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アルトリウス家の使用人  作者: 夕影草 一葉
赤毛の将軍と月色の少女
1/32

退役

何となく書き始めてしまった作品です。

恐らく、不定期更新。

 廃墟が並ぶ一角で、雨に打たれ膝を抱く少女を見下ろすのは、使い古されたレザーコートを着込み、幅広の帽子をかぶった男だった。男の齢は30前後といったところだろう。整った顔立ちをしているが、ぽつぽつと無精ひげをはやし、世事にも身だしなみは綺麗とは言えない。

 そんな男が面倒くさそうに見下ろすのは、ボロ布のような服を纏った一人の少女。廃墟の隙間に座り込むその少女のこめかみからは、前方に突き出る様に黒い角が生えており、ボサボサに乱れた長い銀色の髪が彼女の素性を物語っていた。

 いくらすべてを飲み込む帝都と言えど、彼女という特異な存在を受け入れる事は出来なかったという事だろうか。男は右手でがりがりと後頭部をかくと、少女へ向け一言。


「よう、嬢ちゃん」


 そこでやっと、少女は目の前に人がいる事に気が付いた様子だった。

 煤汚れた顔を上げ、感情の無い瞳で赤毛の男の顔を見据える。


「……?」


「俺はルキウスってんだ。 お前さんは?」


「……マリー……」


 問いに答える少女らしい少し鼻にかかった声は、雨に消え入りそうなほど小さく、微かに震えていた。

 ルキウスは徐にポケットから長雨で湿気た煙草を取り出すと、魔法で小さな炎を生み出し火をつける。

 それを一口、ゆっくりと大きく吸い込み、そして煙を鉛色の空へと吐き出した。


「マリーか、良い名前だな。 たしか女神の名前、だったか。 だれに付けてもらったんだ?」


「邪神様からだって、パパが言ってた」


 その名を迷いなく答える少女――マリーに、ルキウスは小さく肩をすくめた。

 目の前の男がとった謎の仕草に小首をかしげるマリーをしり目に、ルキウスは周囲を見渡していた。


「そりゃあ大層ご利益がありそうな名前だな。 それで、その親はどうした? 見当たらないが」


「わからない」


「わからないって、どこかに行ったってことか? 行先は聞いてないのか」


「パパに、ここで待ってるように言われたから」


 冷たい雨に打たれ続け、その言葉を信じ続けるマリーの言葉を聞いて、ルキウスは目を細める。

 この幼い少女はその言葉の本当の意味を理解していないのだろう。

 ルキウスは雨のたまった帽子を、軍の将軍章が縫い付けられた帽子を、被り直した。


「なるほどねぇ。 それで、いつまで待ってるつもりだ?」


「二人が帰ってくるまで」


「ずっとか」


「うん」


「もし帰ってこなかったら?」


「……帰ってくるもん」


 ルキウスの質問に、マリーは僅かに感情らしきものを露わにする。

 きっと彼女も考えなかったわけではないのだろう。しかし、それを自分で考える事と、人から問いかけられるのでは、意味は大きく変わってくる。

 残酷ともとれる質問を受けて揺れる紅い瞳を見て、ルキウスは帝国の軍人として事実を伝える。


「悪いことは言わん。 すぐにでも帝都から出ていくんだな。 見たところ、正式な手続きを踏んで入国した様にはみえん。 憲兵にでも見つかれば違法入国者の魔族なんて、問答無用で殺処分だ。 運が良くて奴隷として売り飛ばされる事になる。 そんなの嫌だろう?」

 

 急激な発展を遂げて肥大化した帝国の首都である帝都は治安が良いとされているが、それは権力者が住む区域だけであり、一般的な市民が住む区域では犯罪が横行している。人が殺されることも珍しくない。国としての発展に、法の整備が追い付いていないのだ。そのため非合法な商売で一攫千金を求め、様々な種族がこの帝都に集まってくる。

 その中には魔族も少なからずいるが、数年前まで人間と敵対していた魔族は偏見や差別によって暴徒や犯罪者の私刑リンチを受ける事が多い。それも子供の魔族となれば、そういった連中に目を付けられて生き延びる事は難しいだろう。

 だが、しかし。


「でも、パパとママが……」


 疑う事を知らない幼い子供にそれを理解しろというのは、酷な話である。


「そうかい。 じゃあ、しょうがねぇな」


 ルキウスはぼやくと、いつの間にか短くなっていた煙草を再び魔法の炎で焼き尽くす。

 そして長年愛用してくたびれた帽子をマリーの前へと差し出した。もうじき切ろうかと思っていた長い赤毛が帽子から零れ落ちる。


「憲兵に見つかったら、これを見せればいい。 たぶんだが、見逃してもらえる。 だが、あんまり過信すんなよ。 俺は軍属で、連中は帝都の兵だからな。 ……いや、話しても分からないか」


 呆然と見上げるマリーへと、ルキウスは若干の名残惜しさを感じながら帽子を押し付ける。


「戻ってくるといいな、親父さんとお袋さん」


「……うん」


 散髪にでも行くかと考えていたルキウスは、帝都の都心部への道へと踵を返す。その背中を、小さな声が呼び止めた。


「ありがと」


 どうにか届いたその声に、ルキウスは振り返らずに答える。


「いいってことよ」


 散髪を済ませ、新しい帽子を見繕い、浮かれ気分で帝都から少し離れた農地に建てられた自宅へと帰ったルキウスの元へ憲兵に連れられた魔族の少女が訪れるのは、数日後の事だった。

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