第三話 目立つことだけは避けたい
「ここが、この世界で最大の都市!王都ディアコニアよ!」
城の正門に出た俺に、リリーナはまるで自分のことのように誇らしげに語る。
四方を巨大な城壁で囲まれた中に、大小様々な建物がまるで碁盤のように整然と立ち並んでいる。城の正門から続く大通りの側には様々な店が軒を連ね、そこを忙しなく多くの人々が行き交う様は、まさに新宿のラッシュ時のそれといった様子であった。
「って、あまり驚かないのね」
リリーナが意外そうな顔をする。
「まあ、俺が元の世界で住んでた場所も似たようなモンでしたから」
俺は苦笑を浮かべながら言った。
「勇者の住む世界では、人々は天へと立ち上る無数の柱の中で生活している、という伝承を聞いたことがある。レイ、それは本当なのか」
リリーナの隣で魔道書を読んでいたカミラが俺に尋ねる。
「そんな仰々しいもんじゃないですけど…まあ、端的に表すならそんな感じかな。都市部だけの話ですけど」
「ほう…興味深い」
彼女は目を輝かせた。
そんな中、俺の頭に一つの疑問が浮かぶ。
カミラの言う「勇者の住む世界」の伝承は、果たしてどこから発生したものなのだろうか。単なる神話の類なのか、それとも…
「カミラさん…もしかして、俺以外にも異世界から召喚された人っているんですか」
俺は頭の中にぐるぐると渦巻くその疑問を、カミラにぶつけてみる。
「600年前に一人が勇者として召喚されたと言う記録がある。つまり君で二人目だ」
魔道書に視線を向けたまま、カミラは言った。
「ってことは、その頃から魔王はいたってことっすか」
「ああ、確かにその頃から魔王は存在していた。先代の勇者の手によって一度倒されたはずなのだが、今になってまた復活した、という訳だ。その理由については様々な仮説が立てられているが、未だ答えは出ていない。それどころか、誕生から6世紀経った今でも、魔王の正体すらはっきりわかっていない」
「そうだったんですか…」
どうやら事態は、俺の想像以上にややこしいことになっているようだ。
「でも行ってみたいわね、レイの住んでいた世界。きっと、私たちには想像もつかないような光景が広がっているんでしょうね。…ってアリシア、どうかしたの?」
アリシアの異常なオーラに気づいたのか、リリーナが問いかける。
「……」
アリシアは黙って俯いたままだ。
「もしかして、まだムクれてんの!?しつこいわねぇ〜、あんたって水の精の生まれだったっけ」
「ち、違いますよ!何度も言いますけど私は森の精の生まれです」
アリシアは不服そうに言う。
「えっと…さっきから言ってる、水の精とか森の精とかって何のことですか?」
俺はリリーナに尋ねる。
「あ、教えてなかったわね。この世界では生まれた月によって、火の精、水の精、森の精という3つの生まれに分けられるの。1・4・7・10月は火の精、2・5・8・11月は水の精、3・6・9・12月は森の精、って感じでね。火の精の生まれは気まぐれでおおらか、水の精は生真面目で頑固、森の精は好奇心旺盛で独創的って言われてるわ」
「へぇ〜。やっぱどの世界にもあるんすね、そういう迷信って」
「ちょっとレイ、なによ迷信って」
リリーナが急に真面目な顔になる。
「え、いきなりどうしたんすか、リリーナさん」
彼女の反応に俺が戸惑っていると、カミラが横から補足する。
「『生まれ』の概念は、この世界で広く信仰されている、精霊学を基にしている。特にエルフ族にはその生活様式から熱心な信者が多く、リリーナもその一人だ。発言には気を付けた方が良い」
「そうだったんすね…すいません、リリーナさん」
俺は頭を下げる。
「こっちこそごめんね、つい本気にしちゃって…さて、こんなところで駄弁ってても始まらないわ!そういえばレイ、お金は持ってるの?」
「はい、王様に5000ゴールド貰ったので」
「それだけあれば十分ね。さあ、行きましょう!」
そう言うと、彼女は階段を駆け下りて行った。
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「あの〜…」
大通りを歩きながら、俺は隣のリリーナに言う。
「?どした?」
「めっちゃ見られてる気がするんすけど…」
周囲を行き交う人々の多くが、こちらをジロジロと見ながら通り過ぎていく。
一人一人の視線が痛い。人に見られることが何よりも嫌いな俺にとって、この状況は苦痛でしかなかった。
「う〜ん…やっぱりその服装じゃ目立つわよね…」
彼女は俺を見ながら言う。
剣と魔法のファンタジー世界で、ポリエステル100%の黒ジャージを着た男はやはり異質なようだ。
突然、何か思いついたようにリリーナが手を叩く。
「そうだ、今から新しいレイの服を買いに行きましょう!それでいいでしょう?」
確かに、この世界における一般的な服装に着替えた方がより目立ちにくくなるだろう。
「俺は良いですけど…みんなはどうなんすか」
「私は一向に構わん」
と、カミラ。
「…私も大丈夫です」
アリシアは仏頂面のままで言った。
「よし、決まりね!早速行きましょうか!」
そう言うと、リリーナは少し先にある大通り沿いの建物へと入っていく。
後を追って中に入った俺は、驚愕した。
入り口から目立つところには、この店の主力と思われる商品が洋服立てでディスプレイされ、周囲にはハンガーにかけられた服が整然と並ぶその内装は、まさに元の世界における洋服店そのものだった。
「どうしたの、レイ」
「いやあ、あんまりにもそのまんまだったから、驚いちゃって」
リリーナは俺の言葉の意味を理解できていない様子で首をかしげる。
「?…まいっか、じゃあ服を選びましょうか」
彼女がそう言うと、カミラが早速両手に幾つかの服を持ってくる。
「リリーナ、こんなのはどうだ」
「そうねぇ…レイ、そこに試着室があるから、着替えてみて」
リリーナが、カーテンのかけられた木製の大きな箱を指差して言った。
「は、はい…」
カミラが持って来た服装に着替え、試着室を出ると、カーテンの前に立っていたリリーナが微妙そうな顔をする。
「なんかちょっと違うわねぇ…そうだ、こんなのはどう?」
「…こんな感じっすか」
「う〜ん、派手さが足りないわ…」
「リリーナ、これは?」
「あ、それいいわね!レイ、着てみて」
「はあ、こんなの着るんすか!?嫌っすよ!」
「ほら、つべこべ言わずに早く!」
「ちょ、ちょっと待って…」
……
「何なんすか、これ」
原色の赤と青で綺麗に二分されたシャツと、裾に向かって大きく広がっているズボン。頭にかぶった帽子には、鳥の羽根をあしらった装飾が付けられていた。
「うむ、悪くないぞレイ」
「大丈夫、似合ってる似合ってる…ふふっ」
試着室から出て来た俺の姿を見て、リリーナとカミラはさぞ満足そうに笑う。
「ちょっと二人とも、何笑って…」
「ねえちょっと見てよアリシア」
リリーナに呼ばれて、奥の方にいたアリシアがこちらを振り向く。
「みなさん、まだそんなことやって…ぷっ」
彼女は慌てて顔を背ける。
「アリシアさん、今笑いましたね」
俺が言うと、彼女は顔を真っ赤にして猛抗議する。
「そ、そんなわけないでしょ!それにそんなくだらないこと、いつまでやってるんですか!」
俺はここぞとばかりに彼女の言葉に便乗する。
「アリシアさんの言う通りですよ、カミラさん、それにリリーナさん!だからもっと普通の服を…」
「合計2250ゴールドになります」
「あ、は〜い」
視線の先には、店員に代金を支払うリリーナの姿があった。
「ちょっとリリーナさん、何やってんすか!?」
「大丈夫、私がお金出してあげるから」
「あ、ありがとうございます…って、そういう問題じゃないですよ!こんな格好で街に出られる訳ないじゃないですか!」
「さて、用事は済んだし、早く行きましょうか!」
俺の言葉を華麗にスルーすると、リリーナたちは店から出て行く。
「ちょっと待ってくださいよ〜!」
彼女たちの後を追って、俺も店を飛び出した。