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アルトリウス家の使用人  作者: 夕影草 一葉
帝国軍の負の遺産
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思惑

 後ろの馬車から聞こえるレイナとリフィアの声を聞き流しながら、ルキウスは手綱を引きながら予定を頭の中で組み立てていた。

 レイナの知らせを聞いて家を飛び出したのが2日前。心もとない食料を補充するために寄った帝都で留守の家を任せる臨時の使用人を雇い、すぐさま目的地への路次に付いた。

 直線距離で言えばさほど遠くもない距離なのだが、現在に至るまで幻想の森への安全な道は確立されていない。それに、馬車には戦うすべを持っていないリフィアやマリーも同行している。となれば必然的に安全な街道をなるべく進む必要が出てくる。旅路の日数が増えるのは致し方ないことだった。

 広く人通りの多い街道でも周囲を警戒するルキウスの隣に座るマリーは、せわしなく月色の髪を撫でていた。

 

「家が心配だよな」


 御者席に座るマリーはいつもの使用人服ではなく、必要最低限の機能を備えた長旅に向いた出で立ちだった。いつか家を出ることになった際に必要だろうとルキウスが用意した外出用の装いだ。それでも落ち着きのない理由は、いつもと違う服装だからという理由だけではないだろうとルキウスは薄々気づいていた。

  

「えっと……わたし達がいつもやってる仕事を、他のひとに任せるのは、なんだか不思議な感じがして。 変ですよね、わたし」


 そう恥ずかしそうにマリーは笑う。それはすでに使用人としての自覚を持ち始めていた、真面目なマリーだからこその心配だった。

 急な出立で代理の使用人を悠長に選んでいる時間はなかった。紹介人を通して信頼できる人物と家の警護を任せられる人物を雇ったが、そのふたりの顔すら見ていない。

 今思えばもう少し時間をかけて決めても良かったかと、ルキウスは小さく頷き返す。


「変なんて事はないさ。 臨時とはいえ顔も知らない奴に家を任せるのは俺も不安だ。 早い所、用事を済ませて帰るとするか」


 隣で不安げな視線を投げかけてくるマリーに、ルキウスは軽い調子で返す。がしかし、その言葉とは裏腹に事態は深刻と言わざるをえない。

 帝国軍において将軍という立ち位置は非常に複雑である一方、絶大な権力が与えられている。時には四大貴族と同等の発言権を得る事さえある。最強と呼ばれる軍を指揮する立場であるのならば、それも当然と言えるだろう。

 そんな軍人ならば誰もが一度は夢見るであろう将軍の座につくにはふたつの方法がある。ひとつは全師団長及び現将軍に後継者として承諾されること。後継の儀とも呼ばれており、広く知られる将軍の引継ぎである。一般的に知られているのはこの方法だけだが、実は将軍となる方法はもうひとつ存在する。

 その条件が、何らかの事情によって将軍が不在となり、帝王から直々に次期将軍として任命されること。つまり偶然か必然か、今がその状況に該当するのだ。


「これがエルドの狙いだったら、リカードにはとんだ貧乏くじを引かせちまったみたいだな」


 前将軍のリカードが戦死した今、もっとも功績を上げた者が将軍として任命される可能性が高くなる。そして恐らく、エルドはそれを知って前人未踏の幻想の森攻略を強行した。広い領土と希少な魔力結晶を手に入れた暁には、将軍となる算段なのだろう。

 しかしリカードを殺した可能性が最も高いだけにエルドを疑いがちだが、それでもまだ断定はできなかった。そもそも、エルドも幻想の森での作戦に参加した際に酷い怪我を負い、生死を彷徨った事がある。それ以降絶対的に必要な作戦でもない限り、名前を聞く事すら嫌がっていたのだ。

 

「いくら名声の為とはいえ、アイツが幻想の森を選ぶ理由になりうるのか……?」


 ルキウスは現役時代を振り返るも、エルド・ラグバインには好意的な思い入れは無い。だが、それだけで判断する事をためらっていた。

 ただルキウスには、幻想の森もそうだが、それと同時に同盟を結んでいた世界樹海に住まう魔女の存在も頭痛の種となっていた。


「アリーシャも今回の事で戸惑っているはずだ。 向こうに付いたら、一度連絡を取る必要があるな」


「わたしのパパとママを探してくれるひと、ですよね」


「そうだ。 世界樹海も今回の事と無関係とも言い切れないからな。 特に、魔女を束ねる立場にあるアリーシャは動きずらいだろう」


 ひとたび戦争に突入してしまえば、アリーシャは同盟の幻想の森が攻撃を受けているのを黙って見過ごす事はできない。魔女はなにより横の繋がりを重んじるからだ。

 となれば幻想の森の守人と帝国軍が落ち着くまで、マリーの両親を探す話も流れてしまう。時間が経てば経つほど、相手側との会話が難しくなってしまう。その最悪の事態を、ルキウスはどうしても避けたかった。

 そもそもリカードが早々に戦死したこと自体、ルキウスは疑問視していた。そこにエルドの暴走が重なった。このふたりの行動は決して無関係とはいえないだろう。


「あの、ルキウスさん」


 不意に、思索に耽っていたルキウスの袖が引っ張られる。

 視線を向ければ、銀色の前髪から覗く緋色の瞳が不安げに揺れていた。


「ん? どうした?」


「今回のことに、わたし達が付いてきても良かったんでしょうか。 ルキウスさんの足手まといにならないか、心配で……。」


 これから行くのは一部では関わる事すら忌避される幻想の森。それもこれから戦争が起こるかもしれない場所となれば、マリーが気掛かりにするのも無理はなかった。

 だがルキウスはそんな不安を払拭するように、あえて軽い調子でマリーの肩を優しく叩いた。


「下手にふたりを残して出かける方が心配だからな。 それに、今回は少しばかりマリーに手伝ってもらいたいこともある」


「わたしに、ですか?」


 ルキウスの提案にマリーは小さく息を飲む。

 その様子を見て、ルキウスは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべる。


「守人の話はしたよな。 幻想の森を守る、いわゆる番兵みたいな連中だ。 その中に知り合いがひとりいるんだが、そいつと話をしてほしい」


 世界樹海に害をなす者に制裁を下す『魔女連隊』と、同盟を組んでいる幻想の森の『守人』。その存在はごく一部の人間しか知りえないが、戦力で言えば帝国軍と同等であるとルキウスは睨んでいた。その中でも最もルキウスが警戒するのが、かつてより友人として知っている人物であり、その人物を従える相手方との交渉に、マリーを選ぶと言っているのだ。

 

「ルキウスさんが言うなら、頑張りますけど……。」


 急に告げられた大役に、マリーは体を強張らせる。だが、精一杯の勇気を振り絞っているのだろう。ぎこちない動きながら首を小さく縦に振る。

 そんな律儀なマリーに、ルキウスはたまらず吹き出した。

 

「そこまで怖がらなくても大丈夫だ。 さんざん脅しておいてなんだが、その守人っていうのはマリーと齢がそう変わらない子供だ。 きっと仲良くなれる」 


 可笑しそうに笑うルキウスを見て、揶揄われたのだと理解したマリーはむくれて視線を逸らす。

 

「そういうのは、わたしよりリフィアの方が得意だと思いますけど」


 突き放しきれない、少しだけ刺々しい言い回しにルキウスは肩をすくめて見せる。


「アレは他人となれ合う性格じゃないだろ。 打算抜きに人と仲良くなるっていうのは、向いてなさそうだ。 その点、マリーが適任だと思ったんだが、やってくれるか?」


 決してマリーは交友的な性格ではない。それでもルキウスは彼女が適任だと感じていた。

 打算や計算といった邪な考えを抜きに、マリーという少女の素朴な優しさが必要だと判断した。魔女という気分屋でひどく傲慢な存在を相手に、リフィアではすぐに仲違いをしてしまうだろう。しかしマリーならあるいは。そう感じざる負えないのだ。

 寄せられた期待を感じ取ったマリーは、ルキウスの顔を見る事無く頷いて見せるのだった。

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