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アルトリウス家の使用人  作者: 夕影草 一葉
帝国軍の負の遺産
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狂言

 後ろへ撫でつけた白髪に、知性を感じさせる鋭い目つき。軍人らしい背筋の伸びた姿勢。公国から仕入れたと言っていたモノクルには小さなヒビが入っていた。

 その見知った人物を見て、ルキウスは爆発しそうな感情を抑えつけた。


「生きていたんだな、リカード。 エルドやレイナからは、死んだと聞かされていたんだが」


「そういえば、私は死んだことになっているのでしたね。 しかし、事実は御覧の通りですよ」


 その落ち着いた声を聞いたルキウスは、自分の予想が当たっていた事を確信すると同時に、強い後悔の念を抱いていた。帝国軍の将軍としてだけではなく、公私に渡り信頼を置いていた相手の本性を見抜けなかったこと。そして、その失態によって必要のない犠牲者がでたこと。それらの怒りは、無能な自分と、記憶とはかけ離れた姿で現れた元凶へと向けられた。

 

「ルキウス。 あの男は、いったいなにかしら」


 目の前に現れた存在へと放たれたロロの一言には、おおよそ感情という物は秘められていなかった。あるのは純然たる敵意と殺意だけ。その原因は、男の姿にあった。

 

「少なくとも人間ではないわね。 あの角を見て魔族かとも思ったけど、それも違う。 あれは、私が今まで見た中でも最もおぞましい生き物よ」


 吐き捨てるようなロロの言葉に、男はくつくつと肩を揺らして笑った。


「これは、随分と酷い言われようですね。 この姿は、帝国が長年追い求めてきた、理想にして至高の姿だというのに」


 リカードは帝国の軍服に身を包んではいるものの、その姿は異様を極めていた。

 まず目につくのは、こめかみから伸びる左右非対称の黒巻角。魔族の証であるそれを有する彼の体からは、さらに数か所からも角が生えており、人間としての姿は殆ど残されていない。

 継ぎ接ぎされた痕の残る皮膚や、それを無理やり突き破って生えている角。目の色は左右で異なり、右腕に至っては人間よりも魔物に近い鋭い爪を備えていた。

 そしてその悍ましいと形容できる姿は、ルキウスに悪夢の計画を彷彿とさせた。

 

「成功させたのか、エリクシア計画を」


「完成させたと言ってほしいですね。 

 当時の研究員たちは被験者の適性が低いことが失敗の原因だと思っていたようですが、それは誤りだ。 原因は魔族の側にありました。 魔族の角は本体の意思によって働きが大きく変化する。 望まない死を迎えた魔族の物を使えば、当然その感情の残滓によって被験者も死にます。 

 しかし、死体の制御を完璧にこなす事ができれば話は別。 死者の書によって死後の感情を抑え込む事に成功したのですよ。 その結果が、この姿という訳です」


 そう喜々として語るリカードは、誇らしげに両手を広げて見せた。

 魔族に備わっている二本一対の角を、数え切れないほど移植した身体。

 それはエリクシア計画が成功した事を意味しており、同時にそれだけの魔族が犠牲となっていることも示唆していた。


「いつからだ。 いつから、帝国軍を裏切っていた」 


 ルキウスの知る限り、リカードの従軍期間は短くはない。それこそ、ルキウスが軍人としての仕事を覚える頃には、既に医者ではなく軍医として働いていた。前将軍のレガドからも信頼されるほど長く帝国軍に貢献していたのだ。

 そんな男がどこから自分達を裏切っていたのか。ルキウスは徐々に大きくなる怒りをどうにか抑え込み、問い詰める。だがリカードはルキウスの怒りをあざ笑うかのように、言い放った。


「裏切り、という言葉には語弊があります。 私は最初から、自分の目的のために帝国軍にいました。 一度たりとも『自分は仲間だ』などと言った覚えはありません。 しかし、それを仮に裏切りと呼ぶのならば、その理由となったのは貴方の退役ですよ、帝国の英雄ルキウス・アルトリウス前将軍」


「なにを、いっているんだ? 凍結された計画を再開し、友好の証としてアリーシャから受け取った魔導書を悪用したお前ではなく、俺が原因だと? ふざけるな!」


 怒気が混ざった罵声を受けてなお、リカードは張り付いた笑みを崩さない。


「私はいたって真面目ですよ。 王国を滅ぼし、公国を従え、大陸に平和と平穏をもたらすはずだった貴方が、帝国軍を抜けた。 だからこそ、私自身がその存在となるために、こうして力を手に入れたのです。 残念なことに、私には将軍としての才能は有りませんでしたからねぇ。 しかし今や、全ての国を手中に収めることも可能です」


 エリクシア計画の最終的な目標は、角の移植によって魔族と同等の魔力を人体に付加すること。

 魔族の角は他種族にはない特別な器官であり、エルフや魔女といった古代から存在する種族と同等の魔力総量と魔力回復速度を実現する魔族の心臓ともいえた。

 その凄まじい性能を損なわずに、数え切れないほどの角を体に移植できたとすれば、ひとりで一国を相手にできるだけの力を手に入れる事は出来るだろう。


 「それが、お前の望みか。 圧倒的な力で、大陸を支配することが」


「いえいえ、そんな事に興味はありませんよ。 私が欲しているのは、その先です。 医師として働いていた頃から、私は理想の世界を夢見てきました。絶対的な支配者によって統治された、真に平和な世界を。 そして今まさに、その理想を実現するための力が、私の手の内に存在する」 


 リカードは変わり果てた自分の右腕を眺め、恍惚とした表情を浮かべる。

 その様子を見ていたロロは温度を感じさせない冷たい言葉を投げかけた。


「ふん。 聞いていればつまらん戯言をのたまっていうようだけれど、貴様ひとりでこの大陸を支配できるとでも? 思い上がりも、ここまで来ればいっそ哀れね」


 苛烈な挑発だが、ロロの言葉は的を射ていた。

 強力な力を持っていれば、戦争に勝利する事はできる。しかし、その国々を支配できるかは別の問題だった。恐怖によって抑圧することはできるだろうが、内政や統治をたったひとりの人間で行うことは不可能だ。ルキウスは恐怖や暴力によって支配されてきた国々が、どういった末路を辿るかを理解している。

 だがリカードは笑みを崩さずに、返答する代わりに腰に吊るされた一冊の本を取り出して見せた。


「いいえ、私はひとりではありませんよ。 今の私の手元には、これがあるのですから」


 余裕さえ感じさせる様子のリカードが取り出したその本には、ロロとルキウスは見覚えがあった。

 それは、ふたりが知る魔女の持っていたはずの魔導書だったからだ。


「貴方、その本は……。」


 激情の混ざる声音を捻りだすロロの視線は、その魔導書にくぎ付けにされていた。

 同じくしてルキウスも、腰の魔剣の柄へと手を伸ばし始める。

 そしてふたりの感情を楽しむかのように、リカードはその背表紙をひと撫でした。


「えぇ、そうです、死者の書の原本ですよ。 森の中で『偶然』にも遭遇した魔女と魔族の少女達から譲り受けた物です。 もっとも、譲り受けたといっても少々手荒い交渉をさせてもらいました。 いやはや、意外と抵抗されたものでね」


 その瞬間、ロロの周囲にいた魔女達にも動揺が走る。

 いくら未熟とは言えども、フィオナは一介の魔女。それが容易に打ち破られることなど、本来ならばあり得ないからだ。そして魔導書は魔女にとって最大の至宝。それを奪うことは、魔女にとって最大の屈辱とされていた。

 それを知ってか、リカードは徐々に狂ったような笑い声をあげていった。


「この魔導書を使い、私は死者の軍勢を従える。 そして帝国、王国、公国を我が手中に収め、真の平和を実現させる! それが私の思い描いた真の世界の姿で――」


 その言葉は最後まで発せられなかった。リカードの右腕が消し飛んだからだ。

 きりもみしながら吹き飛んだ腕は業火に焼かれ、やがて灰となり完全に消滅する。

 余りに急な出来事にリカードは、無くなった腕と目の前で魔剣を振りぬいたルキウスを見比べていた。

 

「お前、マリーに手を出しやがったのか」


 目で追えない程の速度で剣を振りぬいたルキウスは、ゆっくりと顔を上げ、リカードへと視線を向ける。目には炎の様な赤色を光を灯していた。

 その姿は、リカードの知る将軍としてのルキウスの姿。赤毛の悪魔として記憶に残る、ルキウスの姿だった。


「楽に死ねると思うなよ?」


 戦場を離れたはずの悪夢が、再び牙を剥こうとしていた。

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