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アルトリウス家の使用人  作者: 夕影草 一葉
帝国軍の負の遺産
22/32

隠蔽

主人公不在……。

きっとロロお嬢様の説得に時間が掛かってるんでしょう。

 

「あの、ここは……。」


 木々の間にひっそりと佇む小さな家を眺めて、マリーは目の前を歩いていた少女へと問いかける。

 周囲には他の家どころか、ひとの気配すらしない深い森の中。湧水の溜まった小さな湖畔の傍にある家屋へと案内されたリフィアやレイナも、マリーと同様に少女の返事を待っていた。

 幻想の森でも自由に行動できる薬を届けに来た少女――フィオナは、馬車でルキウスの帰りを待っていた三人に詳しい事情を話すと、ロロの元へ案内するわけでもなく、そのまま自分の家へと足を運んでいた。

 それは、少なからず因縁のあるふたりの話し合いには、長い時間が必要だとフィオナなりの気遣いでもあった。

  

「ここは、わたしのお家。 ルキウスの話が終わるまで、ここで待つ」


 マリーの質問に手短に伝えるとフィオナは手をかざし、遠く離れた扉を触れることなく開け放った。 

 客人を引き連れたフィオナは美しい花々が植えられた花壇を通り、古い手紙入れの中を確認すると、そのまま開かれた扉をくぐる。それに続く招かれた三人は興味深そうに室内を見渡した。

 軍人のレイナやリフィアですら背表紙すら読み解けない書籍。色とりどりの液体を封じ込めた瓶の数々。干された植物や、壁に掛けられた大小様々な道具の用途は、三人とも想像すらつかなかった。

 そしてリフィアは、身の丈に合わない大きな帽子を外したフィオナへ訪ねる。

 

「もしかして、フィオナも魔女なわけ? さっきの薬も、普通の薬とは少し違うみたいだったし」


 その質問には、弱冠の困惑の色が混じっていた。 

 広く知られる魔女の印象と、目の前の少女の心象は余りにかけ離れていたからだ。

 絶対的な力を、気紛れに振るう天災にも似た存在。それが人間の描く魔女の偶像。

 しかしフィオナはあっけなく、こくりと頷いた。


「そう。 でも、違う」


 人形の様な表情で放たれた、矛盾した言葉。

 まさか揶揄われているのかとリフィアが眉をひそめたその瞬間。

 聞き覚えのない声が、客人である三人の注意を掻っ攫った。


「こらこら、お客さんが困ってるだろ。 フィオナは口下手だから、仕方ないんだろうけど、もう少し分かりやすく説明しなきゃ」


 ため息交じりの言葉を発したのは、窓枠から外を覗いていた、一匹の黒猫。

 暗い影を思わせるその猫――イニアはルキウスの言葉通り現れた客人を見て、フィオナの肩へと飛び移る。

 一方のマリー達は、喋る動物という存在を前に驚きに目を見開いていた。


「どうも、こんにちは! ボクはフィオナの友人で使い魔のイニア。 見ての通り、しがないただの黒猫さ」


 間延びした声の自己紹介に、最初に反応したのはマリーだった。

 驚愕の硬直から立ち直った彼女は、すぐにフィオナの肩に乗るイニアへと詰め寄った。


「すごい! フィオナのお家にはしゃべる猫ちゃんがいるんだ!」


 大陸には獣人という獣の特徴を残した種族も存在するが、それでも形状は人間に近い。しかしイニアは本来の姿のまま言葉を操っている。それをみて、リフィアやレイナでさえも目を丸くして言葉を失っていた。

 生れて初めて見る喋る動物を前に、マリーは満面の笑みを浮かべてイニアの頭を撫でまわす。


「すごい! 可愛い!」


「本当に、言葉を理解して喋っているのか。 なんとも不思議だな……。」


「そこまで素直に喜んでもらえると、なんだか恥ずかしいね。 久しぶりにあった男には軽くあしらわれたから、酷く懐かしい感覚だよ」

 

「その男っていうのが誰が、容易に想像できるわ……。」


 ふとした黒猫の呟きに、額を抑えるリフィア。

 少しの間は無抵抗で撫でられていたイニアは、唐突にフィオナの肩から飛び降りると、部屋の隅に備え付けられていたテーブルの上に座る。

 名残惜しそうなマリーの視線が、揺れる尻尾を追いかけるが、その前に黒猫が口を開いた。


「先程の質問の答えがまだだったね。 フィオナが魔女であって魔女でない理由。 それはフィオナの生まれにあるんだ」


「長くなりそう。 どうぞ、座って」


 黒猫の語りを遮って、フィオナが三人に椅子を勧める。

 しかし外見通りの小さな家に、大人数が掛けて座れるような椅子は無い。奥の厨房や違うテーブル、揺り椅子からどうにか人数分の椅子をかき集め、イニアの座るテーブルを囲むように各々が腰を下ろす。

 

「ええっと、魔女って魔法が使える女の人のことじゃないの?」


 いつの間にか部屋には独特な茶葉の香りが広がっていた。

 周りを見渡し、紅茶のカップを用意しているフィオナを見て、揺り椅子に座るマリーは首を傾げる。

 一般的に古代魔法を行使する女性は魔女、そして男性は魔法使いと呼ばれる。一方、現代魔法を使う者達は男女共に魔導士と呼ばれる事が多い。ならばフィオナという少女もその法則に則って魔女と名乗っているのではないか。ルキウスから教えられていたマリーはそう考えていた。

 それに、新品同然の来客用のカップを並べるフィオナは短く答える。


「そう。 だけど違う」


 その返答に、マリーは反対方向に首を傾けた。


「あはは、さらに混乱してるみたいだね。 そっちの軍人は気付いているかもしれないけど、つまりフィオナは純血の魔女ではない、後天的な魔女ってことさ。 生まれてから、理由があって魔女になったんだよ、フィオナは。 だから種族は人間だけど、分類は魔女ってことになるんだ」


 わかったかい?とマリーの反応を見て楽し気に笑う黒猫の尻尾が揺れる。

 マリーは納得した様子で頷いていたが、レイナとリフィアは得心のいかない様子で目を見合わせた。

 イニアの話に一種の疑念を抱いていたからだ。


「種族が人間って……そんなことって可能なわけ?」


「どういうこと?」


 リフィアの意図が読めないマリーは咄嗟に問い返す。


「人間の魔力総量が異種族と比べると、例外を除いて低いのは周知の事実よね。 人間に蓄えられる魔力なんかじゃ古代魔法なんてとてもじゃないけど使えっこない。 だからこそ現代魔法が生まれる事にもなったのよ」


 王国の研究していた魔法は、古代の遺産と呼ばれ人間では到底扱える代物ではなかった。元々は最も魔力総量の多いとされるエルフが編み出した秘儀。種族で言えば対極に位置する人間が扱える道理などなかった。

 しかし貪欲な人間は、神秘や奇跡の象徴として知られる魔法という力を欲した。その結果、自然へ無理やり干渉する方法を編み出し、まがい物の神秘を手にしたのだ。それこそ、気が遠くなるほどの歳月を研究に費やした結果だ。

 リフィアの言葉を理解したレイナが、補足するように言葉を続けた。


「つまりリフィア嬢は、古代魔法の使える魔女となれる手段があるのならば、現代魔法は生まれなかったと言いたいんだ」


 仮にも魔法とはついてはいるものの、古代魔法と現代魔法の間には埋めようのない差が存在する。

 方や自然に若干干渉する程度の力しかないのに対し、片や天候や地形すらも変化させる程の力を持っている。どちらが有用かなど比べるまでもないだろう。

 レイナの言葉に頷く黒猫はしかし、黒い前足でリフィアを指示した。


「聡明なお嬢さんだ。 でもだからこそ自分で答えを言っているよ。 例外を除いて、とね。 フィオナは生まれながらに高い魔法適正を持っていたんだ。 その素質は結果的にフィオナを魔女に導いた」 


「でも、どうしてフィオナは魔女になったの?」

 

 コポコポとお湯が沸きあがる音を聞きながら、マリーは素朴な疑問をぶつける。

 そしてその疑問はリフィアやレイナも同様の物を胸に抱いていた。魔法への適性が生れ付き高い人間は、普通の人間よりも強力な現代魔法を扱うことができる。魔女という特異な種族にならずとも、魔導士となれば王国や帝国では引く手数多だ。そうなれば不自由なく、優雅な生活を送ることもできたはずだ。

 しかしそれをしなかった理由。そしてそうなってしまった理由に、三人は耳を澄ませた。


「魔女になるには、魔力覚醒を引き起こす必要があるんだ。 詳しくは言えないけど、強い意志や欲望、ある種の激情によって、魔力と精神が共鳴し合う現象だよ。 それによって、フィオナは魔女になったのさ。 素質を持った少女が酷い境遇で魔女になるって話は、あながち間違いでもないんだよね」


 それはマリーの求めた答えではなかった。

 しかし、そこに意図的な物を感じたリフィアは小さく鼻を鳴らす。イニアという黒猫がフィオナを守る為に存在しているのだと確信したのだ。曖昧に誤魔化したのは恐らく、それ以上は立ち入るなという黒猫の啓示。

 煮え切らない答えに納得のいっていないマリーは隣の席を見るが、レイナも静かに瞳を伏せるにとどまった。

 視線を奔らせたマリーと、テーブルの上に座るイニアの視線が交差する。そして再びマリーが口を開こうとした、その時。


「どうぞ」


 不思議な香りのお茶がテーブルに並べられる。

 金色の意匠で縁取られたカップの中は、透き通った朱色の液体で満たされていた。

 見たこともないお茶を前に視線をくぎ付けにされたリフィアと、黙り込むレイナ。2人を見てマリーは開こうとしていた口を閉じた。それを見届けたイニアは、背中しか見せない主人を確認すると、小さく笑いを浮かべた。

 

「さて、丁度お茶がはいったみたいだ。 一度、話はこの辺で終わりにしておこう」


 自分の前に、ミルクの入った皿が置かれるのを待って、イニアは満足げにそう付け足した。

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