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アルトリウス家の使用人  作者: 夕影草 一葉
赤毛の将軍と月色の少女
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迷信

マリー! いつになったら出てくるんだー!

「で、こんな美人な憲兵さんが、俺にわざわざなんの用事だ?」


 ルキウスもこんなに早く使うとは思っていなかった来賓室には、この家を買い取ってから初めてとなる来客の姿があった。その客人はリフィアの入れたハーブティーを前にソファへ腰を下ろしている。

 身に纏う制服と腰まで伸ばした蒼い髪が冷たい印象を抱かせる美しい女性の憲兵である。名前をサラディンとだけ短く名乗ったその憲兵は、ルキウスの軽口を聞き流し、毅然とした態度で話を始める。

 

「マリーという魔族に帽子を渡したのが、本当に貴方だったのか確かめに来ただけです」


「あぁ、あの嬢ちゃんか。 たしかに俺が帽子を渡した。 なんでも廃墟街で長らく両親を待っているらしくてな。 怖い憲兵さんに見つかると何されるか分かったもんじゃないから、あれをやったんだ」


 その憲兵を前にルキウスはしゃあしゃあと言ってのけるが、一方のサラディンもピクリとだけ眉を動かし、しかしそれ以上の反応を示すことはなかった。

 さすがは帝都を守っている憲兵と言ったところか。この程度の皮肉で感情を表に出すようでは、とうてい口達者な貴族達の相手など勤まらないだろう。恐れ入るとルキウスは苦い笑いを浮かべた。


「両親を待っているなどという言葉を、本当に信じているのですか? 軍人であった貴方がその意味を理解していない訳ではないでしょう」


 その一切の感情を感じさせない、問い詰めるようなサラディンの言葉に、ルキウスは小さく首を横に振った。

 

「悪いが、俺は馬鹿でね。 知っての通り元軍属なんだ。 あんたが何言ってるのか理解しかねるな」


「両親など戻ってこないと言っているのですよ。 おおかた裏の仕事をするのに、子供が邪魔になったので捨てたのでしょう。 このところ、魔族の摘発が大幅に増えていますから」


「お仕事ご苦労さん、とでも言った方がいいのか? それをわざわざ俺の所に来て話す意味が分からん。 要件を言ってもらえると助かるんだが」


 それでも無知を装うルキウスに憤りを感じたのか、サラディンは少しだけ怒気を含ませた声色でまくしたてる。


「あの魔族の処罰について、お伺いしたいのですよ。 貴方が何も干渉しないのであれば、こちらで処分することになります」


「俺が関わる様な事じゃないと思うがね。 それでその嬢ちゃんは、いまどうしてるんだ?」


「憲兵の詰め所で身柄を拘束しています。 貴方に確認を取った後、このまま順当にいけば、数日後に殺処分の予定でした」


 物騒な単語にルキウスは眉を顰めるが、その言葉の端に違和感を感じ、聞き返す。


「でしたって事は、今は違うってことか」


「はい。 現在では数人の貴族が彼女を買い取りたいと申し出ています。 その中には、あの4大貴族も含まれるほどで」


 突然飛び出した大物の名前に、ルキウスは思わず身を乗り出し、食い入るように話に耳を傾ける。


「……どういうことだ? 上級貴族が魔族の小娘を買い取るなんて、噂でも聞かない」


 ここ数十年で急速に力を付けた帝国の繁栄を根底から支える、4家の上級貴族。帝都においては絶対的な権力を誇り、そのひとり一人の財力や私兵は隣国の小国をも上回るとされている。実際、帝国内であれば全てを思い通りにできるであろう大貴族までもが魔族の少女を欲しているとなれば、それはもはやただ事ではない。

 いつの間にか短くなっていた煙草を魔法で燃やし尽くし、新しい一本を口にくわえるが、ルキウスは火を付けずにサラディンの回答を待った。


「それは恐らく、一昨年前に履行された大麻の規制が原因だと思われます。 魔族の角が欲しいがあまりに、貴族が群がってきているのでしょうね」


「麻薬の規制は知っていたが、それが何で魔族の角に繋がるんだ?」


 国を廃れさせるとして大麻は禁止とされたのだ。もっとも、貴族達が裏では使い続けているのは周知の事実だが。


「貴族の間では魔族の巻角を煎じて飲むと、時が巻き戻るという迷信が広まっているのですよ。 それも、若い少女の物なら、より過去に戻れるのだとか。 おかげで最近になって、捕まった魔族を貴族が買っていく事が多くなっています」


「……待て。 なら、なぜマリーの両親は彼女を置いていったんだ? わざわざ自分たちが危険を冒さなくても、マリーを貴族にでも売れば金になっただろ」


「この話を知るのは貴族の間だけです、一般人や魔族は迷信の事を知りません。 そうなれば、魔族奴隷の価格が釣り上がってしまいますからね」


「なんでそんな噂が広まってるんだよ。 魔族の角を摂取したからって、時間が巻き戻る訳ないだろ。 幻覚作用はあるが、それは強い魔力酔いの症状だ。 たしかに副作用で過去の記憶を唐突に思い出す事はあるが、下手すれば死ぬぞ。 貴族ってのはそこまで阿保なのか?」


 一度だけエルフの森で魔力酔いに掛かった事のあるルキウスからしてみれば、自分からあの症状を引き起こすなんて、正気の沙汰とは思えなかった。世界が回り、目の中に星が舞い散る。そして過去の記憶がフラッシュバックするのだ。悪夢を多く見てきたルキウスにとって、それはまさに悪魔の薬としか思えなかった。


「貴族というのは迷信や噂、仙薬や霊薬の類には目がありませんからね。 あらかたの快楽を知ってしまった彼らが行き着く先は、不死という夢想です。 故にたとえ魔力酔いと言われても、時間を遡っているわけではないと言われても、信じる者は少ないのですよ。 そして、実際に効力が出ている以上、止められる術もない」


「金持ちの道楽なだけに、規制も厳しいってわけか」


 4大貴族という帝国には欠かせない存在までもが1枚噛んでいる以上、憲兵団でさえも大きな行動は起こせないのだろう。その証拠に、静かに瞳を伏せたサラディンは、ルキウスの質問に沈黙で答えた。


「それで、どうなされますか? 購入希望者が続出したため、明日の夜には、競売に掛けられることになっていますが」


「そんなもん、決まってる」


 多くの疑問はまだ残っているが、いら立ちを隠しきれないルキウスは脇に置いてあった帽子を乱暴に被り直し立ち上がると、背中の壁際で待機していたリフィアを呼び寄せ、一つの命令を与えた。


「リフィア、至急出かける準備をしてくれ。 帝都に行く予定が、たった今できたんでな」 


 一連の話を聞いていたリフィアはその命令を受け、口元に小さな笑みを浮かべて優雅に頭を下げて見せた。


「わかってるわよ。 ……ご主人様」


 ルキウスが迷いなく下した命令。それはリフィアが望んでいた命令でもあった。

 その時初めて、リフィアはルキウスが自分の主という事を、誇りに感じていた。

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