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アルトリウス家の使用人  作者: 夕影草 一葉
帝国軍の負の遺産
25/32

決起

「邪魔するぞ……ってどうしたんだよ、リフィア。 この世の終わりみたいな顔してるが……大丈夫か?」


 気紛れな魔女とのお茶会を終え、フィオナの家へとやってきたルキウスが最初に目にしたもの。それは今にも泣き出しそうな表情で、顔を真っ青にしたリフィアだった。

 その隣に座るレイナは申し訳なさそうに苦笑を浮かべており、卓上にいるイニアに至ってはヒゲが垂れ下がっているように見えた。誰が見ても、なにか問題があったのは一目瞭然だった。

 顔を心配そうに覗き込むルキウスに、リフィアはできる限り無表情で首を横に振った。

 

「だ、大丈夫、ですワ」


 初めてリフィアが丁寧に返事を返した瞬間だった。

 一抹の感動を感じると同時に、ルキウスは顔をしかめた。


「それほど大丈夫じゃない反応も珍しいな。 馬鹿正直なマリーですら、もっと上手く嘘をつくぞ」


 言って、ルキウスは嘆息を漏らすと、視線をイニアとレイナに向ける。 


「ごめん、ルキウス。 君がこの子に元将軍ってこと隠してるの、知らなかったんだ」


「ボクが最初に言っておかなかったのが悪いんです。 すみません、兄さん」


 その言葉を聞いて、ルキウスはリフィアの態度の理由を理解する。

 リフィアは将軍の婚約者候補だったことを誇りに思っていた節がある。その自尊心を傷つける事を避けるため、ルキウスも自分が将軍であったことを隠していたのだが、それも限界がきたという事だ。

 

「なんだ、そのことか。 殊更隠しておきたいことでもなかったからな。 別に知られて困る様なことも俺にはない。 若干、生活には支障がでるかもしれないけどな」


 どこか怪我でもしたのかと心配していたルキウスは、胸をなでおろす。

 リフィアにとっては屈辱的だろうが、それで怪我をしたり不幸になったりするわけでもない。

 ルキウスが気を取り直して見れば、次は顔を真赤にして自分を睨み付けているリフィアと視線が合った。まさに激怒寸前。そう判断したルキウスは慎重に言葉を選ぶが、その前にリフィアが先手を打った。


「なんで、黙ってたのよ……! 私に気を遣ってたってこと? それとも陰で笑ってたのかしら?」


「い、いや、そんな訳ないだろ……。」


「嘘よ! どうせ、私の話を聞いて、内心では笑ってたんでしょ!」


「いや、だから、落ち着けって」


 普段の様子からは想像もできない程に卑屈なリフィアは、目の端に涙を溜めていた。

 その年相応に少女らしい一面を見て、ルキウスも動揺を隠しきれなかった。屈辱で泣くという事を想定できていなかったのだ。

 不測の事態にしどろもどろで返すルキウスを見て、疑念を確信に変えたリフィアは涙を払いながら、視線を逸らす。

 途方に暮れたルキウスは、リフィアと同じ年頃の少女と住んでいる卓上の黒猫に視線を向ける。なにかいい助言を貰えるかと、藁にも縋る思いでだ。

 可笑しそうに笑うイニアはルキウスの要望に応えて、とりあえず話題をすり替える事を選んだ。


「それで、ロロとの話はどうだったんだい? あの気難しい女王様が今さら、君の話を聞くとは思えないけどね」 


「ご名答と言っておこうか。 あの魔女と話してると、こっちまで調子が狂わされる」


「そもそもロロは自分に否定的な相手と話す事を、極端に嫌うからね。 ボクなんて、目を合わせるだけでも鼻で笑われるよ」


「俺は最終的には叩き出されたけどな」


 おどけた様子で言ってのけるルキウスだが、内心では切迫した状況に焦燥感を募らせていた。

 魔女はその全ての力を持ってして、帝国軍を迎え撃つ準備を整え始めた。訴えかけた忠告も聞き入れてもらえず、最後にはロロに館から締め出してしまったのだ。それは、もっとも犠牲者を出さずに事態を収める方法を失ってしまった事を意味していた。

 魔女との話し合いで時間も作戦も失ったルキウスに残されているのは、最後の手段だけだった。 

 しかし焦りは禁物。出来るだけ冷静を装い、話を続ける。


「話が決裂した以上、俺はすぐにでも帝国軍の仮設拠点に向かう。 レイナは付いてきてもらうとして……リフィアは無理そうだよな」


 顔を合わせようとしないリフィアは、小さく鼻を鳴らした。


「行くわけないでしょ、そんなところ」


「これは、随分と嫌われたな。 それで、マリーはどうした? 見当たらないみたいだが」


 家の中を見渡し、ルキウスはイニアに問いかける。


「彼女ならフィオナと外に出かけてるよ。 安心するといい。 アンクが護衛に付いてる。 時間を考えればもうすぐ戻ってくると思うけれど」


 イニアの話を聞いたルキウスは逡巡する。

 広大とまではいかないものの、幻想の森は見て回るには十分に広い。下手をすれば、多少なりとも待つ可能性もある。戦場となるかもしれない場所に置いていく事も不安だが、それでも帝国軍の進行は待ってはくれない。ならばとルキウスは、首を横に振った。


「いや、ロロの性格を考えればすぐにでも出立したい。 魔女の割には気が短いからな。 レイナには道案内を頼みたい」


 話し合いの時に感じた魔女への不安が首をもたげる。今にでも魔法で帝国軍への攻撃を始めるのではないか。そんな不安がルキウスから余裕を奪い去っていた。

 その全く時間が無いわけではないが、少しでも手順を間違えれば戦争へと発展しかねない状況で、ルキウスは有無を言わさぬ口調でレイナに指示した。


「はい。 ボクはそのために、この場所に来たのですから」


 その不安を払拭するような力強い返事に頷くと、ルキウスは不貞腐れるリフィアに言葉を投げかける。

 

「リフィア。 その、隠していて悪かった。 戻ってきたら、ちゃんと話そう」


 そんな不器用な言葉に、リフィアは黙ったまま窓の外へ視線を向けていた。

 常に気丈に振る舞い、並々ならない胆力を見せていたリフィアも、一介の女の子なのだとルキウスは理解させられていた。

 扱いの分からない年頃の少女にも頭を悩ませるルキウスは、続けてイニアへ視線を向けた。


「分かってると思うが、マリーとリフィアを頼むぞ」


 神妙な面持ちで、ルキウスはイニアに告げる。

 この家も危険度は低いが、それでも安全とは言い難い。戦争となれば戦火は幻想の森全域に広がる可能性があるのだ。故に念を押すルキウスに、イニアは任せろと言わんばかりに顔を引っ掻く仕草を見せた。


◇◆◇


「兄さんはどう思いますか」


 すでに空が茜色に染まり始める頃。

 馬で平原を掛けるルキウスは隣を走るレイナを目端に捉えながら、ひたすらに目的地へと疾走していた。その最中に掛けられた言葉は随分と言葉足らずだったが、ルキウスには何を聞いているのかは言わずとも理解できていた。

 馬車の中に置きっぱなしだったお気に入りの帽子を被り直し、長い間悩んだ末に答える。


「この状況のことを言っているのなら、不明瞭な点が多すぎる。 事の全貌が掴めてない以上断言はできないが、偶然が重なったというよりも誰かが裏で糸を引いている可能性が高いだろうな」


 当然の事のように、結果を得るには過程が必要となる。しかしルキウスには、現在に至る過程の部分がひどく不可解な物に見えていた。

 幻想の森攻略戦。幻想の森に眠る資源を確保するために帝国軍は今も進軍を続けているだろう。

 しかし、本来の帝国軍人ならば誰もが何を馬鹿なと鼻で笑う作戦のはずだった。しかし今では不自然なほどに戦争へと歩みを進めている。現在の帝国軍の動向は、異常を極めていた。

 

「やはり、元凶はあの男だと思いますが……。」


「エルドか? 確かにアイツは最も最初に疑うべきだろうな。 だが、流石のアイツでも……いや、アイツだからこそ、こんな無謀な作戦を決行するとは思えない」


「どういう事ですか?」


「真っ先に疑われるってのに、態々殺し屋まで雇ってリカードを殺すと思うか? それじゃあ俺を疑ってくれって言ってるようなものだ」


 リカードが何者かに殺されたと仮定した場合、最も疑わしいのは将軍代理を務めるエルドだろう。しかし、将軍代理を務めるエルドは、屈強で知られる魔族との争いで成り上がった優秀な戦士でもある。軍人としての経歴も長く、非人道的ではあるが軍人としては正しい判断をする事が多かった。

 魔族との戦争も、魔族は敵だと帝王が定めた。だから軍人として殺した。それだけの話だった。 


 それだけにルキウスは、エルドが幻想の森攻略戦という無謀とも思える作戦を決行する事に疑念を抱いていた。純粋な損失と利益を鑑みるなら、この作戦は利益に傾くだろう。だがそれも成功すればの話だ。

 賭け事に例えるのならば、奇跡的な確立の勝ち目に全財産を投げ打つことと同じだ。失敗すれば、その分の損失は帝国軍の壊滅という最悪の形で実現される。

 いくら将軍という報酬が目の前にぶら下がっているからと、経験豊富なエルドがそこまで無策に作戦を決行したとは、ルキウスには考えられなかった。


「でも、アイツは師団長会議で言いました。 この作戦に賛同しない奴は、死ぬことを覚悟しておけって……。」


 ルキウスの答えに煮え切らないレイナは訴えかける様に呟いた。

 その必死の言葉をルキウスは疑っていたわけではない。嘘偽りを語る人物でないと理解しているのもあるが、嘘をついている様子も皆無だからだ。

 当然、レイナが言ったその言葉は真実なのだろう。しかし、そこにはそれ以上の意味が隠されているのだ。

 

「今の情報量で軽率に答えを出すのは危険だ。 だが、事が起きてからじゃ遅すぎる。 エルドとの話で全てが解決するのなら、それが一番なんだが」


 期待を込めたルキウスの言葉は、地平線に沈んでいく太陽の光と共に霧散した。

 膨大な力を秘めた太陽が吸い込まれていくその光景に、ルキウスは時間の残りが少ない事を悟る。

 帝国軍の進行速度と幻想の森の位置を逆算すれば、既に軍がそこまで来ていてもおかしくはない。

 今一度、ルキウスは自分の持ちうる知恵と知識で事態の整理に取り掛かる。 


 ルキウスとレイナが軍の駐屯地に到着したのは、月が昇りきってからの事だった。

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