最終話・希望を信じて
軍用無線施設内――
「これで終わりだッ!」
俺のマグナムが火を吹き、無線施設を支配するボスの頭を粉砕する。巨大な身体が後ろ向きに倒れ込み、一瞬の地響きを起こした。
「くはぁ~、しんどかったぜ」
膝に手を着きながら、Jが大きく息を吐く。
「休んでる暇はないぞ。無線で連絡しないと」
それが、クリアへの第一歩となるのだ。
「連絡してから爆弾が落ちるまでの時間は?」
「二時間だよ。敵との戦闘を考えても、余裕はあるね」
確かに、それだけあれば何とかなるだろう。俺は少し心が軽くなるのを感じながら、無線機が置いてある部屋へと入った。
「ハック、頼む」
「オッケー」
俺の言葉に頷くと、ハックが慣れた手付きで無線機を操作し、首都への連絡を済ませる。これの直後、二時間の制限時間が発生するのだ。
しかし――
『――これより滅菌作戦を実行する。爆弾の投下は一時間後だ』
「なっ……!」
俺達は揃って驚愕の声を上げた。
「おい、話が違うじゃねえかッ!」
「侵入者の仕業か……」
恐らく間違いない。詰めの部分で最悪の嫌がらせをしてくれるものだ。
「ど、どうするの?」
「嘆いてる暇はない。とにかく出るぞッ!」
そう言うと、俺は他のメンバーを伴って無線施設から飛び出た。
「ヘリのあるビルは?」
「ここから南東だよッ」
「よし、走るぞッ」
「あっ、ちょっと待ってッ!」
駆け出そうとした俺達を止めると、ハックは施設の裏側に走っていった。何事だろうと首を捻っていると、軍用車に乗ったハックが現れた。
「さあ、早く乗ってッ」
「でかしたぜ、ハック!」
Jの賛辞に同意しつつ、俺はハックに代わり運転席へと乗り込んだ。目指すは全てを終わらせるゴールだ。
「兄弟、飛ばせッ!」
「おう、しっかり掴まってろよッ!」
言いながら、俺はアクセルを踏み込んだ。今は一分一秒も無駄には出来ない。
「あと何分だッ?」
「五十分ッ。急いでッ」
レイカの言葉に、俺は更にアクセルを踏み込む。身体がシートに押し付けられる加速感を頼もしく思いながら、俺は目的地を目指した。
「見えてきたよッ!」
ハックが前方を指差す。確かに、そこには目指していたビルが存在していた。
それを確認した俺は、アクセルを緩めずに突っ込む。そして、ビルが眼前まで迫ったところでスピンターンを決め、車を急停止させた。
「ここで最後だ。弾切れも体力も気にしないで突っ走るぞッ!」
そう言うと、俺は破壊されている入り口を潜り、奥の非常階段へ向かう。ここから十階まで上ると、屋上へ続くドアがあるらしいのだ。
「気を付けてッ。階段にもゾンビがいるよッ」
その言葉通り、踊り場を中心にゾンビ達が集まっていた。しかし、勢い込んでいる俺とJは、臆することなく切り込んでいった。
「ハアッ……ハアッ……!」
切れる息を無理矢理に無視し、敵を屠りながら上り続ける。そして、心臓が破裂するのではないかと思った時、俺達は屋上に続くドアへと辿り着いた。俺は勢いのままにノブへと手を伸ばし、そのまま一気に引き開ける。
「ヘリだッ……!」
救いに繋がる唯一の道。それを目にした瞬間、俺達は一様に笑みを浮かべた。
だが、その刹那――
『ドオオオオオオオンッ!』
予想外の轟音。
そして爆風。
熱を伴ったソレが、俺達の頬を焼いていく。
一瞬、何が起きているのか分からなかった。しかし、粉々に崩れ去っていくヘリコプターの姿が、認めたくない現実を理解させられる。
「どうなってるの……?」
レイカが呆然としながら呟く。だが、その問いに答えられる情報を俺は持っていなかった。
「あっ……あれを見てッ!」
ハックの言葉に、俺は彼が指差した隣のビルの屋上に視線を向ける。そこには、俺達を苦しめた兵士ゾンビが立っていた。ロケットランチャーを手にして。
「冗談じゃないぞ……」
あんな物を持っているヤツがいたら、ヘリコプターでの脱出なんて不可能に決まってる。ここからのクリアなんて出来るはずがない。
「兄弟……」
「……とりあえず戻ろう。あんな物で攻撃されたら堪ったもんじゃない」
そう言うと、絶望から緩慢になってしまう動きで踊り場に戻った。
「…………」
無言のまま項垂れる。目の前にあったゴールが、いきなり消えてしまったのだ。平然としていられるわけがない。
「ねえ、どうするの……?」
救いを求めるようなレイカの声。それに対し、俺は強引に頭を働かせる。
他の場所に行く――それが妥当な案だ。しかし、そこでも先程のようなことがないとは言い切れない。
そうなると、船や車を使っての脱出も不安が残る。制限時間がある現状では、確実にクリアできる道しか選べないのだ。
(他に残った方法は――バグを使った脱出だけか……)
別の意味で不安が残るルートだ。クリアできるかどうかも怪しいのだから。
が、その時――
『さっき思ったんだ。侵入者の全員が、ゲームに詳しいわけじゃないんじゃないかって』
病院に辿り着いた際のハックのセリフが脳裏を過る。
もし……もし、この仮説が正しいとしたら、バグを使ったクリアなど想定していないのではないだろうか。そうであれば、ノーマークのルートからクリアできることになる。
(賭けてみるか……?)
自分に問い掛けるが、すでに答えは決まっていた。静かに死を待つ気がないのなら、どれだけ可能性が低くても行動を起こすしかないのだ。
「……みんな、行こう」
いきなり覇気を取り戻した俺に、全員が怪訝な表情を向ける。
「行くって、どこに?」
「中央部のカー・ショップ。その後で東の橋に向かう」
「まさか……」
「ああ、バグを使ってクリアする」
俺の言葉に、三人が驚きの表情を浮かべる。
「――、本気なの?」
「もちろんさ。可能性が残っているのは、この方法しかない」
そう言うと、俺は自分の考えをレイカ達に伝えた。
「なるほどな……確かに、知らねえ可能性もあるな」
「うん。試したプレイヤーも、ほとんどいないみたいだし」
「希望はあるってことだね」
全員の顔に、生彩が戻ってくる。
「行くか?」
俺の問いに、三人は顔を見合わせる。そして、大した時間も掛けず、頷き返してみせた。
「よし、行くぞッ!」
気合いを入れると、俺は先頭に立って階段を駆け降りた。
「ハック、残り時間は?」
「三十分。かなりギリギリだよッ」
戦闘を含め、最短で物事を終わらせなければならないということだ。俺は強い焦りを抱きながら、外に停めてあった車に乗り込んだ。
「車両運搬車は? すぐに見付かるのか?」
「橋の対面の駐車場に停めてあるよ」
場所が分かってるのは有難い。それでもギリギリではあるが。
なので、俺は思い切りアクセルを踏み込んだ。誰かが走ってるわけでもない公道だ。遠慮など無用だろう。
「少し荒くいくぞ。しっかり掴まってろよッ」
そう告げると、俺は勢い良くハンドルを切る。タイヤと地面が擦れる甲高い音が、無人の街に響き渡った。
「リアルなら一発で免停だな」
「かもな」
Jの軽口に答えながらも、俺は運転に集中する。その甲斐あってか、十分ほどで目的のカー・ショップが見えてきた。
だが――
「クソッ、またかよッ!」
前方に待ち構える兵士ゾンビ。その手にはロケットランチャーが握られていた。
「飛び降りろッ!」
兵士ゾンビが射撃の構えに入ったのを見て、俺は声を張り上げた。スピードの出ている車からダイブするのは勇気がいるが、誰も躊躇しなかった。
『ーーーーーーーッ!!!』
俺達が飛び降りた直後、車が爆音を立てて燃え上がる。しかし、幸運なことに止まることはなく、炎を上げながらゾンビの群れに突っ込んでいった。
「みんな、無事かッ?」
問い掛けながら辺りを見渡すと、全員が顔を苦痛に歪めていたが、すぐに立ち上がった。
「兄弟、チャンスだぜッ」
Jの言葉に俺は頷いた。炎上した車の突進で、ゾンビの群れが分散しているのだ。
「ハック、鍵の場所はッ?」
「分かるよ。取ってくるから援護をお願いッ」
そう言うと、ハックは事務所に向かって走り出した。俺達は、彼を追い掛けるようにしながら、迫り来るゾンビを倒していった。
「ハック、急げッ!」
「ちょっと待ってッ! ええっと……あった!」
ハックが鍵を手に戻ってくる。それを受け取ると、俺は駐車スペースに一台だけ停められている四駆車に向かった。
「よしッ。みんな、乗り込め!」
俺の指示に、全員が車に飛び乗る。それを確認すると、俺はアクセルを踏み込んで急発進させた。
「残り時間は?」
「12分だね」
かなりギリギリだ。俺は事故らないように気を付けながらも、出来る限りスピードを出した。
そうして走ること五分。俺達は橋が見えるところまでやって来た。
「停めてッ。運搬車を取ってくるッ」
ハックの言葉に車を停めると、彼は飛び降りて駐車場に向かった。
「援護してくる。兄弟達は待機しててくれ」
Jがハックを追い掛け、運搬車に乗り込もうとする彼をショットガンで援護する。それを見守りながら運搬車の停止位置付近に車を停めると、ハックも運転を開始した。
小回りが利かない車でありながら、ハックは器用に理想の位置へと運搬車を停める。それを見届けたJが俺達の四駆車に飛び乗ると、ハックも続けて乗り込んだ。
全員が揃ったのを確認し、俺は車を全速力でバックさせる。そして、十分に距離を取ると、迷わずアクセルを踏み込んだ。
徐々に上がっていくスピードメーターに合わせ、俺の鼓動も早くなる。様々な思いが脳裏に過り、身体が強張っていくのが分かった。
「お願いッ……!」
レイカが目を瞑り、無事の生還を祈る。
それは、みんなが違わず思うこと。今までの努力の最終目標。心の底で信じる最後の希望だった。
(必ず生きて帰るッ……!)
俺達の強い思いを受け止めて、車が希望と絶望の狭間に飛び込んだ。
眩しい――最初に思ったのは、そんなことだった。
瞼を閉じていても尚、突き抜けてくる強い明かり。その正体を確かめるため、俺は静かに目を開けた。
瞬間、照明の人工的な光が俺の網膜を貫く。それでも眩しさを堪えて辺りを見回すと、急速に意識がハッキリとしてきた。
見慣れた天井。
嗅ぎ慣れた匂い。
落ち着く空気。
すべてが現実世界への帰還を物語り、俺の心を解き放つ。
「帰ってきた……帰ってきたんだッ……!」
歓喜に身体が震える。安堵に涙が零れる。これほどの幸せを感じるのは、今までの人生で初めてのことだった。
「……そうだ、みんなはッ」
何よりも大事なことを思い出し、俺はヘッドギアを投げ捨てて、パソコンに駆け寄る。
画面に表示されてるのは、DF社のサイトのトップページ。相変わらず、メンテを知らせる文面が書かれているだけだ。
言い様のない怒りが沸き上がるが、無理矢理に抑え込むと、メーラーを起動する。
新着メッセージは――三件。
全身から力が抜ける。
止まっていた涙が溢れてくる。
それでも何とかマウスを握ると、俺は返信と書かれたアイコンをクリックした。
(何て書こうか……)
そんな、どうでもいいことで悩める幸福を噛み締めながら、俺はキーボードに指を置いた。
一週間後――
「大変だったね」
そう言いながら、俺に微笑み掛ける少女。その美しい姿は、創られた虚構の世界で見ていたものと全く同じだった。
「ホント、あんなに大変だとは思わなかったよ」
俺も同じように笑みを浮かべながら、目の前の少女――レイカに返す。
どうして【リアルの世界】で俺達が一緒にいるのか――その理由は簡単だ。オフ会を開こうということになったからだ。
そして、帰還から一週間。やっと実現したのである。
本当なら、もう少し早く集まりたかった。しかし、色々と忙しく、これだけの日数が経過してしまったのだ。
(マジで騒がしかったよな……)
誰に言うでもなく、俺は心の中で呟いた。
俺達がゲーム世界から帰還して一週間、その間は相当に忙しい毎日だった。
まず、俺の帰還を知るや否や、DF社の関係者と警察が大挙して自宅に押し掛け、徹底した質問攻めにあった。どちらもゲーム内の事情は余り把握していなかったらしく、対策の取りようがなかったのだそうだ。
次に待っていたのは、病院での精密検査だった。爪先から頭の天辺まで調べられるだけでは済まず、精神科にまで世話になった。結果は問題なく、あれだけのことを経験したにしては、完全なる健康体だった。
それで終わりかと安心していたら、今度はマスコミからの取材攻撃を受けることになってしまった。ゲームをクリアしての生還は俺達が初だったということも、それに拍車を掛けていた。
そうした連日の騒動に、感じたことのない疲れを抱えていた俺だったが、悪いことばかりではなかった。同じように取材を受けていた他のメンバーのニュース映像で、彼等の所在が分かったのだ。
最初、それを便りに連絡したり会いに行くのは失礼かと思ったが、Jが取材を受けている最中、カメラに向かって『近いうちに会おうぜ』と呼び掛けたことと、DF社の対処で全プレイヤーが生還したことが重なり、このオフ会が実現したのである。
「でも、ゴメンね。わざわざ来てもらっちゃって」
レイカが謝罪の言葉を投げ掛けてくる。何度目になるのか分からないセリフに、俺は苦笑を浮かべながら首を横に振った。
オフ会が立案された当初、集まる場所の選定が行われた。偶然にも、それぞれの住んでいる場所が比較的に近かったため、候補は色々と挙がった。
ファミレス、カラオケ、駅前と案が出ていったのだが、そんな中でレイカが一通のメールを送ってきた。
件名は『ここでお願いします』となっていて、本文には住所が記載されていた。他にも添付ファイルが二つ付いており、一つは住所までの地図、もう一つは画像ファイルだった。
その画像ファイルを見た途端、俺達はレイカの申し出を迷わずに受け入れた。何故なら、そこには車イスに乗った彼女の姿が写っていたからである。
「本当は私もカラオケで騒ぎたかったんだけどねぇ」
本当に残念そうな口調でレイカは呟いた。
今の言葉からも分かる通り、彼女は生まれつき足が不自由だったわけではない。一年前に、交通事故に遭って以来なのだそうだ。
俺を散歩に誘っていたのも、そうした理由からだった。彼女にとって、自分の意思で歩ける世界というのは、一分一秒でも長く居たい場所だったのだ。
「ねえ……これから、どうなると思う?」
「VRか?」
「うん」
「あれだけの問題が起きたからなぁ……」
一週間の間に、DF社の対処で全プレイヤーが生還したとは言え、心に傷を負った人間も少なくない。恐らく、当分の間は触れることが出来ないだろう。
「だよねぇ……」
「残念だけどな」
「ああ、もうッ。ホントに許せないッ」
レイカが怒りに声を荒げる。
「まあ、いいじゃんか。元凶はブッ飛ばしたんだし」
言いながら俺が思い出したのは、モール前で自決した男。実は、あの男がDF社をクビになり、裏掲示板に書き込んだ張本人だったのだ。
「アイツも逮捕。他の侵入者も逮捕。そのキッカケを作ったのは俺達。それで満足しておこうよ」
「むう~」
納得できないのか、レイカは唇を尖らせた。彼女にとって、自由に動ける世界を奪われるのは本当に苛立たしいことなのだろう。
そんな彼女を見て、俺の脳裏に一つの考えが浮かんだ。
パンデミック計画――今回の一連の騒動に付けられた名称だ。それは、原因となったコンピューターウィルスに由来すると思っていた。だが、本当は違うのかもしれない。
(悪意の連鎖……悪意の感染爆発……)
一つの小さな悪意を元に、次々と連なり、重なり、制御しきれないほど大きな力を持つに至る。まさに、パンデミックだ。
(考えすぎか……)
自分の考えに苦笑を浮かべる。そんなことを思っていたら、世の全てが恐怖の対象になってしまう。
「どうしたの?」
一人で考え込んだ俺を見て、レイカが問い掛けてくる。それに対し、俺は静かに首を振った。レイカも追求することはせず、乗っている車イスを前後させた。
「あ~あ、これから退屈な時間が増えるのかなぁ」
本当に残念そうな口調で言うレイカ。そんな彼女に、俺は笑みを向けた。
「そうでもないだろ」
「えっ?」
「こうして知り合えたんだから、暇になったら呼んでくれればいいさ」
「で、でも、退屈させちゃうし……」
「そんなことないさ。何とはなしにレイカと過ごすの、俺は好きだったよ」
嘘ではない。本当に、そう思っているのだ。
「じ、じゃあさ、今度の休みにでも――」
「お~い、兄弟ッ!」
顔を赤くしながらレイカが何かを言おうとしたとき、遠くから聞きなれた声が響いてきた。反射的に視線を向けると、大小の2人の人影が手を振っていた。
「Jのヤツ~」
何やら怒り顔のレイカ。そんな彼女に首を傾げながらも、俺はJとハックに手を振り返した。
(リアルで集まると、どうなるんだろうな)
これからの時間を思い、俺は自然と笑みを浮かべていた。
了
読んで下さった皆様、ありがとうございます!!
これで完結となります。
よろしければ、この作品に対する
感想・改善点のご指摘・ご意見・ご要望などございましたら、お気軽に お寄せ下さればと思います。
読了、本当に ありがとうございました!




