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4、やがてその能力にとんでもない落とし穴があることに気付く。

 レベル上げに行ってくるというごまかしは、週明けもちんまいのに通用した。

「早く魔王討伐に迎えるように、がんばってレベル上げしてくださいね! 行ってらっしゃいませ!」

 チョロすぎるな、ホントに。

 俺は鼻歌まじりに出社した。


 会社に入ってすぐのことだった。

 先週俺に声をかけてきた女子社員が、また俺を呼び止めた。

「もしかして、また太った?」

「えっ?」

 俺ははたっとする。

 そういえば、先週末に着ていたスーツは、手持ちの中で一番スリムなものだった。それ以外のスーツを着れば、当然太ってしまうことになる。


 なんと言い訳しようかと内心だらだら冷や汗をかいていると、女子社員は冷ややかな目を向けて言った。

「せっかく痩せたのに、週末の不摂生がたたったんじゃないの?」

 女子社員の辛辣な言葉が、俺の胸をぐさっと貫く。


 不摂生という指摘は、まさしくその通りだからだ。

 ダイエットの必要がなくなったから、日曜日、俺は買い込んだ菓子や弁当を食べながら一日中ゲームをしていた。

 だが、俺が今太っているのは、スーツのサイズがでかいからだ!


 その日の仕事は散々だった。得意先のおばちゃんたちにちやほやされることがなかったので、営業トークは冴えずに、取れるはずだった取引も落としてしまう。

「先週末の活躍はどうしたんだよ、おい」

「それに急に太ったよね。週末に馬鹿食いでもした?」

 全くもってその通りだが、今日俺が太ってるのは、スーツのサイズがでかいからだ!


 翌日は、先週末も着た一番スリムなスーツを着た。

 俺はまたちやほやされ、営業成績も伸びた。


 その翌日も同じスーツを着ていったら、今度は女子社員にこう言われた。

「それ、昨日と同じスーツじゃない? 男子は女子ほど着回しに気を使わなくていいかもしれないけど、営業でお得意さんを回るんだから、多少は着回ししたほうがいいよ」

 正論すぎてぐうの音も出ない。


 それで翌日、手持ちで二番目にスリムなスーツを着ていくと、また女子社員に言われた。

「昨日よりまたちょっと太った? 太ったり痩せたりが激しいけど、大丈夫? 病気なんじゃないの?」

 その誤解はよけいマズい!



 背に腹は替えられない。

 俺はその日の帰りに紳士服の店に寄った。


 店に入ると、さっそく店員がにこやかに声をかけてきた。

「いらっしゃいませ。どのような品をお求めでしょうか?」

 服に疎い人間にはありがたいサービスだ。客の要望を丁寧に聞いて、満足のいく品を選び出してくれる。

「ええっと、かっこいい営業マン風のスーツが欲しいんですけど」

「それでしたら、こちらのコーナーへどうぞ」

 アホみたいな要望に失笑一つせず、店員は売場の一角に案内してくれる。


 その後予算だなんだと話を詰めていくうちに、結局安めのスタンダードなのの中から選ぶことにした。

「サイズはおいくつですか?」

「あ、いいです。自分で見ますから」

 今の身体に合うスーツを見繕われては意味がない。

 これと思った柄のスーツのサイズを確かめながら、手持ちで一番細身のスーツは何号だったか思い出そうとする。

 どんなに細身のスーツだって着られるが、また急に痩せてしまっては、心配を通り越して不審に思われてしまう。


 確かこれくらい……と思った号数のスーツを、色柄違いで二着選び出す。予算は厳しいが、二着買うと一着は半額だというから、そのチャンスを逃すわけにはいかない。最終的に一着以外は全部買い換えなければならないからだ。


 レジに向かおうとすると、店員がまた声をかけてきた。

「ご試着なさいますか?」

「あ、しなくていいです。これで多分大丈夫ですから」

 手持ちのあのスーツは見た目これくらいだったはずだから、まず大丈夫。

「裾上げはいかがなさいますか? 今からですと30分もいただければできあがりますが」

「あ、そうですね。お願いします」

 裾上げなんて自分じゃできないから、それはやってもらわないと。


「片方のスラックスを履いていただいて、どのくらいの丈がよろしいか見させていただき、もう一方も同じ丈に合わせさせていただきますね。履き終わりましたら、カーテンを開けてお声をかけてくださいませ」

 試着室に入ってカーテンを閉め、スラックスを履き替える。

「うおっ」

 思わず声を上げた俺に、カーテン越しに店員の慌てた声が聞こえる。

「どうかなさいましたか!?」

「い、いえ。何でもないです」

 店員には言い繕ったけど、何でもないなんてとんでもない。

 スラックスを履き替えたとたん、足がぐいーんと伸びたのだ。


 俺は慌ててスラックスを脱いだ。すると足は元の長さに戻った。

 今履いたスラックスを、ベルトの部分をもってぶら下げてみる。

 俺の(元の長さの)足のよりずっと長い。裾上げで長さを調整するために、元々長めに作られているものだ。

 そしてちんまいのがくれた能力は、裾上げ前のズボンに合わせて足を長くしてくれたわけだ。


 てことは、裾上げ不要? こりゃ便利だ──じゃねえ!

 足だけ異様に長いとかってバランス悪いだろ! それ以前に、急に足が10センチも20センチも長くなった姿を他人に見せられるわけがないだろおぉぉ!


 どうするよ、俺!?

 足伸びるなと念じながらもう一度履いたけど、やっぱり足は伸びてしまう。


 と、ふと今日一日履いていて、ついさっき脱いで床に放ったスラックスが目に入った。

 そうだ。これと同じ長さにしてもらえば!


 俺はカーテンの隙間から、にゅっと顔だけ出した。

 他に客がいなくて暇なのか、近くにあの店員が立っている。

 俺は遠慮がちに声をかけた。

「あの~すみません」

「サイズは合いましたか?」

「サイズは大丈夫だったんですが、すみません、こっちのスラックスと同じ長さで裾上げしてもらえませんか?」

 先に自分のスラックスを渡し、それから購入予定のスラックス二本も続けて渡す。


 店員は戸惑った顔をした。

「長さを調節し直さなくてよろしいんですか?」

「必要ないから、ともかくそれと同じ長さにしてください」

 きっぱり言うと、俺は頭を引っ込める。

 それ以上聞いてくれるな、つっこんでくれるなと祈っていると、「それではこちらのスラックスと同じ長さに裾合げさせていただきます」という声が返ってきた。


 それから少しして。

「あの……すみません。お預かりしたスラックスと、お求めのスラックスのサイズがその、少々違うようなのですが……」

 俺は頭をかきむしった。

 そうだったー! サイズ全然違うじゃん!


 あーもう! めんどくさい!

「それで大丈夫ですから! 裾上げ早くしてください!」

「……かしこまりました」

 そう言った店員の声に、少し、いやかなりの躊躇を感じた。


 それから少しして俺のスラックスが返ってきて、俺はそれを履いて試着室から出た。

 さっきまでいなかった、少し年かさの男性が、店員とひそひそ話をしている。

 ……そうだよなぁ。一度裾上げしてしまったスラックスは、返品されても店に並べ直すことはできない。店としては損失を出したくないから、客の間違いを正したいに違いない。


 俺は財布からクレジットカードを取り出しながらレジカウンターに近付いた。

「裾上げの間に支払いをすませたいんですけど。あと、一着は着て帰るんで、先に裾上げが終わったほうのスーツをください」


 支払いを済ませて少しすると、片方のスーツを持った店員が近付いてきた。俺はスーツを受け取って、再び試着室に入る。

 手早く着替えていると、店員のおずおずとした声が聞こえてきた。

「あの……、サイズのほうは……」

 ベルトまで締め終えると、俺は背広の前ボタンを留める前に、勢いよくカーテンを開けた。

「え? あれ?」

 店員は驚いて目をしばたたかせる。絶対合うはずないと思ってたスーツがぴったりだったもんだから、信じられない気分なんだろう。


 他の店員たちも、目をまん丸にしてこっちを見てる。

 俺は見せ物じゃねーぞ、おらー! ──とは言わずに、たった今脱いだスーツを持って試着室から出た。

「すみません。こっちのスーツを包んでもらえますか?」

「あ、はい! かしこまりました!」

 店員は俺からスーツを受け取って、あたふたとカウンターに向かう。


 裾上げが終わって、二着のスーツが運ばれてくるまで、俺は他の店員たちの注目の的になっていた。社員教育が徹底しているらしくひそひそ話はしないが、気味悪げにしている視線がちくちくと刺さる。

 他に客がいなくてよかった。下手をすればSNSで拡散されてたかもしれない。試着室に入る前と後で体型が明らかに違う謎の男を見たって。


 店を出る際に、店員総出でお見送りされてしまった。

「ありがとうございましたー! またのご来店をお待ち申し上げますー!」

 ……もう来られねーよ。近くて便利だったのに。

 気疲れした俺は、夕飯を買うための寄り道をせずに、まっすぐアパートに帰った。

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