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アルトリウス家の使用人  作者: 夕影草 一葉
帝国軍の負の遺産
16/32

理由

 王国と帝国の関係を端的に表すのならば、相反という言葉が最も適切だろう。様々な種族が生きるこの大陸の光と闇。もっとも数が多くもっとも排他的な人間という種族の、どうしようもない愚かさの象徴として、二大国の関係は広く認識されていた。

 

 ただ、常に人間と敵対するのが人間というわけではなかった。大陸の覇者として傲慢に振る舞う人間に敵意を抱く種族も少なくはない。

 その中でも、最も人間と苛烈な争いを繰り広げた種族が、魔族と呼ばれる古代種族だ。エルフと並ぶ歴史と魔力総量を誇る彼らは、圧倒的物量を誇る王国と帝国を同時に相手取り、そして戦い抜いた。

 最終的には魔族が降伏したと伝えられているが、それでも人間の圧勝という訳ではなく、辛くも停戦協定を結ぶに至ったというのが真実だった。

 

 ただ、その強力無比な魔族ですら、恐れる種族が大陸には存在する。最古の存在でありながら、その名はどの時代でも廃れることなく、敬意と畏怖をもってその名を呼ばれる――魔女達である。彼女たちは酷い気分屋で、その圧倒的な力を気まぐれに振るう、天災にも似た存在として知られている。

 長寿のエルフに迫る程の寿命を有する魔女達は、その殆どが揃って偏屈な性格であり、その住居は辺境に建てられている事が多い。

 そんな魔女達が好むのは、内包する魔力総量に見合う高い魔力濃度が維持されている、他者が容易に立ち入らない土地。その数少ない魔女の住処として知られているのが――




「幻想の森? 名前すら聞いたことないわね……。」


 リフィアは揺れる馬車の中、聞き覚えの無い地名に小首をかしげていた。 

 特別地理に詳しいわけではないが、一通りの教育を受けているリフィアが知らないという事はつまり、一般的に知られてはいない場所という事だった。

 悔し気に首をひねるリフィアを、レイナは微笑ましそうに眺めて、切り出した。


「知らなくて当然だよ。 帝都から遥か東に向かった先にある森林で、霊峰として知られるレイシール山脈の麓に広がっているんだ。 魔法を使える人達の間では、純度の高い魔力結晶が産出されることでも有名だけど、一般市民には場所や名前を伏せるよう箝口令が敷かれているんだ」


「よくまだ森として残ってるわね。 良質な魔力結晶って、魔法大国の王国にとっては喉から手が出るほど欲しんじゃないかしら」


 率直なリフィアの言葉は、ある意味でもっとも的を射ていた。

 今でこそ魔法は一般的な存在となっているが、膨大な魔力を必要とする古代魔法は古のエルフ達が生み出した秘儀とされており、とてもではないが人間に扱える力ではなかった。だが王国は大陸に覇を唱えるため魔法を重要視し、長い歳月を掛けて古代魔法の原理を解読した。現在広く知られている魔法は、それを応用した人間の少ない魔力でも使うことのできる現代魔法と呼ばれるまがい物だ。

 ただ、結果的には神秘や奇跡の象徴として知られていた魔法を、人間が振るう事が出来る時代が到来した。それがまた戦争が激化の一途をたどる理由にもなるのだが。


「高純度の魔力結晶ともなれば、王国でなくとも欲しがる人々は大勢いるよ。 手に入れられれば、金銭的に困る事は、一生なくなるだろうね。 手に入れられれば、の話だけど」


「どういうこと?」


「そもそも、なぜ魔力結晶が高値で取引されているか、その詳しい事情を知っているかい?」


「詳しくって……教師には魔法の研究に必要だって教わったわ。 自然と通ずるエルフとは違って、人間が魔法を使うには、媒体を通してでなければ自然に働きかけることはできないから、高位の魔法を再現するために必要だって」


 過去、父親が雇った教師から教わった事を、リフィアは頭の奥から引っ張り出す。

 利便性に特化した現代魔法にも弱点がいくつか存在する。まず古代魔法に比べて圧倒的に規模が小さいこと。魔法は基本的に、消費する魔力に比例して威力が増加する。その結果、消費魔力が小さい現代魔法の威力が低いのは当然の結果ともいえた。

 そしてもう一つの弱点は、触媒を通さなければ魔法を起動できないこと。自然と通じ合う存在であるエルフが考案した魔法を疑似的に模倣する媒体として、魔力結晶が必要とされた。しかし魔力結晶の出土量は少なく、高位魔法に必要な純度の高い物は非常に高値で取引される。


「優秀な教師に教わったみたいだね。 おおよそ、その通りだよ。 でも、今でこそ広く浸透している現代魔法で再現できている魔法はほんの一部に過ぎない。 古代魔法の強大な術式を再現するには、もっと高純度で大きな魔力結晶が必要なんだ」


 長い歴史を持つ王国では、自然災害の恐ろしさを理解していた。天災に対して人の知識は脆弱で、強大な自然の猛威に対して、回避策ではなく復興策ばかりが増えてきていた。

 そこに自然の力を操ることのできる魔法の登場。戦争だけでなく、広い領土を誇る王国にとって、魔法は様々な意味で必要不可欠な存在となっていた。


「だから王国や帝国も調査のために幾度となく訪れている。 でも幻想の森は、とある方面では魔女の住処としても知られていてね。 いくら宝の山がそこにあろうとも、魔女の住まう森を荒らすほど、王国も無謀じゃない。 だからこそ、森は広く知られる事無く、そのまま姿を変えずに残っているんだ」


 そう言い切ると、レイナは締めくくる。

 興味深そうに聞き入っていたリフィアは頷きながら、馬車の中で窮屈そうに足を組み直した。


「ふぅん。 なんだかそれだけ聞いていると、噂に聞く世界樹海みたいな場所ね」


「いや、まったくもってその通りだよ。圧倒的に規模が違うということ以外に世界樹海と変わるところはないんだ。 ボクも二度ほど行ったことがあるけど、幻想の森と呼ばれる所以を垣間見ることになったよ」


「そもそもなんで『幻想』の森なわけ? それだけ綺麗な森って訳じゃないでしょう」


 冗談半分で呟くリフィアに、レイナは灰色の髪を揺らしながら、首を横に振った。


「不用意に踏み入れば囚われてしまう、まるで深淵のような森だからさ。 あの森に流れる魔力に中てられると、容易には現実には戻ってこれない。 深独特な地形が生み出す魔力に魅せら、ありもしない存在を幻視したり、過去を思い出してしまうからね」


 どこかで聞いた覚えのある症状に、リフィアは額を抑えた。

 それを知っているルキウスとマリーは現在、御者席で何かしらの打ち合わせをしている。小さな窓から見えるふたりの横顔に少しばかりの疎外感を感じながら、目の前のレイナに意識を向けた。


「それで幻想の森ってわけね。 そんな物騒なところへわざわざ向かう用事って、いったいなんなのよ……。」


 唐突に決定された遠出に、リフィアとマリーは困惑を隠しきれていなかった。現在、マリーはその説明を受けているのだろうが、リフィアに関しては情報の殆どが伏せられていた。

 一方で全てを知っているレイナは、不満げなリフィアを見ても余裕な様子だった。


「ふふ、驚いただろう? ルキウス兄さんはああ見えても交友関係が広いんだ。 なんといっても幻想の森の守人達とも面識がるくらいだからね」


 他人の交友関係を自慢げに語るレイナを、リフィアは三白眼でにらみつけた。


「わたしにとっては、その兄さんって呼び方のほうが驚きよ。 アンタとルキウスっていったいどういう関係なの? まさかとは思うけど、怪しい関係じゃないでしょうね」


 兄という呼び方をするたびに、リフィアはレイナに疑惑の視線を投げかける。

 無理もない疑問だとレイナは頷きつつも、逡巡して言葉を選んだ。


「ボクと兄さんは、仕事上の関係者……っていうことでは納得しなさそうだね」


「できるわけないでしょ。 そもそも仕事上の関係で兄さんと呼ぶ意味が分からないわ」


「ごもっともな意見だね。 でも、ボクと兄さんの関係上、そう呼んでもおかしくはないんだよ」


「だから、その関係ってなんなのよ」


「どういえばいいのかなぁ……。」


 それは煮え切らない答えだった。

 もちろんレイナも兄と慕うルキウスの武勇伝をリフィアに聞かせてやりたいのはやまやまだった。それにリフィアはルキウスが元将軍だった事さえ気付いていないだろうと、レイナは睨んでいた。なによりも実力が重んじられる帝国において、最強と呼ばれた将軍に仕える態度とはとても思えなかったのだ。

 しかし、そう思ったレイナが言葉を濁すのには理由がある。ルキウス本人から現役時代の話はするなと、固く口止めを受けているからだ。

 ルキウスの話では、リフィアは将軍の婚約者候補と上がっていた事を誇りに思っている節があるという。無駄な事実を教えて今後の生活に支障が出るのは極力避けたい、とのことだった。

 出生の話はしているようだが、それ以上の話をすればリフィアが勘づくかもしれないという、一種の保険でもある。レイナはそれ以上の言葉でボロが出る前に、口を閉ざした。


「なに? 実は兄弟でしたって話なわけ?」


 そうはいってみたものの、リフィアはすぐに自分の言葉を否定する。

 内心では冷やりとしているレイナは、できるだけ平然とした態度でリフィアの言葉に小さく肩をすくめる。


「もしそうだったらと、どれほど願ったことか。 でも残念ながら、ボクと兄さんに血の繋がりは無い。 そこがまた、良いんだけど」


 残念そうに否定をしながらも、レイナは恍惚とした表情を浮かべる。

 リフィアは警戒を解かないまま、さらに質問を重ねた。


「第二師団の団長って話だったわよね。 そんなお偉い方が重要な作戦の前に、こんな場所で油を売っていていいのかしら」


「師団長だからこそ、多少の融通がきくのさ。 それに第二師団は帝都近辺の征伐と哨戒が主な任務だから、今回の作戦には全くと言っていいほど関わらない。 師団長と言えども、ボクはいてもいなくても作戦に問題はないはずだよ」


 それだからこそ、今回の作戦に置いて自身の発言が軽んじられているのだと、レイナは内心で付け加えた。本来ならば良識派として知られるリカードを筆頭に、ルキウスと関係の深かった師団長達がレイナの発言を蔑ろにする事は少なかった。

 それだけに、ルキウスの存在が大きかったという事を改めて実感させられる。奥歯を食いしばったレイナは、すぐに笑顔を取り戻す。


「それに、敬愛する兄さんだけを危険な場所に送り出すわけにはいかないからね」


「アンタも、大概普通じゃないわね。 というか前から思ってたんだけど、アンタって男なの? 女なの? はっきりしないから扱いに困るのよね」


 少女のような顔立ちに、少年のような立ち振る舞い。長い灰色の髪を背中で束ねた姿は、男装の麗人にも見えるし、女装した美丈夫にも見える。

 そして先程の反応からすれば、ルキウスに兄弟愛以上の何かを抱いているようにも見える。

 何気ない様子を装ったリフィアの質問に、レイナはその整った顔にぞっとするような美しい笑みを湛えて、ひとこと。


「さあ、どっちに見えるかな?」


 そう、妖しげに答えるのだった。

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