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アルトリウス家の使用人  作者: 夕影草 一葉
赤毛の将軍と月色の少女
6/32

貴族

 王国の貴族は気高さを美徳として尊ぶが、帝国の貴族は権力を誇示する事を好む。そして、まさにそれを証明するかのように、競売場にいる貴族達は異常とも言える数の従者や護衛を引き連れていた。

 

 それらには戦場で多大なる武勲を立てた猛者や、異国で名を上げた腕自慢の傭兵などもおり、もはや一種の軍隊とも言える規模を形成、競売場という限られた空間の中にいる別の貴族との軋轢を生んでいた。

 ある者は他の貴族をあざ笑い、ある者は競売に掛けられる奴隷を見て下卑た笑いを浮かべる。

 そんな幾重もの喧噪と雑言が飛び交う場所に、その男はたった一人の従者と共に現れた。


「こりゃあ、長くなりそうだな。 煙草をもっと買ってくればよかったな」


 ふらりと現れたのは、どこにでもいそうな男である。だが、戦場を知る者たちはその姿を見て口を紡ぎ、己の目を疑った。貴族から見れば小汚い平民にしか見えないであろうその男はしかし、軍を知る者たちの目には悪魔に映る。隠しようのない動揺と恐れが波紋の様に広がった。

 結果的に、男が現れて数秒後には会場は水を打ったような静寂に包まれていた。


 静まり返った会場を苦笑いを浮かべて進む男は、年季の入ったレザーローブを身に纏い、腰からは一目で業物だと判る真紅の鞘の剣を下げていた。目深に被った帽子から見える口元には煙草をくゆらせており、時折走らせる鋭い眼光に周囲の者は咄嗟に顔を背ける。

 それに追従する従者に至っては、周囲の貴族が身に纏う衣服が霞むようなドレスに身を包んでいた。神聖性さえ漂わせるその従者に目を奪われた者は、皆一様にその美しさに息を飲む。

 

 だが、その異様な空気に呑まれているのは、なにも周囲の者だけではない。

 すまし顔だが小さく肩を震わせているリフィアを見て、ルキウスは周囲に聞こえない程の小声で語りかけた。


「大丈夫か。 無理についてくる必要はなかったんだぞ。 今ならまだ帰れるが、どうする?」


「こ、子ども扱いしないでちょうだい。 それに、ついてきてあげたのは足りなくなった食材を買うついでよ」


「それにしちゃあ、随分と気合の入った化粧だと思うが」


 帝都への出立を決めてから、支度を終えて家を出るのが一番遅かったのはリフィアだった。その間にルキウスは馬車で待機する羽目となり、最初に用意していた煙草の数も随分と心もとなくなっていた。

 そんな皮肉を受けてリフィアは前を行くルキウスを睨み付けるが、思い出したかのように取り繕った表情へと戻す。相応の服装と場所にはそれ相応の態度を、というのがリフィアの持論である。


「うるさい。 ……というか、よくこんな上等な衣装を持ってたわね。 こんな軽くて手触りの良いドレス、初めて見たわ。 自分はそんな恰好のくせに、随分と気が利くじゃない」


「そいつはエルフと同盟を組んで世界樹海の魔獣征伐をした時に、ハイエルフのお姫様から貰ったもんだからな。 そうとうに上等な生地を使ってんだろうよ。 まぁ、男の俺が持ってても宝の持ち腐れだったから、丁度いい機会だと思って引っ張り出してきた」


 そういえばと軽く言い放ったルキウスの言葉に、リフィアは目を見開いた。


「ハイエルフ!? な、なんで最初にそれを言わないのよ! 知ってれば、もっと髪型とかも変えてきたのに! よりによって安物の髪飾り付けてきちゃったじゃない!」


 緊張とは違う意味で肩を震わせるリフィアは強い後悔と共に、家に帰ったら目の前にいる男に一撃を喰らわせると、心に固く誓う。

 ルキウスはそんな怒りも知らず振り返ると、リフィアの姿を一瞥して、屈託のない表情で感想をつげる。


「話しておく必要はないと思ってな。 それに、そのドレスも髪飾りも似合ってるから、あんまり気にすんなって」


 女性を自分が理解できない不思議な生き物と考えているルキウスはそれだけを言って、再び歩き出す。

 その後ろを付いていくリフィアは、自分でも理解できない気恥ずかしさに見舞われ、前の背中から目を背けるのだった。


「え? えっと……うん。 その、ありがと」


 少しづつ音を取り戻した会場を進むルキウスだったが、その道を一人の男が遮った。それに気づいたルキウスは咄嗟にリフィアを自分の背中へと隠す。

 周囲には大勢の護衛や従者を従え、その力を誇張するかのように現れた男の顔を、ルキウスは覚えていた。もっとも、首が無いように見える程に肥えたこの男の事を忘れる方が難しいかもしれないが。

  

「これはこれは、ルキウス殿。 軍を退役したと聞きましたが、本当だったようですな。 この様な場所で会うとは、何たる偶然でしょうか」


「レンドル卿、久しいですね。 公国との戦役以来でしょうか。 その様子ではいまだにゲテモノを食べ続けている様ですね」


「はっはっは、如何にも。 特に最近では魔族に凝っていて、今日の競売でも若い個体が出品されるのだとか。 それも若い娘の。 それを聞いて急いで駆け付けた次第です」


 その子豚の様な短足でよく間に合ったな、という皮肉をどうにか飲み込み、ルキウスは若干ひきつった愛想笑いを浮かべる。


「奇遇ですね。 私も今日は魔族を買いに訪れました。 どうやら、最近は魔族の人気が非常に高いのだとか」


「それはもう。 あの味は一度覚えると止められないのですよ。 まさに心まで若返った気になるのです。 それこそ、時が巻き戻ったかのようにね」


 レンドルの厚い脂肪に埋もれた目が、何かを見定める様にルキウスを射抜く。その反応からルキウスが魔族の角の事を知っているのかどうか、判断しようとしているのだろう。

 狡猾とも言えるレンドルの問いに、面倒ごとを起こしたくないルキウスは興味なさげ肩をすくめる。


「生憎、貴方の様にゲテモノを食べる趣味は無いのでね。 それでは、これで」


「それは残念。 今日は、互いに頑張りましょう」


 レンドルを守るように取り囲む、怯えた表情を浮かべる護衛達を一蹴し、ルキウスは競売に参加するための席へと向かう。

 話の間、ルキウスの背中に隠れていたリフィアはちらりと振り返り、レンドルの姿を確認すると、思い浮かんだ言葉を小さく呟いた。


「なにあの貴族。 前から思ってたけど、キモい」


「キモいか。 真理だな」


「パーティーでも、いっつも食事ばかりで挨拶もまともにしないじゃない。 あれでよく貴族が勤まるわね」


 どうやら以前から知っていた様子のリフィアの言葉に、ルキウスは小さく頷いた。


「レンドル・ヴァン・ダールトン。 お前も元貴族なら名前ぐらいは知ってるだろ。 上級貴族の一人で、柔和そうな表情をしているが狂食のレンドルと呼ばれてる。 その名の通り好きな食べ物は、獣人の肉だとよ」


「……は?」


 その言葉を聞いたリフィアは反射的に振り返り、先程までルキウスと会話していたレンドルを見つめる。信じられない物を見たかのようにその表情は恐怖と驚愕に凍り付いていた。


「特に若い女の獣人の、胸と腿がいいんだとか。 あぁそうだよ。 あいつは頭がくるってんだよ。 人間だろうと、異種族だろうと構わず食う。 だからあんまり近づきすぎるなよ。 食われるぞ、食事的な意味で」


 心なしか歩く速度を速めたリフィアは、ルキウスの隣へにぴったりとくっついた。だがルキウスもそんなリフィアに皮肉を言っている余裕はなかった。

 会話を交わしたルキウスも、まさかレンドルがいるとは思っていなかった。レンドルが魔族の角を目当てとしているのかは不明だが、本当に魔族を食材として買いに来たのだとしたら相当に厄介な事になる。 

 レンドルは4大貴族の中で最も危険度は低いが、こと食事に関しての執着は恐ろしく強い。それこそ、事と次第によっては力づくでも奪いに来るだろう。


 そんなルキウスの心配をよそに、競売場のステージに奴隷が登る。

 それは即ち、競売の開始を意味していた。


「長らくお待たせいたしました。 ただ今より、奴隷の競売を開始いたします。 ご参加なされるお客様は、指定された席へお座りください!」


 奴隷商の言葉に盛り上がりを見せる、貴族とその従者たち。

 欲望と絶望が渦巻く競売場の中で、ルキウスはただひとり、ステージ上で膝を抱えている魔族の少女を静かに見つめていた。

 そして、いとも容易く命の売買が開始された。

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