと手で合図する、ため息の後冬樹が説明を始める。


「そもそも妖怪とは大きなくくりでこっちの世界で言う動物と同意語です。動物の中でも人間や猫、犬、鳥など様々な種類がいるわけで妖怪の中でも様々な種類が存在してその1つがアヤカシです。アヤカシは数多く存在して日本中に逸話や伝承があり妖怪の中でも多い方です。どれも海やその近くでの話しが多い事から妖怪の世界では海に生息して陸に上がる時に人間の世界に迷い込むのでしょう。人には火の玉に見えたり女性に見えたり大蛇に見えたりと様々ですが恐怖心や欲望が見え方を変えるつまり【まやかし】なんです。直接触ったり声をかけると興味を持たれて海に連れて行こうとするので厳禁ですね。まぁ全部やらかしてこの状態ですけど」


呆然としている健二にもう喋り疲れて後は任せたと言わんばかりに夏樹を見て部屋の隅にある椅子に座ると夏樹が続ける。


「俺達の使える術は感情や思いを妖怪に略して伝える事ができる。【訳式】正しくは季節の四季の字で【訳四季】なんだけどどうでもいいよね。思いを無理やり略すからコッチは片言みたい聞こえるけど向こうには思いが正しく伝わるから心配しないでね。」


「さぁ長話は終わりにして真夜中になるまで最後の休憩にしよう」


無理矢理話を終わらせてあっけにとられたままの健二を置いてスタスタと部屋の済にある冬樹の隣の椅子にドサッと座ると小声で話す。


「大丈夫かあれ?」


立ち尽くす健二の方を半笑いで見て冬樹に問うが冬樹は少し笑顔で答える。


「アヤカシが奥さんの顔に見えたんだって。」


夏樹はニヤリと笑いタバコを吸い始める。暗い部屋は白い煙で充満して視界が悪くなる。





術を無事終え朝になり部屋の片付けをしていると奥さんと娘んが帰ってくる。健二は二人に抱きつきもう解決したと伝えると喜びすぐに手伝いますと袖まくり髪をまとめだす。すぐさま夏樹が駆け寄ってきて朝食の方をお願いしますと腹を抑えてお願いしている。その光景を優しい目で見る冬樹。奥さんは娘にスマートフォンを渡して邪魔にならない所で遊んで待っていてと伝えている、スマートフォンを両手で持ちトコトコと部屋の隅で座り込み何か楽しげな動画を見ている。冬樹はゆっくりと膝を曲げ近寄り同じ目線で話しかける。


「インターネットは得意なんだね。依頼が成就したお礼にお守りをプレゼント。ちゃんと袋から開けて使ってね」


少女が取り出すと【学業成就】のお守り。




一週間前


「どうしてこんなことに!」

「神主さんもダメだって。」

「霊能者なんかを探してみたけど連絡してもなだめられるだけだし」


途方に暮れる健二と奥さん。娘はは母親のスマートフォンを取り検索する。霊能者や除霊などの候補がでる検索窓に


「妖怪 退治 信頼できる」


そう打ち込むとホームページが現れる。


「日本列島妖怪退治」



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