第四章 キャンス王国と邪龍棲まう祠 15話
コブラは単身、キャンス王国城近くでボロ布で姿を隠しながら観察していた。
「みんなぁー! 朗報だ! 今日こそあのドラゴンを滅ぼせる! 皆手を貸せー!」
一人の男が叫んでいる声がする。コブラはその言葉に舌打ちをする。
アステリオスとロロンの喧嘩に水を差す野郎共が出てきてしまう事に、コブラは腹が立った。
キヨにも大体の状況は説明しているし、きっとアステリオスのために何かしてくれているだろう。コブラは自身が成すことに集中することにする。
騒ぎを聞きつけて、門番の男たちが雑談に矜持始めた。ドラゴンが討伐されることに興味はあるが、仕事の都合上動けないと行った様子だろう。だが、雑談に興じているなら隙だらけも一緒である。コブラは物陰で、正装に着替える。アステリオスに預かっていた金のあまりで購入した物だ。それを着て堂々と門番の前に行く。
「よっす」
「貴方は?」
「クラブ王に用があってね。オフィックス王国からドラゴン討伐の命で派遣されたモノだ。一度王との謁見もしている。コブラと言う者だ。通してくれねえか? 報告したいことがあってね」
門番たちは考えたが、先ほどから噂になっている今日こそドラゴンが討伐されると言う話と、この男が関係あると彼らはすぐに早合点をした。
「えぇ、良いでしょう。ですが、一応私も同行いたしましょう」
「そいつはありがたい。一度行ったときはまだ道を覚えていなかったので」
コブラは門番の一人に案内されて城の中へと入ってゆくそして門番とコブラだけになってすぐに門番を音もなく気絶させ、物陰に隠れさせた。
「さてっと。正義の騎士団長ごっこでも始めますかね」
コブラは腰につけていた十手を取り出して、自身の肩をとんとんと叩き、ふんぞり返っているであろうクラブ王の元を目指す――。
ミノタウロスの重さ故ではないであろう。一歩一歩が重い。この鎧は通用するのだろうか。自分の想いを彼女にぶつけることができるだろうか。
四日も待たせたのだ。彼女はもう自分を受け入れてはくれないかもしれない。
考えれば考えるほど、歩く足が重く感じる。
それでも歩みを止めてはいけない。止めるわけには行かない。一歩、一歩また進める。胸の中で心臓の鼓動がわかるくらい大きな音を立てて鎧の中で響く。
光が見える。まもなく彼女のいる場所に辿りつくのだ。
今頃、キヨは戦士たちを必死に引き留めてくれているだろうか。コブラがやろうとしていることってなんだろうか。
そんなことを考えて冷静になろうとしてもすぐにロロンの姿と、今の自分の感情にもみ消されてしまう。
広い空間に出た時、ロロンもアステリオスの気配を感じていたのか、互いに目が合う。ロロンは人の姿であった。
「お待ちしておりました」
「待たせてしまいました」
ロロンは悲しそうにアステリオスの鎧姿を見つめる。彼が自分と闘うために纏った姿。無邪気で、優しい少年が纏った闘う姿。
ロロンは心が苦しくなる。
「さぁ、喧嘩を始めましょう。僕は貴方がそこの宝を全て明け渡してくれるまでは辞めません。貴方がこの洞窟から、この国から出たいと思うまでやめません」
「なぜそこまでするのですか? 貴方は星巡りさえ達成できれば良いでしょう?」
「貴方の在り方を否定するためですよ」
ロロンは四日前から意見を変えないアステリオスに苛立ちを覚えた。
姿をドラゴンに変身させ、アステリオスに咆哮する。それでもアステリオスは動かない。
この鎧は固さを意識して作ったが、何よりも機動力が悪いのは、自分が逃げないためだ。
「私にどうしろというのですか!」
ロロンは炎を放つ。炎はもちろんアステリオスに直撃はしない。彼女はこの期に及んでもまだ、優しさを捨てきれずに攻撃が出来ないでいるのだ。
「その炎で僕を焼いてみろ! その程度受け止めることができないと思っているのか!?」
アステリオスはロロンを挑発した。なぜ彼はここまでするのかわからずロロンは眉を細める。
「ならお望み通り!」
炎をアステリオスに向かって放つ。ロロンはすぐに後悔した。やってしまった。これでは自分は、人を殺してしまう。本物の化け物に――。
「よし、炎対策は完璧だ」
ロロンは驚いた。目の前の鎧は火球を受けても、微動だにしていなかった。
ロロンは思わずほっとしてしまった。
「さぁ! 貴方の炎でも僕は焼かれないぞ!」
アステリオスはいまだに戸惑っているロロンを煽る。ロロンはその腕で、アステリオスのすぐ横の地面をえぐった。
それでもアステリオスは動かない。
彼はロロンの攻撃は全て牽制であると信じ、一歩ずつ進む。ロロンはゆっくりと近づくアステリオスに恐怖した。それでもいまだに踏み潰してしまうのではないかという恐怖に彼を踏みつけることが出来ない。
ロロンはアステリオスを振り払うことにした。前足でアステリオスを振り払い飛ばす。アステリオスは衝突した衝撃で地面を転がるも、すぐに立ち上がる。
「このように貴方の攻撃でも僕の鎧は傷つきませんよ」
すぐに立ち上がり、アステリオスはまだ歩みを始める。ロロンは何度も彼を弾き飛ばす。アステリオスはそれでも立ち上がり、自分に近づいてくる。
「だから! 貴方はなぜそこまでするのですか!」
ロロンは咆哮をしながら火球を放つ。戸惑っているからか、狙いが定まらずに、アステリオスに直撃する。それでも彼は歩みを止めない。
「貴方の意志を折るためですよ」
「だからどうしてそこまでするんですか!」
ロロンはアステリオスのすぐそばの地面を叩き割り、彼を威嚇する。それでも彼はひるまない。他の戦士たちとは違う。
アステリオスは言葉にするのを躊躇する。
「貴方をこの国から引きはがす」
「私はドラゴン! この土地を守る竜! ここ以外に居場所などない!」
ロロンは自分の「今」を壊しにかかるアステリオスを恐れた。肺に空気を一気に吸い込み、炎を放つ。
火球のような衝突すれば消滅するようなものではない。ブレス。炎を常時アステリオスに向けて放つ。
ロロンの目には涙が流れていた。ここまでドラゴンの力を暴力的に使ったのは初めてだ。
自分もこうして意志を揺さぶられれば簡単に化け物になるのだと言う現実。
――やはり私はここで化け物として生きてゆくしかない。
「炎対策は完璧です。貴方が僕の鎧を踏み潰さないことも信じている」
アステリオスは炎の中をそれでも歩み続ける。ロロンは炎を放つのをやめて大きく咆哮する。その音を聞いてもアステリオスは動じない。
「僕は貴方を恐れませんよ。貴方が優しい女性だとわかっていますから」
ロロンは前足で拳を作ってアステリオスのボディに殴りこむ。アステリオスはそれを身体全てで受け止める。
ここでブッ飛ばされるわけには行かない。彼女に伝えなければならない。自分ならば、自分ならば貴方を受け止めることが出来ると言う事実を――
殴り抜けても、アステリオスはロロンの前足にしがみつく。
ロロンはそれを鬱陶しがり、振り払おうと振り回す。足が地面を離れても、アステリオスは根性で彼女の前足にしがみつく。
「しつこいですよ!」
「僕は貴方をここから出すんだ」
ロロンはついに腕にしがみついたアステリオスを地面に叩きつける。
ロロンは怯えて、彼をすぐに話す。今度こそ殺してしまったかもしれないと血の気が引く。
「ど、どうですか……僕はここまでされても死なないですよ?」
流石に声が荒くなっている。鎧の中のアステリオスは疲弊しているのだろう。
「教えてください。貴方は何を考えているのですか?」
ロロンはアステリオスが死んでいないことに安堵すると同時に登っていた血が引いて、彼に冷静に問いかける。
「はぁ……はぁ……。僕なら、貴方が邪龍になっても貴方を倒せる。と言いたいんですよ」
もちろん。今すぐは無理だとアステリオスは心の中で笑う。この『ミノタウロス』はロロンのことを考え続けて、彼女がしてきそうな行動。しない行動を一生懸命考えて編み出した鎧だ。彼女の攻撃を喰らっても死なないことに特化している。
けれど――。それでよいのだ。
「貴方は僕のことを傷つけてもいい」
「…………」
想定していなかった言葉にロロンは呆然としてしまった。
傷つけても良い。この言葉に意味がわからなかった。
アステリオスは言葉を続ける。
「貴方が、邪龍になることを恐れるなら、僕は、貴方が邪龍になった時に貴方を滅ぼしましょう。そのためにカガクの力で邪龍を滅ぼした『ヘラクロス』にでもなってみせます。そうでなくても、貴方の強大な力で誰かを傷つけるかもしれないのなら、その傷を全て僕が請け負いましょう。大丈夫。この通り、僕は死なない」
息を荒立てながら、ふらふらとアステリオスは立ち上がる。
「ですから、なぜそこまでするのです」
「貴方の今の在り方を否定するため」
「それをして貴方になんの得があるのですか!?」
「…………」
アステリオスはまた言葉に迷う。この言葉だ。この言葉を言おうとすると鼓動がどんどん激しくなり、声が出せなくなる。でも、もう言い逃れはできない。適当な言葉で誤魔化すことが出来ない。アステリオスは大きく深呼吸をする。
「ふぅ……」
深呼吸して激しくなる鼓動を少しでも抑えようと努力する。
「ロロンさん」
「なんでしょうか」
アステリオスは一歩。また一歩ロロンに近づいて歩いてゆく。ロロンもここまでやっても諦めずに近づいてくるアステリオスの言葉が気になり、そんな彼の歩みを止めなかった。
「僕は、貴方の在り方を否定したい。この国のために、自らを犠牲にする生き方を否定したい。それは……貴方をこの国から引き離したいが故だ。そしてそれは……」
アステリオスの鼓動はさらに激しくなり、声が出なくなる。そんな緊張を振りほどくように何度も首を横に振るう。
「ふぅ。僕は、貴方と一緒にいたい。貴方と旅をしたい。僕は――」
ロロンは驚きで目を見開きふらふらと自分に近づいてくるアステリオスを見つめるしかなかった。
異形の姿となった自分に、この少年は何を言おうとしているのか。彼が言おうとしている言葉を彼女は推測した。
その言葉は、彼女がドーラと同じくドラゴンになった時に諦めた物だ。
「僕は貴方が欲しい。ドラゴンを倒した称号よりも、そこにある宝よりも、僕は貴方が欲しい。こんな国に貴方が縛られているのが許せないんだ」
アステリオスはロロンと触れ合えるまで近くに近づいた。ロロンは人間態になる。
アステリオスが身に纏っているミノタウロスの鎧のおかげで彼とロロンの目線は同じになっている。
「貴方は、私のことを好きになってしまったのですか?」
「はい。一目惚れです」
アステリオスは一度出てしまえば照れ臭かった感情が嘘のように躊躇なく言葉に出来た。
あまりにまっすぐな言葉にロロンは少し戸惑う。
「私は見て頂いた通り、ドラゴンですよ?」
「はい。カッコイイじゃないですか。ドラゴン」
「このように背も高く可愛げのない」
「それは先日伝えました。僕の国では背の高い女性の方が美しいとされています。僕もそう思います」
「身体中傷だらけですよ?」
「僕も身体中火傷だらけですよ」
アステリオスは自分の手の平を見せた。カラクリを作るために熱した鉄に触れてしまった時や、料理で油が跳ねた時につく火傷跡で皮膚が少し硬くなっている。
「その傷は貴方の優しさの証拠です」
「しかし、私にはこの国でこの王族の祠を守る使命が――」
「その王族が貴方を倒した者に与えると言っているんです。僕が貴方に勝てば、それは僕の物だ」
「勝てるんですか?」
「僕の手をとっていただければ」
アステリオスは必死に冷静を気取りながら彼女に手を差し伸べる。ロロンはその手を取るかいまだに戸惑っている。
やはり怖いのだ。800年続けてきた現状を壊すと言うのは――。
その時だった。アステリオスが彼女の手を無理やり掴んだ。
「さぁ、嫌なら振りほどいてください」
アステリオスは内心震えていた。強がって見せているが、ここで彼女に否定されてしまえば、この喧嘩は自分の敗北だ。
「僕もタウラスで一人、孤独に生きていました。そこにコブラたちがやってきて、みんなに僕がどういう人間か伝える機会がありました。そして僕はこの外の世界にいます。そこで、貴方に出会えた。貴方と一緒に僕は外の世界に行けたらもっと楽しいと思いました。ロロンさんはどうですか?」
ロロンはすぐにアステリオスの手を振りほどけなかった。揺れ動いていた。ここで自分は勝手なことをしてよいのか。
思い出したのは30年前の少女との話だった。そして考える。アステリオスの言う通り、自分と彼らが一緒にこの国の外に出て、旅をするのは、自分が30年前にやってきたヤクモさまたちのように仲良く旅が出来ればきっと楽しいだろう――。
それが自分を愛してくれる少年と一緒ならばなおの事。
次に考えたのは、ドーラのことだった。
ドーラは、ロロンの幸せを祈っていた。しかし彼女は、周りの幸せを優先してしまった。
いいのだろうか。自分の好きにしても――。
アステリオスはロロンが揺れているのがわかった。さらに彼女を後押しするように言葉を放つ。
「ロロンさん。恐らくですが、貴方が邪龍とならず、そしてドラゴンのままならば、新たな守護竜を作られることはないと思われます」
「どうしてでしょうか?」
「もし、それが可能なのであれば、ドラゴンを複数用意した方が祠を守る力は上がるはずです。反逆を恐れるなら、それこそドラゴンなんて一体でも生み出さない。なら、貴方がドラゴンである限り、この国に新たなドラゴンは生まれませんよ」
「なるほど……」
「それに、少し暴力的ですが、いい方法があります。これなら、貴方を犠牲にして稼いでいたキャンス王国にも金周りがよくなるのではないでしょうか?」
ロロンは首を傾げた。
アステリオスはその内容を話す。そのあまりにも滅茶苦茶な話にロロンはケラケラと笑ってしまった。その間も、二人は手を結んだままであった――。
「どうでしょうか? 僕なりに考えた。貴方が一番幸せになれる方法なのですが――」
緊張しながら様子を伺うアステリオスに対してロロンはまだ笑いが収まらずに笑い声が洞窟内に響く。
笑い終えた時、いまだにアステリオスの手を振りほどいていない自分に気付いた。
最初から気持ちがもうここにはなかったのだ。恐れていただけだ。特に道もなく、自分のこの最悪な現状を変える度胸がなかっただけだ。
繋いだ手を見つめていると数日前にアステリオスとクラメルの花畑で出会ったことを思い出した。ドーラと自分だけの宝物だったクラメルの香りを好きと言ってくれた男の子。
優しくも強い男の子。自分に道を示してくれる男の子。
この子と、この子が愛した者たちと歩む日々はどれほど素晴らしいことだろう。きっと自分は彼らよりも長く生きてしまう。彼らは自分を置いて死んでゆくだろう。
それでも、きっと彼らと旅をする日々は、この800年の中では少しはマシなものになるのではないか。
そのようなことばかりが頭の中を駆け巡る。否定したいけれど、アステリオスが言った通りにしたい自分が存在していることを受け入れざるを得なかった。
この国を出て、彼らと一緒に旅をしてみたいと気持ちが溢れてしまっている。
「……どうやら、この喧嘩は、私の負けのようですね」
ロロンは微笑み、アステリオスはその微笑みを見て恥ずかしくて俯いてしまった。
「それでは、貴方の滅茶苦茶な作戦を実行しましょうか」
アステリオスはミノタウロスの鎧を脱ぎすて、ロロンはドラゴン態へと姿を変えた――。




