没落
帝都を治める帝王・スタリオンは大の女好きである。その周囲には一日ごとに違う貴族や平民、それこそ種族をまたいだ娘が集められ、日々色ボケの生活を満喫しているという。
むろん、そのことを知りえるのは上層のごく少数であり、その少数の中の一人であるルキウスには、そこまでして女を抱くという行動が理解できていなかった。
過去に何度か部下に勧められて娼婦を買ったことがあったが、その良さが分からなかったのだ。一晩にそれほどの金を払うのなら、上等な煙草を買った方が良いとさえ思ったほどに。
ゆえに、娼婦から奴隷へと身を落とした女達の前を素通りして、奴隷商と共に奥へと進んでいく。欲しいのは家事をこなせる、メイドの真似事が出来る奴隷なのだ。
血を血で洗う戦場から遠のき、平穏な田舎での生活を始めようとした矢先、ルキウスは自分の生活力の無さを悟った。まず、飯が作れない。いや、まったくではないが、軍食と言われる簡単なレシピに限られてしまう。そしてなにより、やたらと大きな屋敷を買ったために、掃除するのにも一苦労なのだ。
これから料理を習う気もないし、掃除が趣味なわけでもない。なので楽をするため奴隷を買いに、帝都まで足を運んだ次第だった。
「お客様のご要望に応えられるような奴隷は非常に人気がありまして、競売で競り落としていただくしか……。」
奴隷商は張り付いたような笑みを浮かべ、ルキウスの様子をうかがっていた。
奴隷を買う際に、客側は最初に金額を提示するのだが、その金額によって商人の対応は大きく変わってくる。
そして何より、ルキウスの正体を知っている商人は、その提示された金額を見て、終始笑顔を浮かべていた。
「競売? なんだか面倒だな。 ……あいつは?」
競売場に連れてこられたルキウスが見つけたのは、奥まった牢に入れられた少女だった。
貴族の証である金色の髪を持っており、身なりが小奇麗に保たれている好待遇を見ても、それなりの教養や知識があるように見える。知恵を持つ奴隷の方が、待遇が良いのだ。
競売場を離れて、奴隷の入った牢へ近付くルキウスに奴隷商は少しだけ笑顔をひきつらせた。
「彼女は競売に出される予定だった奴隷です。 元々貴族の令嬢だったのですが、本家が領土拡張の祭にエルフと抗争を起こしまして、没落したとか。 一応は家事の類は出来るようですが、1つ問題が」
「かなり高いが、家事ができるのがいいな。 よぉ、嬢ちゃん。 名前は?」
奴隷商が制止するまえに、ルキウスは昨日がた帽子を渡した少女に掛けた言葉を、奴隷へと投げかけた。
その少女が弾かれたように顔を上げる。まるでドワーフの作った麗人彫刻のような端正な顔つきに、蒼月色の瞳がルキウスを射抜く。なるほど、この値段が付くわけだと合点がいった。
だが人形のような少女は、その一言を言い放った。
「失せろ、バカ! 話しかけんな!」
ルキウスと奴隷商の表情が凍り付いた。
しかしそこは商売人としての経験があるのか、奴隷商は慌ててすぐに少女の言葉を取り繕い始める。
「おい、そいつを黙らせろ! し、失礼しました! 彼女はあの性格なので、一向に買い手がつかなく、数日後には高級娼館へ売り飛ばす事になっていまして」
そこでやっとルキウスは、自分が何を言われたのかを理解する。
そしてくつくつと肩で笑うと、一歩だけ奴隷の少女へと近づいた。
「まぁまぁ、そう邪険にすんなって。 ちょっと相談があるんだが、いいか?」
「な、なによ……。」
まさか食い下がるとは思っていなかったのか、少女は警戒気味にルキウスの言葉に耳を傾ける。
「そう身構えんなって。 俺は元々軍属だったんだが、料理はさっぱりでな。 退役して田舎暮らしを始めたんだが、自分の不味い飯を食い続けるのは耐えがたい。 だからよ、嬢ちゃんには俺の家で美味い料理を作ってもらいたいんだ」
奴隷商の怪訝な視線を受けながらも、ルキウスは話を続ける。
確かに商売側としては、最初に提示された金額でこの売れ残りの商品が売れるのなら、それ以上の事は無いだろう。しかしルキウスの意図が読めていなかった。
ただ、ルキウスは競売などという面倒ごとを省きたいだけだったのだが。
「……料理を作るだけね? 私に変な事しない?」
「変な事? あぁ、安心してほしい。 俺に子供を愛でる趣味は無いからな」
「こッ!? 私はもう14よ! 子ども扱いしないでちょうだい!」
「あぁわかったわかった、すごいすごい。 じゃあ、交渉成立ってことでいいか?」
慣れない買物を早く済ませたいルキウスは商談へと入ろうとするが、少女は牢の鉄柵まで来て、細い指を一本だけ立てた。
「いいえ、もう一つだけ条件を追加してちょうだい。 奴隷の証を付けないって」
「いいぜ。 じゃあ成立だな」
「まぁそうでしょうね……えぇっ!? あんた本気で言ってるの!?」
まさか要望が通るとは思っていなかったのか、条件を出した側の少女でさえも驚き、目を見張っていた。
しかし奴隷商がそれを見過ごすわけがなかった。商品を売る側としてルキウスへ忠告を促す。
「正気ですか!? 証が無ければ、奴隷を束縛しておくこともできないのですよ?」
「そんなもん付けてたら買物に行かせるのにも面倒だしな。 じゃあ金はこの嬢ちゃんを受け取ってから払う。 書類を持ってきてくれ」
それでも渋る奴隷商に契約書を取りに行かせると、少女は確認するように主人となるべく男へと問いただした。
「本当にいいの!? 奴隷の証が無かったら、わたしが逃げるかもしれないのよ!?」
「なんだお前、逃げるのか?」
「に、逃げないわよ! 例えばの話!」
「逃げないなら問題ないだろ。 そういえば、まだ名前を聞いてなかったな」
そんな今更過ぎる質問に、少女は呆れた様にため息をついた。
「なんなのよ、あんた……。 私はリフィア・リーフレットよ、嬢ちゃんはやめてちょうだい」
檻の位置の関係上、ルキウスを見下すリフィアは、名を名乗ると口元に小さな笑みを浮かべた。
たとえそのリーフレットの名前が今は没落していようと、彼女の口調からは迷いのない気高さを感じさせた。
「リフィアか、良い名前だな。 料理の味を期待してるからな」
一方、昨日と同じ言葉を繰り返すルキウスは、右手を牢の中へと差し出した。
少しだけ驚いた表情を浮かべたリフィアは、すぐに得意げな表情を浮かべて、その手を取った。
「わたしが作るんだから、美味しいに決まってるじゃない。 それで、あんたの名前は?」
「ルキウスだ。 よろしくさん」
「ルキウス? まさか将軍様の名前を真似て付けたんじゃないでしょうね? それだったら承知しないわよ。 これでも私は、将軍様のお見合い候補に選ばれてたんだからね」
その衝撃の告白に、ルキウスのこめかみに冷や汗が伝う。
「その、まぁ、そりゃすごいな。 なんか質問があるなら、家に帰ってからでいいか? まだ引越しが終わって無くてな」
目的の物を購入し、急いで帰ろうとするルキウスだったが、リフィアが馬に乗れない事が発覚し、結局は馬車まで購入する羽目になったのは、また別の話である。
日常編まで、あと少しです。