第5話・再びの挑発
30分後ーーー
『カチコチカチコチ……』
沈黙が支配する店内に、時計の音だけが響き渡る。
現在、俺達はモールの中にある喫茶店に集まっていた。飲み食いをする必要はない仮想世界だが、何となく、ここに腰を落ち着けることになったのだ。
と、そこへ――
「よお……」
落ち着かないのか、屋上へ外の様子を見に行っていたJが戻ってきた。
「ああ、どうだった?」
「相変わらずさ。大量のゾンビが店の周りを取り囲んでやがる」
「そうか……」
短く返事をすると、俺はJから視線を逸らした。それで会話は終了だと理解したのか、彼も俺の横に座り込む。
周りには、俺達と同じように床に座り込む者、立ち尽くす者、項垂れる者と、一様に現状の理不尽さに心を疲れさせていた。
「なあ、兄弟……」
「うん?」
「俺達、生き残れると思うか?」
核心を突く質問。だが、彼は俺に視線を向けようとはしない。それどころか、口の動きも最小限に抑えていた。恐らく、会話の内容を気付かれたくないのだろう。
「さあ……どうだろうな。今の状況じゃ、何とも言えないよ」
だから、俺も項垂れたまま言葉を発した。端から見れば、俺達が話しているようには思わないだろう。
「なあ、兄弟……これから、どうする?」
思考の渦に飲み込まれかけた時、Jが声を掛けてきた。
恐らく、これが彼の聞きたかったことなのだろう。会話の内容を悟られないようにしたのは、自分達の今後の行動を知れば、それに賛同する者、反対する者が現れ、少なからず混乱をもたらすからだ。
「今は静かにしてたほうが良いと思うぜ。勝手に動いて、騒ぎになるのも嫌だからな」
「そうか……まあ、主人公を気取るのは、切羽詰まってからでも遅くねえよな」
Jの言葉に、俺は軽く笑った。この騒動を解決しようなどと思うとしたら、それは確かに、ヒロイズムの為せることだからだ。
「そう言えば、レイカとハックは?」
「レイカは怪我人の看病。ハックは、名前通りの作業中だよ」
「ハッキングか……」
「ああ。運営のコンピューターに侵入して、元に戻せないか試すって言ってたぜ」
このVRの世界でも、メニュー画面からネットに接続することが出来る。その機能を利用して、ハッキングを行っているのだ。
「そういや、ハッキングで思い出したけど、助けを求めるって話、どうなった?」
「ダメみたいだぜ」
俺は短く頭を振った。
ここに腰を落ち着けた時、一人のプレイヤーがネット機能を使って外部に助けを求めようと提案した。それには全員が賛成し、俺も試してみたのだが、どうやっても上手くいかなかった。
「掲示板やブログなんかに書き込もうとする度に、サイトから弾かれちまうし、警察関係のサイトにはアクセスすら出来ない状態だよ」
「そうか……じゃあ、ログアウトのほうも相変わらずか?」
「ああ。出来ないよ」
ログアウトに関しては、誰もが最初に試した。しかし、FFと同様、機能自体が作動しないのだ。
「……とすると、やっぱり第三者が犯人か?」
「多分な。運営側の仕業なら、ネットやログアウトを禁じたりはしないだろ」
それに、痛みを感じさせたりは、決してしないはずだ。
先程、一部のプレイヤーの間で、痛がっている奴等は演技をしていて、これはタダのイベントなのではという意見が出た。しかし、数人が自分を傷付けてみたところ、痛覚は確かに存在していることが確認されたのだ。これらの事実から、今では第三者がゲームを乗っ取っているというのが、全員の見解になっていた。
「DFの公式ページは?」
「現在、緊急メンテナンス中。接続できません――だとさ」
「ということは、気付いてるな」
「ああ。でも、公にはしてないみたいだな。どこのサイトも、今の状況について触れてないから」
「犯人の野郎が脅迫してんのか?」
「どうだろうな。ただ評判を気にしてるだけか、それとも、口止めされてるのか……その判断が出来るだけの情報がないんだ」
何にしろ、運営側が異常に気付きながら解決できないのは、それだけ犯人がメインコンピューターの深部に潜り込み、支配しているということなのだろう。だとすれば、俺達に出来ることは数少ない。
「何はともあれ、今は身の安全だけ考えよう。それしかないさ」
痛覚が与えられている現状では、それが第一の優先事項だ。生きたまま食い殺される痛みと恐怖を感じたら、リアルの身体に害はなくとも、確実に精神が破壊されるだろうから。
と、そこへ――
「ダメだぁ……」
疲れた声を上げながら、ハックが戻ってきた。
「よお、どうだった?」
「ダメダメ。目茶苦茶に固いプロテクトが掛かってたよ」
「じゃあ、侵入できなかったのか?」
「ううん、侵入自体は出来たよ」
「…………?」
俺は首を傾げた。
「えっと、簡単に説明するとさ、家の中には入れたんだけど、貴重品の入ってる金庫がバカみたいに頑丈だったんだ」
「何だよ、それじゃ下着を漁るぐらいしか楽しみがねえじゃんか」
「いや、その例えはどうかと思うぞ」
一応、突っ込んでおく。
「そうでもないよ。それなりに色っぽい下着は手に入れたから」
「お前も乗るなよ……」
思わず溜め息を吐きそうになる。だが、彼の口振りから何かしらの収穫があったのは確からしいので、次の言葉を待つことにした。
「今回の騒動の犯人だけど、ゲームシステムの面に関しては、完全に乗っ取ってると考えていいみたいだね」
「どうしてだ?」
「FFなんかの設定を強制的に変更してるだけじゃなくて、プレイヤーが設定できない残酷描写の規制まで解除してるからだよ。これは、運営側じゃないと操作できないから」
なるほど、納得できる話だ。
「あれ、二人とも戻ってたんだ」
そこへ、荒んだ現状に一服の清涼剤と言わんばかりの美声が聞こえてきた。俺達が揃って視線を向けると、そこには疲れた様子のレイカが立っていた。
「お疲れさま。怪我人はどうだ?」
俺が問い掛けると、レイカは少しばかり表情に安堵の色を浮かべた。
「うん、何とか治療できたよ。回復アイテムは使いきっちゃったけど」
「そうか……まあ、無事なら、それに越したことはないからな」
「うん、そうだね……」
頷きながらも、レイカの表情は暗い。痛みに苦しむ人間を目の当たりにしてきたのだから仕方ないだろう。
「……あっ、そういえば、こんなのを見付けたよ」
そう言いながらハックが俺達に見せたのは、三年前の電子新聞だった。
その一面には、こう書かれていた。
『DF社、痛覚プログラムを開発。しかし、テスト段階で危険性が確認されたため排除を決定』
「痛覚プログラム……?」
「VRが始まるとき、この記事が話題になったらしいんだ」
「じゃあ、犯人は、それを復活させたってことか」
「うん。テストまで出来たってことは、完成してたってことだからね」
「狂ってるぜ……」
本当に、その通りだ。よく知らない人間のことをアレコレと言いたくはないが、この騒動を起こした犯人は、確実に頭のネジが飛んでいる。
(そんなヤツに負けてたまるか)
自分を鼓舞するように心の中で呟く。
と、そこへ――
『クククッ……どうした、諸君? 随分と大人しくなってしまったな』
例の声が響き渡った。
『そんな様では、勝負にならないぞ?』
「姿も見せねえで勝手なこと抜かすなッ!」
一人のプレイヤーが吠える。
それに対し、さらなる嫌味が返ってくるかと思ったが、犯人の返答は予想外のものだった。
『そうだな、確かにフェアではないな』
あっさりと認める。しかし、その言葉を額面通りに受け取ることは出来ない。俺達の価値観からすると、相手は確実にイカれているのだから。
『では、これから十名のみ、モールから脱出する権利を与えよう。その間、ゾンビは動かさないから安心したまえ』
犯人の言葉に、周囲がざわめきに包まれる。ある者達は言葉の真偽の議論をし、ある者達は逃げる算段を計画しているようだ。
『さあ、どうする? 出ていくなら早い者勝ちだぞ?』
このセリフが決め手となったのか、一人のプレイヤーが走り出した。だが、咄嗟に同じチームのメンバーが止めに入る。
「おい、待てよッ。罠かもしれねえだろッ」
「うるせえッ。こんなところで生きたまま食われるなんざゴメンなんだよッ!」
止めようとした男を振り切り、一人のプレイヤーが外へと飛び出す。
「お、俺も行くぜッ!」
「私もッ」
それで抑制が途切れたのか、多くの人間が我先にと出入り口に殺到する。
一人、二人と脱出を果たしていく。そして、十人を越えたとき、動きを止めていたゾンビが活動を再開した。
「アァ~……ッ!」
「ウガッ……アアァッ……!」
開け放たれたドアから、ゾンビの群れが雪崩れ込んでくる。塞き止められていた分、その数は、おぞましささえ感じるほどだった。
「うわあああああっ!」
「ぎゃあああああっ!」
響き渡る悲鳴。出ることだけを考えていたプレイヤー達は、逃げることも反撃することも出来ず、ただゾンビの餌となっていた。
「おい、兄弟ッ。どうすんだよ?」
「……逃げるぞ。助ける余裕はない」
「で、でも、どこから?」
「俺達が入ってきたところだよ」
そう言うと、俺は裏口に向かって走り出した。正面玄関が使えないなら、あそこしかない。
「アウッ……アガァ……」
後ろから迫り来るゾンビの呻き声。重なっていた人間の悲鳴は、徐々に薄れてきていた。
「ハック、ここから近いセーフポイントは?」
俺は問い掛けた。セーフポイントとは、時間制限付きではあるが、敵に襲われることのない場所のことである。
「え、ええっと……確か、大通り沿いにあるガソリンスタンドだったような……」
「何だよ、ハッキリしねえな」
「しょうがないだろッ。こんな時に頭なんか働かないよッ!」
「働かなくても働かせろよッ。それがテメェの役目だろうがッ」
睨み合い、怒鳴り声を上げる二人。パニック状態で気が昂っているのだろう。
「喧嘩は止めてッ。今は、そんな状況じゃないでしょうッ」
だが、そんな彼等をレイカが制する。反論のしようがない言葉に、二人は思わず黙った。彼等とて、現状は理解しているのだ。
「……行こう。みんなで協力して、スタンドまで辿り着くんだ」
俺の言葉に、気まずそうにしていたJとハックが頷く。レイカも安堵したように肩の力を抜いた。
「よし。じゃあ、走るぞ」
そう言うと、俺は率先して先頭を走り出した。後ろから連なって聞こえる仲間の足音に、自然と俺も安堵の溜め息を吐いた。
そうして走ること一分弱。俺達は裏口のドアの前に着いた。
「兄弟、俺が行く」
言いながら、Jがドアの前に立つ。身体能力を考えると、任せた方がいいだろう。
「分かった、頼む」
「よっしゃ、任せな」
そう言うと、Jはショットガンを構えながら、目の前のドアを見据えた。
「オラァッ!」
気合い一発、Jがドアを蹴り開ける。
だが――
「アアァァ~ッ!」
直後、一体のゾンビが倒れ込むように襲い掛かってきた。足を伸ばしきっていたJに、そのまま覆い被さる。
「クソッタレがッ……」
押さえ込まれ、Jが足掻く。それを見た俺は、咄嗟にゾンビの顔面を蹴り上げた。
バキイッ、と派手な打撃音が響き渡り、ゾンビが後ろに仰け反る。刹那、Jのショットガンが火を吹いた。
「グガッ……!」
苦鳴にもならない声を上げ、奥から迫ってきていた数体のゾンビも一緒に吹き飛ぶ。
「J、大丈夫か?」
「おう。サンキューな、兄弟」
礼を述べる彼に手を差し伸べると、引っ張り上げるようにして立たせる。
「こっち側にも群れてたか」
「ど、どうするの?」
「突っ切るしかない。まだ数は多くないから、何とかなるはずだ」
危険性は当然の如く高いが、他に逃げ道もない。それに迷えば更に状況を悪化させるだけだ。ここは勢いに任せるしかないだろう。
「Jが先頭。その後ろにハック、レイカ、俺の順番で行くぞ。バラけないように固まって走れよ」
俺の指示に全員が頷く。
「よし、行くぞッ」
その言葉を合図に、外へと飛び出す。瞬間、辺りを徘徊していたゾンビの視線が、一斉に俺達へと向けられた。
「オラオラッ、殺されたくなきゃ道を開けなッ!」
群がるゾンビにショットガンの散弾を容赦なく浴びせ、進路を切り開くJ。その間、周りから迫ってくる連中の足をハックのマシンガンが止め、俺とレイカで仕留めていく。
「ハック、車は使えるか?」
俺達が裏口に乗り付けた車を見ながら問い掛ける。これが使えれば、かなり楽になるのだが。
「走りはするけど、ちょっとの衝撃でも止まっちゃうよッ」
やはり、無理なようだ。大きな期待はしていなかったが、それでも落胆はあった。
「仕方ない……みんな、走るぞッ!」
Jの攻撃で突端が開かれたのを確認すると、俺は声を張り上げた。このチャンスを逃すわけにはいかない。
薄暗い従業員専用の駐車スペースを抜け、メインストリートを駆ける。しかし、その最中にも、気を抜く暇を与えるつもりはないとばかりにゾンビは襲い掛かってきた。
「あっ、見えてきたッ。あそこだよ!」
ハックの言葉に視線を前へと向けると、確かにセーフポイント独特の明かりを放つガソリンスタントがあった。
「よし、一気に駆け込めッ!」
俺の言葉に、全員が辺りを警戒するのを止め、全速力でスタンドを目指す。俺も後ろを気にしつつも、可能な限り足を速めた。
「早く来いッ!」
先にスタンドへと辿り着いたJが、俺の後方へとハンドガンを向けながら叫ぶ。他の二人も入っていることを確認すると、俺は前だけを見て走った。
「アアアァァッ……!」
「うおッ、危ねえ……!」
突如として横合いから飛び掛かってきたゾンビを、寸でのところで避ける。そのままヘッドスライディングの要領で、スタンドへと飛び込んだ。
「ハアッ……ハアッ……!」
全身を包み込む淡い光を感じながらも、俺は銃を構える。犯人によってセーフポイントが無効にされていたら、即戦闘だからだ。
しかし――
「アアッ……ウアァ……」
すぐ近くまで来ていたゾンビ達は、俺達から視線を外すと、散り散りになって去っていった。
『はあ~……』
その光景に、俺達は揃って気の抜けた息を吐いた。レイカとハックに至っては、座り込んでしまっている。
(とにかく、今は休もう……)
心の中で呟くと、俺はモールを出てから初めて銃を手放したーーー
〜〜〜第6話に続く〜〜〜




