第一話 何が何でも勇者にはなりたくない
見切り発車で書き始めた小説なので、細かい設定とかは気にせずテキトーに読んで頂ければ幸いです。
「特別」な人生なんて、望んでいなかった。
朝起きて、学校に行って、家に帰ってゲームして、寝る。将来的には会社員とか安定した職業に就いて、適当に結婚とかもして、毎日なんとな〜く過ごしていけたらなぁと、この俺、堂本玲はそう考えていた。
しかし、そんな平凡かつ平和な日々すらも、終わりを告げようとしていた。
迫り来る5tトラックのヘッドライト。
俺は避けようと試みるが、何やら身体が重くて動かせない。
よくよく考えてみると、トラックのスピードもやたら遅いし、周囲の人々の動きも鈍重である。
交通事故の経験者の話で、車と衝突する直前にスローモーションになるとか聞いたことがあるが、俺はどうやらその真っ只中にいるようだ。
死にたくない。そんな心の叫びも虚しく、死へのリミットがどんどん近づいてくる。
眩い2つの光の玉が大きくなるに連れ、俺の頭には幼き日の思い出が次々と浮かんできた。
16年前、主婦の母と会社員の父の間に俺は生まれた。
その後は特に語るような大きな事件もないまますくすくと成長し、小学校に入学。その頃からアウトドアなタイプじゃなかったから、よく友達の家で集まってゲームをしたりしてたっけ。
中学生になってからは直接顔を合わせてゲームをする機会は少なくなったけど、その代わりによくオンラインゲーム上で待ち合わせて一緒にクエストに行ったりした。
そんなこんなで高校に進学。入学後初めての期末考査で学年全160人中80位という奇跡的成績を叩き出し、クラスメイトにしばらくいじられた。
そんな、平和で平凡な日常がこれから先もずっと続くと思った矢先の高校2年の夏休み、ジ◯ンプを買いに自宅近くのコンビニに行こうとしたその道中で交通事故に巻き込まれ…
…ってこれ、走馬灯じゃん。
そう思った瞬間、全身に響く鈍い衝撃とともに俺の意識はプッツリと途絶えた。
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「…おお!やっと、やっと成功しましたぞ!」
「やったか!おお、これが勇者の姿か…」
気がつくと、俺は神官服(?)に身を包んだ男たちに囲まれて立っていた。
「あれ?俺、死んだんじゃ…」
意味もなく身体を動かしてみたり、全身を触ってみたりする。
「どこも痛くない…」
トラックに轢かれた直後とは思えないほど俺の身体は軽く、目立つような怪我もどこにもない。それに、着用しているジャージのどこにも破れている箇所はなかった。
「勇者様!」
神官服の男たちの中で最も年長と思われる老人が一歩前に出る。
「?…あ俺っすか」
「あなた以外誰がいるというのです!さあさあ、こちらに!王様がお待ちです」
待て、今どういう状況だ?全く思考が追いつかない。
神官服の老人に腕を引っ張られながら、俺は色々と思考を巡らせる。
…てか、似たようなシチュエーションどっかで見たような…。
「王様!勇者様をお連れして参りました!」
「おお、遂に来たか!待っておったぞ、勇者よ!」
気がつくと、俺は巨大なホールのような部屋に連れて来られていた。
大理石っぽい床の中央部には赤いカーペットが真っ直ぐ前に向かって伸びており、その突き当たりには、マントを羽織り、冠を被った人物が、細やかな装飾が施された椅子に座っていた。
「さあ、勇者よ!仲間とともに魔王討伐の旅へと出立するの…」
「あっ、そうだ!思い出した!」
俺は突然の閃きに声をあげる。
「ど、どうしたのだ、勇者よ」
「これあれだ!異世界転移だ!」
「…は?」
その場の全員がキョトンとした目を向ける。
トラックに轢かれて意識が途絶え、目覚めたらそこは剣と魔法のファンタジー世界。王様にその才能を見出され、仲間と共に魔王討伐の旅へと…
まさに異世界モノのそれである。
これほどまでにないテンプレである。
そうと分かれば話は早い。
「あの、勇者よ、何を言って…」
「王様、もしかしたらいきなりの召喚でまだ混乱されているのかも知れません。今の状況を説明して差し上げた方がよいかと…」
神官服の老人が王にそう告げる。
「…そうか、分かった。オホン…よく聞け、勇者よ!今この世界は、滅亡の危機にある!闇の力を司る魔王が、世界を闇で覆い尽くさんとしているのだ!今まで多くの者を魔王討伐の旅へと向かわせたが、誰一人として吉報を持ち帰って来た者はいない…。そこで我々は、勇者を召喚する儀式を執り行った。その結果、現れたのがそなたという訳だ!さあ、理解したならさっさと魔王討伐の旅へと向かうのだ!」
「あのぉ…王様、お気持ちは嬉しいのですが…」
俺は、できる限り申し訳なさそうな顔を取り繕う。
「?どうかしたのか?何でもいいたまえ」
「…今回はお断りさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「ん?何を?」
王は俺に尋ねる。
「いや、その…魔王討伐の旅とかいうやつです、はい」
沈黙。
王は驚いたようすでしばらく口をあんぐりと開けていたが、何かを思い出したのか手を叩く。
「…あ!そうだそうだ!『あれ』を見せてやるのを忘れておったわ!勇者よ、こっちに来るのだ!」
「は、はあ…」
王とその臣下たちに連れられ、俺がやってきたのはいかにも重厚な扉の前。兵士が扉を押し開けると、そこには金ピカの鎧や宝石で装飾された剣、その他金銀財宝の数々が保管されていた。
「これは、我が王家に伝わる国宝の一部である。魔王討伐が成功した暁には、これを全て!お前に!くれてやろう!」
「あの…王様…」
「まだ何かあるのか?」
「違うんです」
王は怪訝そうな顔で首をかしげる。
「…あ、まだ足りぬと申すか!お主も欲張りよのぉ〜。いいだろう、お主が望むもの、権力だろうが美しい伴侶だろうが、なんでもお主に…」
「そういうことじゃなくて!」
突然の大声に、王は驚いた様子を見せる。
「…いきなり大声など出しおって、どうしたのじゃ」
「俺は…俺は…」
拳を固く握り締め、自分のありのままの思いを打ち明けることを決意する。
「俺は!どれだけ金を積まれても!どれだけかわいい女の子を連れて来たとしても!勇者になるつもりは、確実に、徹底的にありません!」
「はあ!?」
その場の全員が驚きの声をあげる。
「ゆ、勇者よ、ど、どういうことじゃ!?」
王は、たどたどしい口調で俺に尋ねる。
「魔王を倒しに行くってことは、魔王と戦う必要があるんですよね!?」
「まあ、いずれそうなるじゃろうな。で、それがどうかしたのか?」
「『どうかしたのか』じゃないですよ!もし戦いに負けたら俺はどうなるんですか!?」
「まあ、死ぬじゃろうな…でもお主の力を持ってすれば魔王など…」
「ふざけないで下さい!アンタは一体どれだけの勇者たちがゾーマの前に倒れたと思ってるんだ!それでなくとも元の世界でいっぺん死んだというのに!俺は無理です。死ぬのだけは死んでもゴメンです!」
俺は必死に自分の生への執着心を主張する。
「ローランド、こいつ…本当に勇者か?」
「儀式は不足なく執り行われたはずなのですが…」
ローランドと呼ばれた神官服の老人は、王に何やら耳打ちする。
「じゃあ一体、お主は何を望むのだ?幾ら何でも全く欲望を持たないわけではあるまい」
「人並みの生活です!だからほっといて下さい!」
「ええ…」
神官服の男たちは一斉にため息をつく。
「で、でもさぁ、魔王倒せるのお主しかおらんのじゃぞ?ほらさ、こうしてる間にも、魔王の軍勢はどんどんどんどん力を増して…」
「そんなことは俺には関係ありません!他を当たって下さい!」
俺がそう言うと、王は先程までの温厚さからは考えられないような大声で怒鳴り始める。
「もういい!もお王様キレた!お主、次勇者になることを拒否してみろ!牢屋にぶち込んで、一生陽の目を見られないようにしてやるわい!後から喚いても遅いぞ!さあ、勇者か一生牢屋暮らしか、さっさと選べ!」
王がそう言うと、槍を持った兵士たちが俺へとにじり寄ってくる。
「ぐっ…」
究極の選択に、俺は思いがけず声を漏らす。
「はい5!」
王が俺の決断を急かす。
「4!」
勇者になれば、魔物との戦闘の中で命を落とすリスクが付きまとう。それに、魔王を倒すために世界中を旅して回らなければならない。
「3!」
牢屋に入れば、俺が死ぬことはないだろう。看守たちが守ってくれるし、飯も毎日食べられる。だが、先程王が言ったように、俺が一生太陽の光を浴びることはなくなる。
「2!」
死のリスクか、湿気っぽい日陰での生活か。
まさに究極の選択である。
どちらにしろ、人生最大の目標である「人並みの人生」は失われると考えていいだろう。
「1!」
だとすれば、答えは一つだ。
「…わかりました。やりますよ、勇者」
深い敗北感を噛み締めながら、俺はそう言った。
「よっしゃああああああ!ついに!ついに成し遂げたぞおおおおお!」
王がさぞかし嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。
「流石です、王様!」
俺を除いたその場の全員が、王に賞賛の拍手を送った。
「そうと決まれば、だ。勇者よ、早速…」
「ただし!二つほど条件があります」
「…しつこいなあ〜。なんじゃ、やっぱり勇者辞めたいとかそう言う要望なら効かんぞ」
王は面倒くさそうに頭をポリポリとかく。
「まず一つ目。俺を守ってくれる屈強な仲間を連れてきて下さい」
「守られる側の勇者とか聞いたことないわ。…まあいいじゃろう、あと一つはなんじゃ」
呆れた様子で王は俺に問う。
「二つ目の条件…。魔王討伐が終わったら、俺に一切関わらないで頂きたい!」
人並みの生活、人並みの幸せ。やはり俺にはそれを諦めることはできない。
だからせめて、「勇者の責務」を果たした後には、それが保証されても良いのではないか。俺はそう思ったのだ。
だが、何を勘違いしたのか、その言葉を聞いた王は突然瞳を潤ませる。
「別にそこまで言わなくても…なあローランド、わしって…わしってそんなに嫌な人間か?」
「いいえ、王様は最高の君主です!ただちょっと相手が悪かっただけですから!だから、どうか泣かないで下さい!」
ついに泣き出した王を、神官服の老人が必死に慰める。
その姿を尻目に、俺はこれから始まる冒険の日々に想いを馳せる。
強大な魔物を仲間と協力して倒したり、困っている人を助けたり、伝説の武器を求めてあちこち探し回ったり…
「やっぱり俺には合わねえや…」
そう独り呟き、この先待ち受ける未来に深い絶望を覚える俺なのであった。
不定期で更新致します。