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アルトリウス家の使用人  作者: 夕影草 一葉
帝国軍の負の遺産
30/32

人外

 ルキウスは、自分でも驚くほど冷静に目の前の相手へ猛攻を仕掛けていた。

 風を切り裂く音と共に、鈍色の刃の嵐がリカードの体へと瞬く間に裂傷を刻んでいく。赤より黒に近い鮮血が剣閃を残すかのように地面を染め上げ、その度にリカードの体の一部が吹き飛び、燃え尽き、灰と化す。


「どうやらあの魔族の雌に特別な思い入れがあったようですね。 いえいえ、別に気にすることはありませんよ。 ただ、軍役時代に娼館に通う事もなかった貴方に、まさかそんな趣味があったとは考えもしませんでしたが」


 だが、人間ならば確実に死んでいるであろう苛烈な攻撃を何度も受けてなお、リカードは当初から浮かべていた笑みを崩さずにいた。

 右手を吹き飛ばされ、瞬きをした次の瞬間には左手も宙を舞っている。しかし、その次の瞬間には斬り飛ばされたはずの右腕は完全に回復していた。首や足を切断されても結果は同じ。それは魔力生成効率の非常に高い魔族の角の能力とリカードの会得した死者の書を応用した超速再生。その冗談とも思える程の再生能力を前に、ルキウスは手をこまねいていた。

 そしてルキウスの攻撃の手が止まった隙に、リカードは腰に差してあった軍刀をゆらりと引き抜きながら、言った。


「無駄ですよ。 今の私には尽きる事のない無尽蔵の魔力と、この死者の書の原本がある。 殺しきるには、少しだけ難しいかもしれません」 


 その不快な笑い声は、再びの風切り音によって書き消える。

 手足を飛ばすだけでは意味がない。それならばとルキウスは灼熱の魔剣でリカードの心臓を抉り、魔力で肥大化した体を蹴り飛ばすも、その体は地面に転がることなくふわりと元の姿勢へと静かに戻る。そして魔物の様な爪を有した右手で、目元のモノクルの位置を治しながら、リカードは愉快そうに肩を揺らした。 


「合わせなさい、ルキウス。 あの化物を滅ぼすには私の力が必要よ」


 まき散らされる怒気と狂気の激突を静観していたロロが思わず呼びかけるも、ルキウスは視線すら向けずに言葉を遮った。


「手を出すな、ロロ。 これは俺の戦いだ」


「感情に踊らされるんじゃないわよ。 それにこれは私達魔女の問題でもあるのよ。 あいつはフィオナとその友人を攻撃した。 それはつまり、私の客人を攻撃したってこと。 許されざる行為よ」


 ルキウスという人物を少なからず知るロロは、今の彼の姿を見て驚きを隠せずにいた。

 それはロロがルキウスを常識と倫理を持ち合わせた人格者であると認識していたからだ。

 変わり者である魔女達は、自分達が他者からどう認識されているか十分に理解している。理解したうえで自分達の生き様を貫いているのだ。そしてそこには誇りと矜持が存在する。それを理解し尊重するルキウスという存在は、魔女から見ても変わり者に違いなかった。だがそれは他者よりも他人の理解に尽力する、ひとの上に立つべき人間の素質ともいえた。そして実際に、その頭脳と実力で帝国軍を最強と呼ばれるまでに鍛え上げたのだ。

 そんな彼が感情や自分の都合によって怒りをむき出しにすること自体、ロロには想像ができなかった。

 そしてその怒りの発端となった魔族の少女という存在にルキウスが抱いている感情も、理解しがたい物だった。

 だがその怒りをどう捉えたのか、リカードは再び下劣な笑みを口元に浮かべ、笑いを零した。


「なるほどなるほど。 魔女は仲間意識が強いと聞いていましたが、本当だったようですね。 そういえば、あの魔女も魔族の雌を必死に庇っていましたが、そういう意味があったのならば納得です」


 露骨な挑発を叩くリカードへとロロが魔法を打ち込もうとした、その瞬間だった。

 大気を焼くほどの熱風が草原を駆け抜け、血の蒸発する臭いが周囲の者達に死の恐怖を彷彿とさせた。見る者に畏怖と恐怖を抱かせる赤毛の悪魔は、煉獄に染まる魔剣を片手にリカードへと肉薄。その人智を超えた動きは老練な魔女の目をもってしても捉えることはできはしなかった

 そして軍人としての経験から反射的に距離を置こうとしたリカードは、目の前で冷酷な笑みを浮かべる悪魔の小さな囁きを耳にしていた。

 

「消えろ」


 おおよそ温度を感じさせない絶対零度の言葉は、獄炎となってリカードを包み込んだ。

 そして大空を焦がす程の炎の柱が周囲一面を火の海へと変貌させる。遅れて訪れるのは壊滅的な爆音と破壊的な衝撃。生きたまま業火に焼かれる男の壮絶な悲鳴がその威力を物語っていた。

 一度でもその身に受ければ、確実に死を招く地獄の炎。その威力を最も知る帝国軍の師団長だった男はしかし、徐々に悲鳴とも笑い声ともつかない奇声を上げながら、再び立ち上がった。

 

「言ったはずですよ。 その程度では、私は死にきれない。 もはや自分の意思で死ぬ事さえできないのですから。 そして今の私には魔族特有の高い魔法耐性が幾重にも付加されています。 いくら魔剣の炎と言えど、古の魔女の魔法でさえも、殺しきるには至りません」


 その言葉を証明するかのように、リカードの醜く焼け爛れた顔面が徐々に元の形へと戻り、そしてすぐに無傷の状態へと回帰する。


「愚かしい人間共が理想を見た不老不死も、そこまでいくとただの呪いね。 死を失くした存在は、生きていない事と同意義よ」


「おやおや、長寿で知られる純血の魔女に言われることになるとは。 私達は同じ境遇の者同士だと思っていたのですが」


「ええ、それは貴様の勝手な妄想よ。 魔女は不老ではないし、死とは縁遠いけれど不死ではない。 他人の痛みも理解できる。 そしてなにより死者を辱める事もない」


「その言葉を、この死者の書を持っていた魔女の前でも言えるか、怪しい物ですね。 死者の記憶や技術を他の死者へ付与していた、あの魔女に」


 そう笑うリカードへ、ロロは反論を叩きつけた。


「言えるわ。 なぜならアンクは自分の意思を持っている。 言葉は喋れないけれど、彼は自分の意思で死者の力を受け入れている。 無理やり従わせる貴様とは比べ物にならないわ」


 忌み嫌われる力として死者に干渉する魔法は魔女達によって発現され、そして同時に禁忌に指定された。それは一歩使い方を誤れば破滅の呼び水となるからだ。それは幾度となく繰り返されてきた歴史が如実に物語っていた。

 その禁じられた魔法の魔導書に選ばれ、そして使う事を選んだフィオナは同族からも冷たい視線を受け続けていた。同族との関係を重んじる魔女の中で、唯一冷遇されていたのだ。だがフィオナは魔法を仲間を守る為に行使し続けた。その彼女の気高い決意と意思を守る為に、ロロは手に持った杖に魔力を流し込み、必殺の魔法を顕現させる。

 そんな剥き出しの敵意と暴力的な魔力の嵐にリカードは顔をしかめた。 

 

「よほどあの魔女と魔族を気に入っていたようですね。 本来ならばこの本を奪うだけの予定だったのですが、予想外にも抵抗されたので殺しただけです。 元軍人だった貴方ならば、理解できるでしょう。 必要悪の犠牲だったのですよ、彼女たちは」


 ロロの放つ荒れ狂う魔法陣をしり目に、リカードは静かに佇むルキウスへと視線を向ける。

 しかし、かつて戦場で数知れない程の部下の命を救ってきた男へ、ルキウスは殺意と怒りをぶつけた。


「それ以上なにも喋るな。 お前のような化け物の考えなんて理解できるわけがないだろう」


「化け物? それは貴方も同じでしょう。 それにいくら怒気をまき散らそうとも、私を殺す事は不可能だと言ったはずですよ。 たとえ貴方であろうとも」


「一度で死ぬことが無いのなら、死ぬまで繰り返すだけだ。 再生もできない程に焼き尽くし、灰塵と化すまで」


 技が無効化された訳ではない。当たらない訳でもない。確実に致命傷を与えている。それでも、最終的には回復されてしまう。ならば何度でも殺せばいい。

 ただ純粋に目の前の存在を効率的に殺す事だけを考えるルキウスのまき散らす殺気に当てられ、リカードはようやく手に持った軍刀を構える。それはただ無気力に攻撃を受け続けていたリカードが、始めて見せた交戦の意思だった。

 

「それこそ、お前が死ねない体を悔いて、俺に殺してくれと懇願するまでな」


 暴力的ともいえる魔力の渦を纏った三者の拮抗を打ち破るように、唐突にリカードが口を開いた。


「『殺してくれ。 待っているあの娘の為にも』」


 それは慈しみに溢れた言葉。とてもリカードが放ったとは思えなかった言葉だった。だからこそ予想外の言葉に一瞬だけ時が止まり、ロロの動きが鈍る。本来ならば気にも留めない程の硬直。しかしこの状況での停止は致命的な隙となる。

 一瞬の慈愛の表情が壮絶な笑みに塗りつぶされる。リカードは狂気と化した腕と、大陸随一の技術をもって打たれた軍刀を振りかぶり、ロロへ肉薄する。

 

 そして、甲高い金属音と共に血飛沫が大地を赤く染め上げた。


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