2、俺にすげーチート能力を授けた。
ところがちんまいのは、目を輝かせて言った。
「それだけのことでいいんですか!? おやすいご用です!」
言うなり、両腕を大きく広げる。
全身から光を放ち始めたちんまいのを見て、俺は「え? マジで!?」と慌てた。この夢まだ続くのか? なんかマズいかもと思って、俺は口を開きかけた。
「ちょっと待──!」
言い終わる前に、ちんまいのから放たれた強烈な光に目がくらむ。
腕も上げて光から目をかばって数秒。
嬉しそうな女の声が聞こえてきた。
「成功ですわ!」
成功? 何が?
おそるおそる腕を下ろした俺は、寝間着代わりのジャージが妙にぴったりしていることが気になった。
寝るときにあまり締め付ける服を着るのは好きでなくて、だぶだぶのジャージを寝間着にしているのだが……。
俺は自分を見下ろした。
「うおっ」
まず目にしたのは、ぱんぱんに膨らんだ腹。それから横幅の広がった腰。太くなった手指。
どたどたと重たい足音を立てて洗面所に行けば、そこにはパンの顔した正義の味方もまっさおな丸顔が、驚愕の顔してこちらを見ていた。
見たものが信じられなくて、頬に手を当てたりつねったりしてみるけど、鏡に映るまん丸の顔はあきらかに俺の顔だ。
夢だとしても、これは余りにヒドい。
「何が成功だ!」
部屋に戻ってちんまいのを怒鳴りつければ、両隣と上から一斉にどんっという物音がした。
うるさいという合図だ。ちなみに、俺の部屋は一階なので、下から音がしなかったのはそういうわけだ。
深夜も回ろうという時間。うるさくしたことをすまないと思いながら息を潜めると、三方から聞こえた大きな音の余韻も消えてすっかり静まり返る。
俺は同じ失敗を繰り返さないよう、ちんまいのの側まで寄って、小声で文句を言った。
「なんてことをしてくれるんだ。俺はあの服が着られるようにって言ったんだぞ? 元に戻せ!」
そう言いながら驚いた拍子に放り投げた服を指さす俺に、ちんまいのはにこにこしながら言った。
「着られますよ。体型をあの服に合わせるだけではもったいないと思って、勇者様がどんな服を着ても似合うようにと願いを込めて魔法を使ったんです」
さっぱり意味がわからない。
「はあ?」
俺がうろんな目で見てもちんまいのは気にした様子なく、それどころかますますにこにこして言った。
「だまされたと思って、まずはその服に袖を通してください。あ、今着てらっしゃる服はそのままで大丈夫ですよ」
だまされたと思ってって、存在自体がだまされた感にあふれるおまえがそれを言うか。
俺はちんまいのに不審の目を向けたまま、そろそろと服に手を伸ばした。
信じてないから、全部を着てみるつもりなんかない。ジャケットに手が通らないところを見せて、「どーしてくれるんだ」とちんまいのをなじるつもりだった。
ところが。
「あれ?」
元の体型の俺ですらきつくてなかなか通せなかったのに、倍近く膨らんだはずの腕がすんなりと通っていく。
予想していた引っかかりが一切ないまま、俺の手はジャケットの袖口から出ていた。
袖口から出た手指は、元の太さに戻っていた。いや、元より細くなってるかもしれない。袖も以前着たときのようなぴちぴちにはならず、腕にフィットしている。いや、この場合腕が袖にフィットしていると言うべきか。
「………………」
俺はそろそろと視線を移動させた。
腹はまだ太鼓腹、袖を通していない腕もぱんぱんだ。もう一度ジャケットの袖に通した腕を見てみれば、先ほど目にした通り痩せている。
これはもしや──。
俺は急いでもう一方の袖にも腕を通してみた。
するとその腕も細くなっただけでなく、お腹もみる間にぺしゃんこになる。
「おおおおお?」
腹がぺしゃんこになったおかげで足が見えるようになったが、その足はジャージのズボンに合わせて丸々と太っていた。
俺は嬉々としてチノパンに足を通してみた。すると足もすんなりチノパンを通り、チャックを上げてボタンを留めた時にはすらりとした足になっている。
足音を立てないよう気をつけながら、俺は洗面所に向かう。そして洗面所の鏡に自分を映してみた。
「おおおおお~」
俺は近所の住人を気にしながら、小さく感嘆の声を上げる。
そこには、ほっそりした顔立ちのイケメンが映っていた。痩せるとイケメンになるのか、俺!
新事実に浮かれながら鏡をしげしげ眺めていた俺は、ふと我に返って急いでちゃぶ台の側に戻った。
充電器の上に置いてあったスマホを手に取ると、高速で妹にメールを打つ。
『あの服着れるようになったぞ!』
ピッと送信。
一分と待たずに返信がきた。
『お兄すごいじゃん(絵文字)
土曜日にカレシとデートの約束だから、
お兄連れてくって言っておくね(絵文字)
もう遅い時間だから時間場所は明日知らせるよ(絵文字)
おやすみ(絵文字)』
妹からカレシに会わせてもらえる約束キター!
俺はスマホを握りしめてガッツポーズを取る。
その時、下のほうから小さな声が聞こえてきた。
「勇者様、勇者様」
しまった。ちんまいののこと忘れていた。
俺はおそるおそる下を向く。
目が合うと、ちんまいのはにこにこしながら言った。
「お気に召していただけたようでよかったです。それでは魔王討伐に向かいましょう」
ちんまいのはさっき魔法を使った時のように、両腕を大きく広げる。
俺は慌てて言った。
「待てっ待て待て。もう夜も遅いし、確実に魔王を倒したかったら、その、万全の準備をだな」
これは夢だろうという考えはまだあったけど、万が一夢じゃなかったらたまったもんじゃない。冗談で叶えてもらった望みのために、生きて帰れないかもしれない旅に出てたまるか。
思いとどまってもらえないかと、内心冷や汗だらだらでちんまいのを見つめる。
ちんまいのはあっさりと言った。
「そうですね。次の勇者様をお呼びするのには、また膨大な時間を費やさなければなりません。それよりも、多少時間がかかっても万全の準備をして確実に魔王を倒したほうが、被害を最小限に抑えられます。さすが勇者様! 我が国のためにそこまで考えてくださるなんて、感謝感激です! ありがとうございます!」
俺はほっと息をついた。
どうやら、今夜は異世界に連れて行かれずにすみそうだ。
「それじゃあ、とりあえず寝るか」
万全の準備をするというようなことを言ったが、俺はそんな準備するつもりはない。もちろん異世界に行くつもりもない。
良心がちくちくしたので、俺は罪滅ぼしのつもりで、タオルを数枚ちゃぶ台の上に置いた。
畳んで積み上げた上に、半分に折って二重にした一枚をかける。
「寝床はこんな感じでいい?」
俺のしていることを興味深げに見ていたちんまいのは、この一言にぱっと笑顔になった。
「これはわたくしのベッドですか! ありがとうございます! 勇者様はお優しいんですね!」
ちんまいのは人差し指を上げてくるっと回す。するとぽんっという音とともに、でっかい枕を抱えたネグリジェ姿になった。
枕はどうしようかと思っていたので、自前があるのは助かる。
ちんまいのは、俺が作った即席ベッドにいそいそと入った。
「それでは勇者様、おやすみなさいませ!」
元気よく言ったかと思うと、すぐにすやすやと眠りにつく。
わけわかんねー。
人形サイズのお姫様に、どこにでもあるような(ただし創作の世界に限る)異世界物語。服に合わせて身体のサイズが変わる魔法。
これ、ホントに夢じゃないのか?
寝て起きてみたら何もかも夢だったということになるかもしれない。
もう深夜も回ってかなり経つし、明日(いや、日付変わったから今日か)の仕事に寝不足で支障が出ないよう早く寝よう。
俺は妹が選んだ服を脱いでベッドに潜り込もうとしたが、ゆるゆるのジャージに合った体型は、重さでベッドを壊しそうで怖い。
俺は迷った末、ランニングシャツとトランクス姿になってベッドに潜り込んだ。
起きたら全部夢でしたということになっているのを祈る。